今年一年を振り返る〜「社会が作る子どもの傷」
福祉に関するテーマもいくつか取材をしました。
将来的に専門にしたいと考えているテーマなのですが、このテのエントリーのアクセス数はがっくりと下がります。
「私が伝えたいことと読者が知りたいと思っていることは違うんだなぁ」と実感するのですが、取材を終えてからもじわじわとご覧いただいているのは、福祉のエントリーだったりもします。
福祉に関するテーマもいくつか取材をしました。
将来的に専門にしたいと考えているテーマなのですが、このテのエントリーのアクセス数はがっくりと下がります。
「私が伝えたいことと読者が知りたいと思っていることは違うんだなぁ」と実感するのですが、取材を終えてからもじわじわとご覧いただいているのは、福祉のエントリーだったりもします。
私がこのテ−マを選んだのは、養育されない子供たちは全く自分に落ち度がないのに、後ろめたさを感じて生きていることに疑問を感じたからでした
被害者である子供たちが、偏見の目にさらされるのはおかしい
それを考えるのに、養育してくれる親のいない子供が難病にかかった時、その治療を知ることで、親のいる子といない子の置かれている環境の差が明確にわかると思い、まずは病気の子供を支援するNPOを取材しました
そのNPOのHPに「多くの人は病気とは無縁のところで生活しているが、病気の問題は当事者である子供や両親だけの問題ではない。社会の人間観や生命観が反映するもの。」と書かれてあり、それがどういう意味なのかとひっかっかったまま取材へ臨んだのです
そしてお話を聞くと、病気や障害を抱えた子供たちが学校を選ぶ権利を行使できていないとNPOの方はおっしゃいました
「学校には大勢の生徒と教師、そして父兄という厄介な人たちもいます。厄介と言ってはいけないな。」
と聞いて、親というものは、自分の子供のことは必死に守ろうするものだと思いました
特に自分の子供が病気であったら、NPOの助けを借りたり、行政に働きかけたりすることもあるでしょう
では、親のいない子供たちのために、誰がどう動いているのだろう
養育してくれる親のいない子供たちの現状を知るために、子供と係わるいろいろな立場の人に会ってきました
児童養護施設を卒園した人たちが、どんな苦悩を抱えているのか、とても悲痛な現実もあるだろう
それこそ目を向けるべき現実だと思い、自立援助ホ−ムを訪ねました
自立援助ホ−ムは東京都内に8箇所あり、これは全国的に見るととても多いと思える数字ですが、1軒のホ−ムの定員が6名と少人数のホ−ムがほとんどなので、需要と供給は成り立っていないと思います
今日伺った自立援助ホ−ムは、特殊と言っていい形式を取っていて、また今回もいい意味で期待を裏切られました
設立からまだ2年で、
「うちはみんな未熟よ、職員のベテランはいないけど、人生のベテランがいっぱいいるでしょ」
と代表の方がおっしゃる通り、私が通された空間(食堂兼リビング)には、いろんな人がごちゃ混ぜにいらっしゃいました
「どうぞ、そこから見て感じたことを書いてください
役所の人や取材の人がよく来るけど、自立援助って私たちは何を教えたかなと考えるんだけど、何も教えてないのよ
教科書はないけど、いろんな人と触れ合ってその子その子が感じたことが教科書になってくれればいい」
と言われ、私はその部屋全体が見渡せる場所へ座らせていただきました
はじめて有名人の取材ができました
5月12日、後楽園ホ−ルで復帰が予定されているプロボクサ−の坂本博之さんです
坂本さんが施設出身者で「こころの青空基金」を立ち上げていらっしゃるとインタ−ネットで知り、角海老宝石ボクシングジムへいきなり電話をし、取材が成立しました
HP上で坂本さんのお顔を拝見した時「見たことあるなぁ」と戦歴を確認したら、畑山隆則さんとの世界タイトルマッチをテレビで見ていたんだと思い出しました
あの時、坂本さんを応援してたんですよ・・・負けちゃったけど感動的ないい試合でしたよね
今日は、ある児童養護施設で、園長さんと卒園生の方にお話を聞いてきました
お2人からお話を聞いて、私の中に「人間関係」という言葉が深く響いています
卒園生である青年はさわやかで明るく、悩みもないと言うその口からは、「人見知り」や「新しい場所で新しい人との係わり」という言葉が繰り返し出てきます
身寄りのいない彼は、ひとりでは生きていけない
施設から出て、社会の中に放り出され、はじめは人と向き合うことが嫌だったそうです
「なんで俺だけ・・・」という彼の思考が「自分だけではない」と変わった
そう思わなきゃ生きていけない
彼は、人と係わり、支えてもらうことが自分には必要だと悟ったのではないでしょうか
社会に受け入れられようと、自分から変わろうと必死で努力している彼の心の内を、周囲の人がどれだけ理解しているのか疑問です
今日は、本来なら記事をUPするべき土曜日なのですが、今週は養護施設に係わる人にお話を聞くことができませんでしたので、引き続き取材記を書かせていただきます
今日、やっと子供たちと身近に接していらっしゃる方たちに出会えました
あるボランティアグル−プの方たちですが、皆さんとても真剣で、特に感心させられたのは、子供たちの将来を見て活動なさっているところです
私は、ジャ−ナリストという仕事に対して、「できることからはじめよう」と取り組んで来ましたが、それは全てではないと知りました
できることがあっても、最後まで責任を持てないなら手を出してはいけないこともあるんですね
でも、今日お会いした方たちは、普通の会社員、普通の学生で、特別な人ではありません
その気になれば、誰にでもできることなのです
今日は、来週のアポイントを取るために一日を費やしたので、書けることがありません
取材申し込みをする時に感じることは、毎度のことながら、自分の実績のなさで、今回のようなテ−マだと特に痛感します
プライバシ−を重んじるテ−マなのに、私は突然電話するかメ−ルするしか方法がありません
相手にしたら、私が誰だかわからないし、どんな仕事をしているのかもわからない
しかも、出版社や新聞社から依頼を受けているわけでもない
「どうしてこんなことに関心を持たれたのですか?」
と聞かれるのは毎度のことです
それは当然のことで、
「必死でやるのでご協力お願いします」
と頭を下げるしかないと思っています
養護施設に入れられた子ども達は救われたのか
児童養護施設出身者であるレイさんの言葉です
卒業なさった今でも苦悩するレイさんの気持ちが切々と綴られています
養護施設で家庭と同じ生活ができるのか・・・それは今の私にはどうとも断言できません
でも、レイさんの言葉をたどっていくと、心が乱れてしまいます
私が強く感じたことは、家庭というものに対して、施設の子供が感じる普通と私が思っている普通とが、かけ離れているということです
彼らの当たり前と私の当たり前がとても違うように思えるんです
今日は、病気の子供を支援するNPO法人に方にお話をうかがってきました
そのNPO法人についての資料を読むと「多くの人は病気とは無縁のところで生活しているが、病気の問題は当事者である子供や両親だけの問題ではない。社会の人間観や生命観が反映するもの。」(簡略)と書いてあります
直接お会いして話を聞くまではどういうことだかピンと来ませんでしたが、学校の問題についてのお話をうかがって少し見えてきたような気がします
そして、今回のテ−マの中で、親の未熟さが浮き彫りになってくるであろうと思っていましたが、どうしてそのような親のいる社会になってしまったのか、親の責任を問うだけでなく、今の社会の現状をもっと知る必要があると思いました
昨日から今日にかけて、あらゆる施設やNPO法人に電話をかけまくっていますが、欲しい情報はなかなかいただけません
でも、単純に両親が亡くなったから施設に預けられるというケ−スは少なくて、最近では、両親の離婚や虐待によるものが多いということなど、養育する親のいない子供の現状が少しずつわかりはじめています
大好きなパパやママがそばにいてくれなくて、なおかつ病気になってしまった子供の心細さを知り、大人たちで何かサポ−トできることはないか考えてみようと思ってはじめた今回の取材でしたが、親の未熟さを感じずにはいられません
ひとことで虐待と言っても、暴力を加える他に、毎日外に出して家を入れないとか、充分な食事を与えないとかいろいろあるようです
施設の人も虐待に関しては話したいようで、電話口だけでもいろいろな情報が挙がってきます
でも、今回私が欲しい情報は、あまり表に出されることのない難病治療に関するものです
児童福祉施設で生活している子供が、長期入院が必要な病気にかかった時、どういう施設に預けられ、身の回りの世話は誰がするのだろうか
その決定はどの機関で下すのか
親や親族が治療費の負担ができなくて、保険適用外の高額な治療費がかかる場合は、その子供は治療を受けることができるのか
不幸にして亡くなった場合、遺骨の引き取り手がなければどうなってしまうのか
これらの疑問は行政ですぐに教えていただけるものだと思っていましたが、取材を受けるかどうかというところでの判断さえ難しいようです
私は、現状を隠す必要は全くなくて、行政でできることに限界があるならば、それを提示し、みんなで考えていくべきだと思っています
テレビで小児科病棟を舞台にしたドラマや、ドキュメンタリを見ることがあります
その患者である子供のそばには、必ず両親がいて、子供のために必死になる親の姿が描かれますが、私は、そういう映像を見る度に「親のいない子供はどうしてるの?」という疑問を持ってしまいます
移植が必要な病気であれば、命に係わってきます
家族がドナ−になれるかどうか、また家族が適応しなくても、親がドナ−を探すために奔走するでしょうけど、親のいない子供はどうなるのでしょうか
お金だってかかるだろうし、行政がどこまで面倒をみてくれるのか、あまり表には出てこない気がします
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