« スムーズに行くとは思ってないさ | トップページ | 寝込んじまった »

2005年11月16日 (水)

私のイデオロギーは?

今日は2人のジャーナリストに会う予定でしたが、1人はキャンセル。
結局1人の方にしかお会いできませんでしたが、中身は濃かったです。
草案書のここがダメ、あそこがあまいという具体的な意見を聞けてありがたかったぁ。もっともっと具体的に考えていかないとだめだめです。

課題は、
「システムと運営者の顔だ」
とその人は言います。賛成!
私も、今週に入って考え方が少しずつ変わってきていて、訓練を受けている記者を多く雇ったり、記者クラブのための家賃の高い場所を確保することよりも、今はシステムにお金と労力を費やすべきではないか。
先ずは開いたサイトが「見やすい・使いやすい・無料」であることを目指し、ユーザーを獲得するべきじゃないかって考えるのですが、いかがでしょう。

もうひとつ、運営者の顔をはっきりと出すこと。それは何のためかと言うとアラシ対策です。
この「Grip Blog」は認知度が低いということが大きな理由ですが、当HPのユーザーさんたちは本当にマナーが良い(ヨイショではなく本音)お陰で、私はアラシらしいアラシに会ったことがありません。だから、アラシや祭りへの私の実感は、もしかすると薄いのかも。
アラシ対策はどうするのか、あまいんじゃないかという指摘を受けて、確かに、その恐怖を感じていながら、見ないようにしていたかもと反省中。
それじゃあ、どうしたらいいかってことで、
「泉さんが表に出た方がいいですよ」
というのが一つの案です。
寄稿していただいた方の矢面に立つ人間と言えば・・・私しかいないですよねぇ・・・やっぱり。
そしてクールに、
「真心ですよ」
と言われて、大きく頷く。アラシをする人だって、普通の人だろうと想像するし、コミュニケーションを取ってみて、ダメならその時考えますか。・・・みんなで。

それとは別な話ですが、ちょっと気になることが・・・。それは、私自身のイデオロギー。
私は自由な報道機関を目指しています。自由というのは、おいしいところだけを考えてしまいがちですが、必ず責任が伴うものです。記者個人が、その報道機関の思想に沿って記事を書いて影をひそめるのではなく、自分の目線で書きたいことを自由に書いて欲しいと願います。その上で読者と情報交換や議論をするなどの接点の場となるHPを作りたいのです。(そういう未知なる経験をジャーナリストたちが警戒しないはずないだろうとか、ちゃんと取材していれば読者と対話することなんかこわくないはずという意見は、今は置いといて)

だがしかし、報道機関の言い出しっぺである私のイデオロギーが寄稿してくれるかしてくれないかのキーになると言う。
雑誌の世界では、思想の違う記者たちが、ひとつの雑誌に記事を書くことは有り得ないそうです。
雑誌のシステムとして、読者は1冊丸ごと買うのだから、自分の持っている思想と違うものが入っている雑誌に対して購入意欲が沸かないというのは理解できます。誰に読んで欲しいのか、思想は?年齢は?性別は?と、出版社が購入してくれる人のターゲットを絞るのは当然な話です。
でも、私がこだわっているのは無料のサイトなので、ひとつのサイト上に違う思想の人たちが雑居していても、ユーザーは自分が読みたい記事を選ぶことができるという点で、そこら辺はクリアーできないかなぁと思うのですが、あまいのでしょうか。
実は、
「泉さんのイデオロギーは?」
と質問されてドキっ。右でも左でもなければ、宗教もない。ヤバい、バカ丸出し。
でも、世の中には人がいっぱいいて、それぞれ考えることは違って当然なわけで、自分の考えを誰かに押し付けるのも、他人に意見を押し付けられるのも大嫌い。だけど、自分の意見はビシっと言いたくて、反対意見や批判があるなら、正々堂々かかってこい。間違えてたら謝りますよ。
なんてスタンスはどうよ。これって理想なんですかね。

<文責/泉 あい>
GripForum - 報道メディア設立企画フォーラム

|

« スムーズに行くとは思ってないさ | トップページ | 寝込んじまった »

コメント

理想かもしれませんが、理想がなければつまらない。

既存の雑誌ならイデオロギーの有無というのは営業に影響するのかもしれませんが、はたして泉あいさんにそんなメディアを期待している人がどれ程いるのでしょう?

泉さんが想われていることを100%理解できているとは思えませんが、泉さんの主張のまま形になることを願っています。

投稿: keizo | 2005年11月17日 (木) 01時28分

風邪治って良かったですね。

投稿: 幸子 | 2005年11月17日 (木) 08時12分

イデオロギーに関してはいろいろありますが、読者、国民としてメディアに求めているのは情報の正確さ。
そして、政府や企業などのスーパーパワーの監視です。
それがイデオロギー的にどんなに優れていても、国民の生活に悪影響を及ぼす疑念があったらイデオロギーにかかわらず報道してほしいというのが国民の願い。今日び、どこの国でも実現してはいないですけど(苦笑

投稿: ふうむ | 2005年11月17日 (木) 09時33分

ふうむさんに近いですね。

この点、あいさんがイデオロギーを「持つこと」が重要なのではなくて、「イデオロギー」について、対処が出来る、対応が出来る、批判ができることが重要なのではないでしょうか。

読者の立場に返れば、既存の報道機関にだって何も特定のイデオロギーなど持ってもらいたくないですね。それよりも、その時節のテーマテーマに全方位から考察を加えてほしい。と思います。

イデオロギーがない=主張がない

というのとも違うと思いますし。

あいさんのネットジャーナリズムに多くの人が期待するのも、既存の価値観からのフリースタンスだと思います。ただイデオロギーは無視はできないし、知りません、関係ありませんというわけにも行かないでしょう。

そうした意味での距離感とバランス感覚がここでは大事ではないでしょうか。

投稿: BigBan | 2005年11月17日 (木) 15時41分

報道とか政治とかにあまり関心を持たない私。
健康など身近な情報ですら、数多く氾濫し過ぎていて取捨選択が難しいですよね。

私が行く国々で感じることは、もちろん事実を伝えるのは基本だとしても、「マスメディアは、自分達(発信側)にとって、おいしい事件じゃないと報道しないのかな?」という疑問。

日本で情報収集して、現地に行って「情報収集したがために、偏見を持ってしまった。申し訳ない。」という気持ちになったことがありました。
そのため、私の中では、マスメディアに対する信頼感が欠如しています。

ぜひ、多面的な情報を得られるシステムを構築して欲しいです。
応援しています!

投稿: みか | 2005年11月17日 (木) 17時12分

荒し対策と一言で括ってますが、「どこまでからどこまで」が荒らしなのか簡単ではないです。
名無しで一言コメントしても、人によっては「荒し」と思うかもしれないですし。ぁぃさんがお会いした
方は、そこら辺くをどう考えているのか。まぁ、某ブログみたいな形になったら、寒くて背筋が凍り、
まともな意見も、あまり来なくなるでしょね。

デモクラシー♪デモクラシー♪

投稿: 某S | 2005年11月17日 (木) 18時24分

>思想の違う記者たちが、ひとつの雑誌に記事を書くことは有り得ない
そもそも雑誌とは違うのだから、その辺はあまり気になさる必要がないと思います。

それより、趣意書に滲み出ている考え方を、いま以上に明確に、さらに分かりやすく出来るといいのではないでしょうか。

例えば、赤字で掲載されているキャッチコピーですが、「すべての記事は議論の前に開かれ、すべての議論は次なる記事のために存在する」とかにすると、泉さんのお考えとはズレちゃいますか? こっちの方が分かりやすいような気がしますけど。。

#あと、是々非々も結構ですが、きちんと政権批判が出来るメディアであってほしいなぁ。その辺が、最近のマスメディアの駄目なところですから。

投稿: katshi | 2005年11月17日 (木) 19時21分

>>実は、
「泉さんのイデオロギーは?」
と質問されてドキっ。右でも左でもなければ、宗教もない。ヤバい、バカ丸出し。

ご自分でお気づきになっていないだけで、何かはあるでしょうけど。

もともと、マルクスの言うイデオロギーとは「本人は普遍的な『真理』や『正義』と信じているけれども、実際には特定の階級の利害の表明でしかない思想」ということです。
人間が社会的存在である以上、こうした意味でのイデオロギー性から免れることは不可能です。

西欧哲学で「形而上学」と呼ばれる分野では、古くから「イデオロギー性に全く汚染されていない純粋な真理」を探求してきたのですが、もちろんこの理想は達成されていませんし、現代の哲学者の多くは、こうした形而上学的哲学の可能性を信じなくなっています。

人間知は必然的に、その時代や社会のイデオロギー性を帯びざるを得ない。では相対主義に居直って「とにかく自説を多くの人間に信じ込ませた方が勝ち」と考えるべきなのか? しかしこの考え方を採ると、最終的にはヒトラーやゲッベルスの思想に行き着いてしまいます。

「これが絶対に正しい」というものはないにしても「これは正しくない」ということは言えると思うのです。
あるイデオロギーに対して、論理的矛盾や事実を対置してこれを否定するということはできるし、またしなければなりません。特に政治的言論については、ジャーナリストと呼ばれる人々がそうした役割を担うことが期待されます。

泉さんのお書きになっていることとはずれるかもしれませんけど、そんなことをちょっと考えた次第です。長文になって申し訳ありません(今ちょっと酒を飲んでいるもので……)。

投稿: H. M. | 2005年11月17日 (木) 23時25分

keizoさん
私もおっしゃる通りだと思うのです
ただ、それでは寄稿してくださる方がいないのではないかという話なのですけど
いろいろな思想が混在しているマスメディアが今までなかったということなのでしょうね
ということは、確立していかなくてはいけないのかなぁ

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時24分

幸子さん
今日は首から上が熱いです
昨日は雪が降りそうって思うくらい寒かったですもん

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時25分

ふうむさん
>今日び、どこの国でも実現してはいないですけど(苦笑
そうなんですか?世界共通ですか?
じゃぁ確立できたら世界初なわけだ
私ひとりじゃ無理だけどさ、みんな一緒だったら実現できるんじゃないの?
スーパーパワーのこわいものって、きっと世論ですよね

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時28分

BigBanさん
>あいさんのネットジャーナリズムに多くの人が期待するのも、既存の価値観からのフリースタンスだと思います。
なるほど
フリースタンスしか取れなかっただけなんですけど、結果的には良かったのかも

やはり寄稿していただく方には、一生懸命説明して理解していただくしかないですね

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時33分

みかさん
同感です
もっと知るべき情報があるのではないかという漠然とした不安はいつも持っています
自分にとって大切な情報かどうかをマスメディアに判断され、省かれてしまったり捨てられてしまうのは残念でなりません
どの情報が重要なのかは、受けてである読者自身がそれぞれ決めることだと思います

だからみかさん
あなたが見たことを私たちに伝えてください
そのために私も頑張ります
みかさんも、そのちっちゃい体で取材していてくださいね
きっと報道してもらえるような機関を作りますから

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時42分

某S さん
>荒し対策と一言で括ってますが、「どこまでからどこまで」が荒らしなのか簡単ではないです。
>ぁぃさんがお会いした方は、そこら辺くをどう考えているのか。
エントリーではさらっと書いていますが、実際には長い時間をかけてお話させていただいていますので、アラシについてもあんなのとかこんなのとかいろいろ出てきました
デモクラシーのためのアラシ対策ですよね
議論がおかしいところへ発展すると、やる気なし子になっちゃうかもしんない
それは避けたい
実のある議論にしたいですよね

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時50分

katshi さん
議論から取材がはじまることもあると思うので、キャッチコピーはこのままでいさせて

>きちんと政権批判が出来るメディアであってほしいなぁ。
もちろんそれを目指します
報道機関として間違ってるんじゃないの?と思うところがあったら、明確に指摘してください
正当な指摘に対して聞く耳持たないジャーナリストがいたら、皆さんで評価してくださればいいと思います
もちろん、評価の内容が単なるいちゃもんだとしたら、その人が他のユーザーから批判されることになりますよね
責任を持って発言する
自由ってそういうことじゃない?

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 00時59分

H. M.さん
哲学的で難しくて理解できていません・・・ごめんなさい
自分の考えをしっかり持っていろよってことなのでしょうか

投稿: ぁぃ | 2005年11月18日 (金) 01時02分

>思想の違う記者たちが、ひとつの雑誌に記事を書くことは有り得ない

ということこそ、ありえないと思うんですけど。
隣に座っている人が同じ思想だったためしなんかありませんので。

多少のコンセンサスが必要ではあるだろうけど
雑誌であろうが、新聞であろうが、そこにいる人たちが同じ思想と考えるのは危険ですよ。

投稿: TT | 2005年11月18日 (金) 10時32分

ぁぃさんには、凄く冷たいようですが・・・・コメント欄の一番下の文言のことです>デモクラシー♪
やる気なし子になったら、みなさんが叩き起こしますから、そんな心配はなさらずに(^^;;;

投稿: 某S | 2005年11月18日 (金) 15時14分

はじめからすんなり行く訳ないです。頑張って。

投稿: 幸子 | 2005年11月18日 (金) 17時12分

TTさん
私がお会いした方も、もちろんひとりひとり考え方が違うと考えていらっしゃると思います
ただ、雑誌を売るという点で、1冊の中にいろいろな思想が混在していては成り立たないという現実も理解できるんですよね

投稿: ぁぃ | 2005年11月21日 (月) 10時50分

こんばんは。
>右でも左でもなければ、宗教もない。ヤバい、バカ丸出し。
私もH. M.さんのおっしゃる通り、自覚されていないだけで泉さんには泉さんのイデオロギーがあると思いますね。この場合、自覚がないことは確かに危うさも秘めています。
イデオロギーがないことがバカなのではなく、自覚しないことがバカなのです。
例えば宗教がないとおっしゃいますが、じゃあ家族が亡くなってその遺体を葬儀もせず告別式もせずただ焼いて灰は海にでも撒いて、平気なのか。まあそのくらいは今時珍しくないですが、例えば故人の遺言で鳥葬にしてくれ(遺体を鳥に食べさせる)と言われたら、実行できるのか(法的なことはさておき)。宗教がないというなら、街角で「あなたのためにお祈りさせて下さい」と声をかけてくる人には、みな快くお祈りさせてあげられるのか。
多くの日本人は自分は宗教がないと思っていますが、実は「自分は宗教を信じない」という形式の宗教を信じているのだ・・・とはよく言われることです。

右左についてもですが、例えば寄稿してくるジャーナリストの中に極右や極左の思想を持った人が居ても、その寄稿を普通に受け入れられるのかな?と思います。政治の世界とかすごく極端な人がいますよね。「小泉首相はヒトラーだ」「民主党は中国に日本を売り渡そうとしている」こういった主旨の記事がずらっと並ぶ紙面ってのは・・・どうなんでしょう。一つ一つでは「そういう意見もあるよね」で済みますが、こういった極端な意見、また相反する主張がずらっと大量に紙面を埋め尽くすことになると、多くの読者は嫌気がさすと思います。
また上でスーパーパワーを監視するジャーナリズムという話が出ていましたが、反権力というのもすでにイデオロギーなわけです。この場合、国や企業側の立場に立って代弁したり擁護する記事を書く記者さんたちの扱いはどうなるのでしょうか。そういう人達に対してもきちんと言論の自由を守り、また反権力の記事を書く人(及びその読者)との間で折衝役になれるか、なる気はあるのか、そういったことが問われているのかと思います。

泉さんがイデオロギーを自覚されることはやはり必要かと思います。
私もリアルの現場では、いろいろへこむことも多いのですが、多分それは成長の痛みというものなのだと思ってやってきましたので、どうかお体大切に。

投稿: Aa | 2005年11月22日 (火) 01時47分

あともう一つ。
>コミュニケーションを取ってみて、ダメならその時考えますか。・・・みんなで。
荒らしに対するこの対策ですが、最後の「・・・みんなで。」が気になりました。
新しいメディアの議論する場の形式がよく分かっていませんが、掲示板上での荒らし問題は、第3者が首を突っ込めば突っ込むほど、火は拡大していくというのが経験則です。素早い消火法は掲示板管理者が出ていって、すぱっと相手を荒らし認定してアクセス禁止などの措置をとる、もしくは論破するという方法でした。

この掲示板でもしばしば、管理者である泉さんが話しに加わられないことで、際限なく議論が拡大していくという傾向が見られます。泉さんはそれを活発ある議論として歓迎されているのかもしれませんが、堂々巡りや平行線に陥っていることも少なくありません。それも「活発」であるとして歓迎すべきなのか。
このあたりは1個人のブログを越え、1つのメディアとして大きく活動していこうと思うなら真剣に考えておいたほうがいい部分かと思います。具体的には議論の場の管理方針と利用規約ですね。
私としては、どうしても最後はそれは泉さん一人が決断すべきことのような気がしてなりません。
>「泉さんが表に出た方がいいですよ」
っていうのは、そういうことなんじゃないのかなって思います。
それに対する泉さんのお考えが、最後は「・・・みんなで。」になってしまったあたりが、どうもちょっと不安です。

投稿: Aa | 2005年11月22日 (火) 01時56分

Aaさん
>右左についてもですが、例えば寄稿してくるジャーナリストの中に極右や極左の思想を持った人が居ても、その寄稿を普通に受け入れられるのかな?と思います。政治の世界とかすごく極端な人がいますよね。「小泉首相はヒトラーだ」「民主党は中国に日本を売り渡そうとしている」こういった主旨の記事がずらっと並ぶ紙面ってのは・・・どうなんでしょう。

れっきとした取材をして書かれたものなら、基本的には掲載するスタンスです
極端な話ですけど、ひとつの報道機関の中でとても右よりな発言ばかりする人や左よりな発言をする人がいてもいいと思います
その偏りは時代の流れにもよるでしょうし、その記事を受け入れるか受け入れないかを判断するのは読者であって、私たちが立ち上げようとしている報道機関ではありません


>新しいメディアの議論する場の形式がよく分かっていませんが、掲示板上での荒らし問題は、第3者が首を突っ込めば突っ込むほど、火は拡大していくというのが経験則です。

アラシをしても意味がないというシステムを「slashdot」さんや「amazon」のコミュニティの部分を参考にして、アラシをシステムで回避できる方法を考えています


>具体的には議論の場の管理方針と利用規約ですね。
私としては、どうしても最後はそれは泉さん一人が決断すべきことのような気がしてなりません。

人は、それぞれ考えを持っているので、平行線になってしまうこともあるでしょう
ただ聞く耳を持たない人が存在しているのも確かで、そこをどうするかってことですよね
もちろん運用という大きな括りで言うと、私が譲れないと思っていることがありますから、そこは通します
でも、コミュニティについて私より何倍も知識やノウハウを持っている人がいますから、その人の意見は多く取り入れるつもりです
Aaさんが考えていらっしゃることがあるなら、参考に聞かせていただけるとありがたいです

投稿: ぁぃ | 2005年11月23日 (水) 15時28分

この記事へのコメントは終了しました。

« スムーズに行くとは思ってないさ | トップページ | 寝込んじまった »