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2005年9月 4日 (日)

私が目指しているもの

私が今、思い描いて目指しているルポライターの形をお話させてください。
私が目指しているものは、既存のメディアにあるような記者や報道の仕方ではありません。
収入を得るためには、ネットではなく紙媒体と結びつけて考える人もいらっしゃるようですが、私は今の時点で紙媒体をメインに活動することを視野に入れていません。
視野に入れていないと言えばかっこいいですが、依頼されて原稿を書いて収入を得るほどのスキルはまだありませんし、組織の思想に沿った文章を書くことには嫌悪感があります。

「Grip Blog」はじめた頃、読者の方から、取材姿勢に完全な客観性なんてないと教えていただきました。全ての取材は私の主観の上で行っていると。
だから「私が見た事実」でもあるわけですよね。
予てより、新聞の記事などに見られる取材者の存在を隠そうとしている文面には、違和感を感じています。
人が取材して文章を書いているのに、その取材工程や考察を書き記したものの中に主観が入らないはずがない。客観を装った表現をしておきながら、実は取材者や社の主観を散りばめて読者を誘導する手法に卑怯だと感じることがあります。

だから敢えて私は一人称の文章で書きたいんです。
今回の政治家へのインタビューも然り、質問は読者の方々から募りましたが、それらの質問の中からどれを選ぶのかは、私の主観。
また、現場へ行き取材対象者に会って、その方の人となりを感じるのは私であるのに、その印象を客観的な表現で書いてしまうのは、誤解しやすいのではないか。それは、ある意味嘘になってしまうのではないか。
私が感じた印象なのですから、私の主観として書きたいのです。
「これはあくまでも私が感じたこと」であって、それが必ずしも正解ではないと言いたいのです。
私が訴えたいのは、「あなたはこれを読んでどう感じますか」ということなのです。

読者の方に考えていただくためには、私が中立な立場でいることが不可欠だと考えます。
私が書くものは、私のフィルターを通してのものですから、主観記事であることに間違いはありません。
でも、いつも意識し、自分に問い続ける事は、取材前から対象者を色眼鏡で見ないこと。可能な限り中立であろうと心がけること。
「どうせ主観なんだから、中立である必要はないじゃない」と言われるかもしれませんが、中立で取材対象者を見ようとする努力を捨てた時点で、私の書く報告文は主観を超えた主張になってしまうと思っています。
もちろん未熟な私が中立を保てないで、取材前に決め付けてしまうこともあるかもしれません。その時はお叱りをいただきたいのです。
これが現在、私の考えている「Grip Blog」の取材姿勢です。

私はかつて、テレビでキャスターが言うことをそのまま頭に刷り込んで、それが全てだと思っていました。自分で思考しようとはしなかったんですね。それが危険であると、今は理解できるようになりました。
何にだっていろいろな問題がある。いろいろな視点がある。
これが私の見方だけど、読者の方の見方も知りたい。インターネットはそのような『対話すること』を可能にしてくれています。
私はゼロからはじめ、読者の方を頼ってここまで来れました。やっとここまで来たけど、優秀でないことに変わりはありませんし、どこまで行っても完璧にはなれないとも思います。
だから、私には読者の方の声が必要で、それを得るためには、紙媒体ではなくインターネットという形にこだわるしかないと、今は思っています。

くどくどと語ってしまいましたが、簡単に言うと、

読者の支持で取材方法やインタビュー内容を決める

読者からの支持をベースに取材。(決め付けをしない努力をする)

私が感じた印象と結果を報告。

読者の方同士で、時には私も加えさせていただいて議論し合う

議論に沿った次の段階での取材を行う。

このように私の取材と読者の方の議論を繰り返すことで、何かしら見えてくるものがあると思うのです。
この形が、現時点での私の理想なんですけど・・・いかがでしょうか。みなさんの率直な意見を聞かせてください。

P.S
「GripForum」の「メディア・ジャーナリズム」カテゴリの「ジャーナリストとルポライターの違い」スレッドで美也子さんの
「はじめに主義主張ありき、なのがジャーナリスト、事実だけを提示してそれをどう捉えるかを読者に任せるのがルポライター……と、最近では定義されているのではないでしょうか。」
を拝見して、私が目指すものは「ルポライター」なのかもと考えています。
但し、自分が感じた印象を堂々と文章に入れて読者に問いかけるジャーナリズムに片足を入れたルポ。

それからしまうまさんがコメントで寄せてくださった
「 本当に自分のテーマで自由に動ける人は、圧倒的に強い分野(人脈とか知識とか)を持っているか、まったく金に頓着しないでやってる人ぐらいでしょうか。
 私の知り合いのフリーの事件ライターは広域暴力団の組長から警視庁刑事、事件系の弁護士、総会屋、興信所とかなり広く深い情報網を持っています。それでも、大手マスコミが取材を始めると、「同じことを書いても金にならないから」とさっさと別の事件の方へ行ってしまいます。」
インターネット上にコメントを寄せてくれる人が増えれば、ある意味1新聞社やテレビ局以上の力になる可能性を実感しています。
私ひとりでは、何の力もありません。ただ、これから私が努力して多くの読者を持ち、私の情報を元に多く方々が議論をしてくだされば、それはジャーナリズムの形になると考えています。
そして、現実にそうなるべきだと信じて「Grip Blog」を運営しています。

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コメント

紙媒体の呼称をネットにあてはめることに無理があるんじゃないかと泉さんの意見を読んで感じました。
既存のメディアに捕われる人からは納得いかない発想かもしれませんが、泉さんのスタンスの先が見てみたいと本気で思います。
影ながら応援しますので、頑張ってください。

投稿: 亀 | 2005年9月 4日 (日) 01時59分

厳しい意見こそ大切に
(野次は除く)

投稿: | 2005年9月 4日 (日) 11時50分

はじめまして、Aaと申します。
先日の自民党が行ったブログ作者との懇談会の情報を集めていて、こちらを知りました。
その後、私も自民党を通じて議員さんの政策討論会への取材に参加しまして、「ブログ(ネット)のジャーナリズム」というものについて考え込みましたので、この記事は大変に興味と共感を持って拝読しました。
私の意見については自分のところで記事としてまとめましたので、それをTBさせていただきます。

紙媒体にはないもの、既存のメディアにはないルポタージュを目指すという点で、またそれを自分の主観を中心に据えて行うという点で、私の考えと泉さまの考えは共通しています。
ただ少し違う部分があるとしたら、私は読者との交流についてさほど重視をしていないという点でしょうか。それは多分に性格的な問題もあるのですけれども。
・・・人が考え出した質問は、やっぱり本来その人自身のものだと思うのですね。
いかにもっともだと思ったとしても、取材者は所詮それを代弁する立場でしかない。
私はこの「代弁」という部分にどうしても危険性を感じてしまうのです。
このようなやり方は、部分的であっても判断や責任を他者に預けてしまうという部分はないのでしょうか。
泉さまが追うべき責任を読者にということも、読者が追うべき責任を泉さまに、ということもあります。
ともあれ、今はまだこれくらいの規模ですから会話も成立しやすいですが、将来ヒット数がもっと増え、読者が千人単位万人単位になり、書き込まれる意見も膨大なものになった場合、どうなるのだろうかという危惧もあります。
またこれはどうしても、人の善意を前提として成り立つシステムでしょう。
厳しいことを申しますが、誰かが泉さまを騙し、利用しようとした場合、果たしてそれを見抜く自信はおありですか。

僭越ながら申し上げますが、私はもう一つ「自分自身が知識を身に付ける」という部分も必要かと愚考いたします。
本を読んで勉強する、大学に入ってメディア学やジャーナリズム論を学ぶ。
東京にご在住とのことですから、色々な方法があるでしょう。
大学の先生に取材して先生と仲良くなってしまって、授業に潜り込むなんていう手もあります。あんまり大きな声では言えませんが・・・。
要は自分自身の判断力、そして実力を身に付けることが必要だと思うのです。
どうかご一考くださいませ。

今後とも通わせていただきます。よろしければ末永いご縁を、よろしくお願いします。

投稿: Aa@tracker's burrow | 2005年9月 4日 (日) 19時56分

ルポライターって仏語と英語の合成和製語ですね。

投稿: hiro | 2005年9月 4日 (日) 22時05分

真実を見抜く目は、大学で授業を受けても身に付かないと思います。社会において騙された時こそ、真実を知ると思います。また、私は「ジャーナリズム論を語る大学教授」という存在に、日本のマスコミと同じ、うさんくささを感じてしまいます。
日本では初めてとなるタイプのルポライターを目指そうとしているのですよね。ネットルポ先進国?のアメリカ・韓国では、そういうタイプのブロガーはいないのでしょうか? 彼らを参考にされたら良いと思われます。
泉さんがメジャーになりつつあるゆえに、これからはプロとして見られるようになるでしょう。また、ミス・挫折も何回もあるでしょうが、それを乗り越えられてはじめて、ルポ・ブロガーになれると思われます。がんばってください。

投稿: バイス | 2005年9月 5日 (月) 01時28分

紙媒体というものをひとくくりにして判断してしまうのは、批判対象(既存の紙媒体)と同じような陥穽に陥っているような。

本当は、それぞれの組織に「思想」なんてきちんと確立されたものはそんなにないんじゃないかと思う(営業上の必要性によってころころ変わったりするし)。
捏造とかとはまた、別の話。

読者の支持が客観性につながるかについては、私はまったく関連性がない、とすら考えます。

ジャーナリストってそもそも「うさんくささ」を内包してるものです(うさんくさくないジャーナリストって、大本営発表にしかならんでしょう)。ルポライターだってたいして違いはないんじゃないかな(取材対象に自分の考えを投影しないルポライターがいたら、それはただのゴーストです)。

大事なのは、いろんな主観による表現が許されること。読む人それぞれが、それを妄信しないこと。

投稿: TT | 2005年9月 5日 (月) 05時07分

紙媒体=依頼原稿ではないし、依頼原稿=収入=プロともいいきれません。
依頼のない原稿を書いて出版→収入=プロ という最も厳しく狭い道を目指す、というのもあるのでは?

いずれにしても、進む道はあいさんが決めること。私たちに言えるのは、こんな道もあるよ、とか、こんな考え方もあるよ、ということだけで、どっちが正しいとか間違っているとか、あっちへいくべきだとか、誰にも言えません。

ただ、「議論」なら、場を提供するにも、それなりの管理責任は求められるんじゃないかなあ……。様々な意見が拡散していくだけじゃ、議論にはならないでしょう?

投稿: 美也子 | 2005年9月 5日 (月) 09時37分

亀さんへ
>泉さんのスタンスの先が見てみたいと本気で思います

私が一番見たいかも・・・
がんばりますので応援お願いします


名無しさんへ
>厳しい意見こそ大切に
素直に嬉しい言葉です
本当に心がけます


Aa@tracker's burrowさんへ
>私はこの「代弁」という部分にどうしても危険性を感じてしまうのです。
このようなやり方は、部分的であっても判断や責任を他者に預けてしまうという部分はないのでしょうか。

「代弁」と言うとおこがましいですが、読者の意見を募ることで自分ひとりでは見えなかったものが見えてくると思いませんか?
人の意見、自分の意見に拘るよりも、より多くの意見を聞いて見聞を広めた方がより深い取材になると感じています(選挙インタビューは趣旨が違うのでこの限りではありません)
それに自分の口からインタビュー者に発した言葉なのに、読者の責任にする気は全くありません
選んだ意見に問題があれば、私の責任であり、私のリテラシー不足と思っています

>今はまだこれくらいの規模ですから会話も成立しやすいですが、将来ヒット数がもっと増え、読者が千人単位万人単位になり、書き込まれる意見も膨大なものになった場合、どうなるのだろうかという危惧もあります。

これは誤解されてます
私と読者の1対1のやりとりを望んでいるわけではなく、読者同士の議論の輪に私も加えて頂きく形です(Aaさんが想定されてるように、私への質問だけが読者の数イコールになれば対処できません^^;)

>厳しいことを申しますが、誰かが泉さまを騙し、利用しようとした場合、果たしてそれを見抜く自信はおありですか。

今はないですし、今後も絶対にあるとは言えません
これは自己責任ですので失敗して学んでいくとしか言えません
でも、怖がっていては先に進めませんし、現に今の私が読者に育てていただいたのは事実です

>本を読んで勉強する、大学に入ってメディア学やジャーナリズム論を学ぶ。

机の上で学ぶのと現場で学ぶを両立しつつ、比重は「現場」でが私のスタンスかな
Aaさんもご存知だと思いますが、現場の情報量は書籍を軽く凌駕して新しい発見の連続です
その時に感じた素直なインスピレーションを大事にしたいです
もちろんそのインスピレーションは、予備知識があればあるほど豊かになりますし、取材対象者への配慮だとも痛感しています


hiroさんへ
>ルポライターって仏語と英語の合成和製語ですね

じゃあ、新しいネットのジャーナリストがいつか生まれたら新しい造語でできるかもですね
それまで名刺に何って書くかが悩みどころですが・・・


TT さんへ
>紙媒体というものをひとくくりにして判断してしまうのは、批判対象(既存の紙媒体)と同じような陥穽に陥っているような。

確かにそうですが、私は紙媒体を否定したいのではなく、インターネットでの双方向性の元での活動をしたいと考えています
もし将来、紙媒体がインターネットに勝る双方向性を可能にするシステムができれば、そっちに浮気するかも・・・


美也子 さんへ
>依頼のない原稿を書いて出版→収入=プロ という最も厳しく狭い道を目指す、というのもあるのでは?

それも1つの手だとは思うのですが、今はネットの活動で収入を得る方法を模索したいです
これもあまり日本での前例が少ないので茨の道かもしれませんが、未知の可能性の中に身を置いておきたいって感じかな
生意気でごめんなさい^^;

>ただ、「議論」なら、場を提供するにも、それなりの管理責任は求められるんじゃないかなあ……。

その為のGripForumなんですが、まだまだ生まれたばかりで過渡期な状態です
フォーラムの運用やシステム面について沢山の読者の方々から意見を頂いていますので、近い将来より使いやすいものになっていくはずです
美也子さんの意見のように管理責任を今後どうしていくかも含めて


バイスさんへ
>泉さんがメジャーになりつつあるゆえに、これからはプロとして見られるようになるでしょう。また、ミス・挫折も何回もあるでしょうが、それを乗り越えられてはじめて、ルポ・ブロガーになれると思われます。がんばってください。

鋭い!
最近コメントが厳しいって感じてるんですが、懇談会に呼ばれたからって私のスキルがUPしたことには全くならないんですけどね
でも、厳しいコメントをいただけるのは勉強になりますから、うれしいです
自分の中で怖さと期待感が同居してます
日本のネットジャーナリズムって今はみんな試行錯誤中で明日なにが生まれるかわからないドキドキ感がいいですよね
頭のいい人たちが沢山試行錯誤していて毎日のようにへぇ〜と思える事が起こる
そんなぐちゃぐちゃな今の時代の片隅に身を置けることが、すごく楽しくプレッシャーな毎日です
とにかく先を見続けて、止まらないことを約束します
応援お願いします!

投稿: ぁぃ | 2005年9月 5日 (月) 21時43分

あいさんが、「紙媒体」を否定してるとは、一言も書いてませんよ。そう思われるだけでも私の意図を誤読されている。

たしかに私は既存の紙媒体をどっちかというと「必要悪」とは認識してますが、とくに肩もつわけではないです。
ブロガーが抱いている「紙媒体」のイメージが、ブロガーが否定しているはずのレッテル貼りになってる(つまりは五十歩百歩)じゃんと思うわけ。

あ、私は1円でも対価を得ることができると
認識されるのであれば、それは「プロ」だと思います。

投稿: TT | 2005年9月 6日 (火) 08時18分

今、泉さんが考えている通りでいいんじゃないですか?
既存の型にはめる必要も無いですし、私という一人称で何かを報じるということは面白い試みだと思います。

また、どういったスタンスでこのブログをやっていこうということが明確になっている以上、読むほうも読解力を求められると思います。

みんなで一緒に考えていく、という泉さんの考えには共感します。知りたいことを補完しあってお互いが「なるほど、そうだったんだ」と分かり合うことが出来たらそれはまさにイイ関係で繋がり合うネットな世界ではないでしょうか?

泉さん、またblogの方針転換があれば知らせてください。

投稿: 匿名 | 2005年9月 7日 (水) 00時41分

匿名さん
ありがとうございます
これからどう進むのか、自分なりに一本持っていながら、読者の方に軌道修正していただく必要があると思っています
私の姿勢がふにゃふにゃでも困るし、頑な過ぎても困りますよね
年齢と共に頑固になりつつあるので気をつけます

投稿: ぁぃ | 2005年9月 7日 (水) 19時59分

この記事へのコメントは終了しました。

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