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2005年9月 6日 (火)

記者クラブの表と裏 【取材記26回目/ふと思う】 

選挙の取材をしていて、新党日本の田中代表の姿を目の前で見させていただいたこともあり、朝日新聞の「虚偽のメモ」を知って、すごくリアルに感じました。
情報のウラを取る作業とは、どこからどこまでなのか。自分も同じようなことに陥ってしまう可能性はないのか。考えさせらています。

選挙公示日が過ぎ、日常に戻りつつある私は、また記者クラブのことを考える時間が多くなってきました。そんな時ふと朝日新聞の件について考えたんです。
「どうして朝日新聞は記者会見しないのだろう」
フジテレビの菊間アナが、ジャニーズ事務所の「NEWS」のメンバーと飲酒した時も、フジテレビは記者会見を開かなかったはず。
企業が不祥事を起こした時って記者会見するものじゃないの?

今までの取材の中で、企業が不祥事を起こした時、関係者を引っ張り出して話をさせるために記者クラブが存在するという話を聞きました。
毎日新聞中部本社の報道センター室長である磯野彰彦さんにインタビューした時も、セントレア空港の記者クラブを立ち上げる際の話が出ています。

「記者クラブの表と裏 【取材記23回目/毎日新聞 磯野彰彦さんインタビュー】 

何かあった時に株式会社中部国際空港に発表をさせなきゃならない。
(中略)
放っておいたら相手の都合のいいようにしかルールは作られないので、ひとつひとつ交渉してルールを決めて、情報をすぐ出させるということが必要なんです。そのために記者クラブを作ったわけで、・・・

このお話を思い出した時に私がふと思ったのは、
「アレ〜、マスコミ各社に記者クラブってあるの?」

磯野さんはご自身のブログで、

「上昇気流なごや」

お前はまったく情報をねつ造したことはないか、と聞かれたら、ある。例えば、「ある関係者は『「○○○○○○○○○』と述べた」という記事を書いた時に、何人かから聞いた話をごっちゃにして、自分の思い入れを加えて、記事の中で対比させるため、極端な表現にした。ねつ造である。発言者は実在しない。
 以前、政治部に籍を置いていた時に、若手記者と、私より少し年少の中堅記者と私が、論争になったことがある。中堅記者は、私が書いたような「」の記述は容認されるという立場。若手記者は「そんなことをしたら作文じゃないですか」とむきになって反論し、私と中堅記者は「もっと大人になれよ」と言った。あぁ。若手記者は最後まで「自分が新人記者時代から教えられたこととは違う」と納得しなかった。その若手記者の言うことのほうが正しかったと思う。今ではデスクになっているが。

と書かれています。ちょっと引いた・・・。
もしかすると、マスコミの中では日常的に行われていることなのかもしれないと感じます。
そして磯野さんは、

誤解を恐れずに書けば、JR西日本も、朝日新聞も、その組織や運営システムに致命的な欠陥があったというよりは、問題行動を起した人間を勤務から外すチェック機能が働かなかったことに問題があったのではないか。

とも書いていますが、ねつ造をねつ造だと捉えない社内の空気に問題がある。それは、「問題行動を起した人間を勤務から外すチェック機能が働かなかったこと」で済まされるべきことではないと考えます。
直接の担当部署から外せばいいってもんじゃないでしょ。
そういう考えになってしまう社員を育ててしまったことこそ、運営システムの致命的欠陥でなくて何なのかと思うわけです。

どうして私はここまで厳しいことを言うか。珍しいでしょ?
「記者クラブに対する誤解を解きたい」という気持ちで、私の取材に応じてくださった磯野さんを真っ当な記者だと感じたし、人柄だって紳士的で素敵な方でした。
その磯野さんが、ここまで書いていいのかと思えるほどのエントリーをUPなさったのは、ある意味カミングアウトと言っていいと思うんです。
真っ当な記者である磯野さんがこんなことをしてしまうんだと、私にはかなり衝撃的だったんです。
私にとっては、「それはえらいこっちゃ。あの磯野さんでもねつ造した経験があるなら、他の記者だってきっとやってる」と思ってしまうわけです。

なんで今まで気づかなかったのかと考えた時に、そんなマスコミを監視する記者クラブは今までなかったということに気づきます。
報道するという力を持ち、「第三の権力」とまで言われるマスコミ。それだけ大きな力を持っている機関を監視する記者クラブが存在しないのはなぜでしょうか。

インターネット上では、激しいマスコミ批判は行われていますが、その中には事実とは乖離したものもあり、ネット全体の信憑性も問われています。
でも、既存メディアを監視するのは、ネットメディアの役目ではないかと考え始めています。
だって、既存のメディアは自分たちを監視する記者クラブを自分たちの手で作ることができないわけですよね。
だったら、ネットの人たちでメディアを監視する記者クラブを作ればいいのにって考えてしまう。

但し、今ある記者クラブ制度とは全く違った、ジャーナリストなら誰でも入れるオープンなものじゃなきゃだめですよね。
そんな記者クラブがあったらいいのになぁ・・・。
なんてことを真面目に考えちゃったりしています。

<文責/泉 あい>
GripForum - 記者クラブの表と裏スレッド

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コメント

 この映画を見ながら泉さんのことを思い出していたこともあり、ダイレクトに関係があるわけではないのですが、記者クラブつながりという強引な理由でエントリーをTBさせていただきました。すみません。

投稿: 5号館のつぶやきおやじ | 2005年9月 6日 (火) 12時39分

 泉さん、少し補足をさせてください。
 私は、話を分かりやすく、際立たせるために、「ねつ造をしたことがある」と書きました。それを撤回するつもりはありません。ただ、こういうことです。泉さんの手法は、かぎかっこ「」にこだわってますよね。誰が何と言ったのか。微妙なニュアンスまで含めて、より正確に、より情報をたくさん盛り込もうもとしておられる。そのことはとても重要なことだと思うし、頭が下がります。
 一方、新聞は限られた行数の中で、意見の対立点を明確に書かなければならないことがある。オフレコで話を聞くこともある。発言の全文をかぎかっこ「」では紹介できないことがある。
 その場合、政治家Aさんが言ったこと、政治家Bさんが言ったこと、それらをつまみ食いして一人が言ったような表現にする。その中に、こういう考え方もあるのではないかと自分が考えたことをもとに、胡椒とタバスコを効かせる・・・そんな感じでしょうか。うまく説明できている自信がないのですが。それを「ねつ造」というのではないかと聞かれたら、「ねつ造でしょうね」と答えるしかない。私はそういうことをやったことがある、と書きました。
 朝日新聞の長野総局のような形で情報をねつ造する記者が出てこないように記者教育をする。当然のことです。泉さんは「運営システムの欠陥」と表現されました。具体的にどのようなものを想定しておられるのでしょう。
 新聞社は新人教育から始めて、繰り返し繰り返し社員教育をやっています。毎日新聞であれば、入社直後の3週間は缶詰状態。支局に配属して、3カ月後、半年後、1年後、さらに支局で警察キャップになったころにまた東京に集めて研修をやり、10年社員研修というのもある。そこでは新聞記者の心得を説きます。また、配属された支局などで、オン・ザ・ジョブ・トレーニングで教育をします。
 ただ、正直に書けば、そこでは「ねつ造はいけない」という教育は、ごくごく初期段階を除けば、繰り返すことはありません。そんなことは当たり前だから。「盗作はいけない」。これも同じような扱いだと思います。朝日だったら、伊藤律架空独占会見記やサンゴ事件を教材にしているかもしれませんが。
 さて、それでも問題が起きた。では、どうすればいいのか。「排除」「除外」しか解決方法がない、と言っているわけではありません。難しい宿題です。
 もうひとつ。マスコミを監視する機能は、第一に読者、あるいは、取材を受けた人からの電話や投書があります。次に社内のオンブズマン制度。社外の委員に委嘱した形でのオンブズマン制度もあります。朝日も毎日もこれは同じです。マスコミ、特に、新聞報道を厳しくチェックする雑誌ジャーナリズムもあります。そこに、最近では、インターネットが加わりました。少数ではありますが、新聞業界を取材し、記事にしている業界紙もあります。
 新聞報道をチェックする「記者クラブ」というのは、うーん、記者クラブについての考えが、泉さんと私とで違うように思うのですが、「記者クラブ」というのは、ある取材対象、取材分野があって、それを取材する報道機関が便宜的に立ち上げているものなので(同時に、取材を受ける側も協力的という前提条件がありますが)、新聞を監視するための「記者クラブ」は、私としては考えにくいし、そういうことをやりたいと考える人もほとんどいないのではないかと思います。
 取り急ぎ、泉さんのブログに対する感想を書きました。これで十分とは考えていません。こういう感想を書くことで誤解をさらに深めるのではないかとも思ったりするのですが、クイックリスポンスが大事だと思ったので、書きました。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 6日 (火) 12時56分

 メディアを監視するメディア…。何だか自家撞着してしまいそうですね。監視するメディアが暴走したら誰が監視するのか…。メディアを監視するネットメディアなるものを監視する別のメディアが必要になってきますよね。

 「監視」なんてだいそれたものでなく、既存のマスコミが陥りやすいステレオタイプな報道から抜け出した斬新な手法で「新しい報道の姿」のようなものを提示して、それを自省させる方がもっと手っ取り早いんじゃないですかね。

 ネットにメディア批判はあふれていますけど、ほとんどは読むに堪えないただの中傷に近いものが多いような気がします。政治的なスタンスをめぐるものとかは特にそうです。

 私は10数年某社で記者をやっていますが、取材していないことを原稿にしたことはありません。取材した内容を多少細工(趣旨を変えない範囲で)するのと、全然聞いていない話をあたかも聞いたように書くのはレベルの違う話だし、ねつ造というのは後者の方を指すのだと思いますよ。

 よその組織の話を書くのもナンですが、朝日新聞は社内競争が激しく、希望の部署につくには相当な努力が必要だそうです。
 多くの新聞社には伝統的に「結果がすべて」というようなドライな空気があるように思います。取材でいくら努力しても、際どいところで抜かれたらそれはただの敗者、偶然のタレこみで手にした特ダネであっても、それは立派な勝者で、途中経過は誰も評価しません。
 私などは、本当は団体戦の勝負なんだと思っていますけど、個人プレーが優先される風土が残ってる限り、似たようなことはまた起きると思いますね。

投稿: しまうま | 2005年9月 6日 (火) 14時03分

現役メディアご両人(磯野さん、しまうまさん)に質問。
泉さんが例で上げている朝日新聞捏造記事問題とフジテレビの菊間アナ問題の記者会見が開かれなかったのは問題ないと、追求する必要もないとお考えですか?
会見を開かない権力との交渉力の為の記者クラブじゃなかったのですか?

投稿: 亀 | 2005年9月 6日 (火) 14時19分

 亀さんへ。毎日新聞・磯野彰彦です。
 朝日新聞が記者会見をしなかったことについて、毎日新聞は紙面でおかしいと指摘しました。いや、だからといって、指摘したらからいい、毎日新聞は正しい、と言うつもりはありません。会見しなかったことはおかしいと私は思います。そういう趣旨のことを自分のブログでも書いたつもりです。ですから、追求する必要がない、とは考えません。フジテレビについては、すみません、今ここでコメントするだけの材料を持ち合わせていません。
 それから、現在、新聞社を取材する記者クラブはありません。あれば、当然、会見をさせるよう働きかけると思います。新聞社を取材する記者クラブは、うーん、おそらく作られることはないと思います。えーと、どう言ったらいいかな、難しいな、説明が。この件は宿題とさせてください。
 もうひとつ、記者クラブは「会見を開かない権力との交渉力のため」だけに存在するわけではありません。そういう機能も重要である、と泉さんのインタビューにお答えしたつもりでした。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 6日 (火) 15時31分

 想像でものを言うのよくないのですが、東京には放送記者会という記者クラブがあって、NHKの中にあるはずです。この記者クラブは、民間放送も取材対象にしているので、例えば、どこかの民放が不祥事を起こした時に、記者クラブまで説明に来て欲しいとか、都心のホテルで会見して欲しいとか、そういう働きかけはしていると思います。今回のフジテレビの件で放送記者会がどう動いたかは、すみません、わかりません。
 では、新聞業界はどうか。記者クラブをつくるとしたら、業界団体である日本新聞協会が自らのオフィスの一部分を提供して、作るぐらいしか方法はないだろうと思います。では、その記者クラブには誰が加盟するのか。誰が常駐して幹事業務を行うのか。誰が必要とするのか。
 記者クラブは、その対象分野について、日常的にかなりの仕事量があって、それをマスコミ各社がこなしていくのに便利だから、できているようなところがあります。ですから、第一に役所(警視庁も含みます)の中にあり、第二に業界団体の事務所に付属する形であります。
 個別企業が「記者室」とか「プレスルーム」を記者に提供することはありますが、これは「記者クラブ」ではありません。昔、電電公社が「葵記者クラブ」というのを建物の中に置いて、情報通信事業会社がそこに来て発表したりしていました。しかし、電電公社が民営化してNTTとなり、一企業の中に記者クラブがあり、同業他社(いわゆる新電電など)がそこに会見に来るのはおかしい、ということになり、情報通信記者会という記者クラブが別に作られました。そのスペースは業界団体が提供しているはずです。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 6日 (火) 15時50分

 泉さん、もう少し書かせてください。自分のブログに書けばいいのに、と思ったりもしますが(笑い)。
 また誤解を恐れずに書くなら、「ねつ造」には程度があるのではないか。経済部記者は「方針原稿」をよく書きます。例えば、「財務省がかくかくしかじかの方針を固めた」というような。「○○会社が社長交代人事を固めた」と書くこともあります。
 「固めた」という表現にしてあるので、いくらでも逃げられるのですが、正式決定ではないので、結果的に外れることがあります。取材先から「作文原稿だ」と批判されたりもします。これは「ねつ造」とは言いませんが、親戚のようなところがあります。
 「飛ばす」という表現があります。「あいつはよく飛ばす」といった使い方をします。決まってもいないことを、さも決まったかのように書く。私はその考え方には賛成せきませんが、そういう記者が優秀だと評価されるようなところがあります。新聞社には。
 新聞記者の仕事ぶりを見ていると、飛ばす傾向があるとか、思い込みが激しくて相手がそこまで言っていないのにそう言ったと受け止めてしまうことが多いとか、他人の記事の表現を一部引用するくせがあるとか、要領がよくて1を聞いて10を書いてしまうとか、そういう資質が見えてくることがあります。
 これらは「黄信号」ではあるけど、「退場」ではない。でも、あぶなかしいところはある。そういう記者が書いてくる原稿は、まず疑ってかかる、紙面に載せる時に中身について確認する。あるいは、飛ばし記事は絶対に書いてはいけない、と指導するか。
 さて再発防止です。日頃、あぶなかしいなぁと思うような傾向がある記者であれば、「お前、大丈夫か」と聞く。でも、相手にとっては屈辱的ですよね。「僕を信用していないんですか」となる。この28歳の記者が書いてきたメモを、いちいち本人に「間違いないか」「ここのところは田中知事はどういう言い方をしていた?」と確認する。やっぱり屈辱です。
 一般的には、信用と信頼で成り立っている世界です。根掘り葉掘り確認するのは、相手を信用していない証拠。しかし、それをやらなければならない時もある・・・?
 もうひとつ。週刊ポストが「『ねつ造』を生んだ朝日新聞『過酷な出世システム』」という記事を書いています。「5〜6年目が出世の正念場」「『このままでは同じような事件が起こる』と記者たちが嘆く」等々。でもね、特ダネ情報を取ってきた記者を評価して、地方機関から東京本社に送り出す抜擢人事をするのは、どこの新聞社でもやることですよね。それが、システムとして欠陥がある、と言われると、どう答えていいかわからない。
 こういうことはあると思いますよ。職場の中での競争が激しく、疑心暗鬼になっている。上司に評価されることばかり考えて、飛ばし記事をたくさん書くようになっている。そういうことは、今回のような事件の遠因にはなり得る。
 組織の長にできることがあるとしたら、こういう空気をなくすことではないか。いいんだよ、そんなに無理しなくったってと。でも、そうすると、職場の緊張感がなくなって、いい仕事ができない、という人もいるかもしれませんね。
 組織をどう運営し、活性化させ、間違いを起こさないようにするか。朝日に同情しているわけでも、かばうつもりもありません。どうしたらいいか。本当に難しいです。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 6日 (火) 17時14分

磯野さんへ
言いたいことはよくわかります。
でも、
>組織をどう運営し、活性化させ、間違いを起こさないようにするか。朝日に同情しているわけでも、かばうつもりもありません。どうしたらいいか。本当に難しいです。

この言葉に磯野さんの考えが集約されてると感じました。
これってJR西日本にも言える課題なんです。
鉄道は安全が担保、報道は事実が担保の前提での企業競争なんですが、その担保がなぜか実は担保になってない現状。悲しい現実です。
私も答えは見つかりません。でも1つ言えることは、第3の勢力と揶揄されるまで力を持ったものに自浄能力がなければ、それを監視する何かは必要。本気で考えないといけない現状だと思います。
メディアだけ読者の目に監視されてるなんて事を言うのはおかど違い。それは全ての公共機関にあてはまることですからね。

<泉さんに取材リクエスト>
磯野さんが教えてくださった、「放送記者会」という記者クラブが、例に上げた2つの事件でどういった動きをしたのか取材して教えてください。
お願いします。

投稿: 亀 | 2005年9月 6日 (火) 17時51分

 磯野さんが所属組織も名前も明らかにして書いているのに匿名で申し訳ないです。ちなみに私は現場に近いヒラの記者です。質問へのお答えはずっと分かりやすく、大所高所から書かれていると思います。

 亀さんの質問に私からも少し答えると、「いいとは思わない」ですよ。でも、記者会見は強制的に開かせる機能はマスコミにはないし、記者クラブにもないですよ。
 記者クラブがあっても会見の要請が無視されることはあるし、不祥事があっても会見しない企業は結構ありますよ。

 追及する必要がないか、というとこれは率直に言うと、「継続して取材するほどのニュースバリューを感じない」というのが感想です。
 こんなこと書くと無責任だと思われるかもしれませんが、マスコミの世界というのは結構縦割りで、担当のクラブ、問題を軸に記者は動きます。だから、新聞社を取材する担当を置いていない、置いていても総合的な意味での「メディア担当」のような立場だと、今回の問題は深く取材しようとは考えないのではないですかね。

 なぜかと言うと、例えば報道被害とか人権にかかわる問題とか、メディアをめぐる構造的な問題でなく、個人の不祥事(例えて書きづらいですが、銀行で行員がお金を横領したとか、警察官が痴漢したとかに類する)でしょ。
 確かに、どこかで朝日新聞とか大手マスコミの体質につながる部分があるのかもしれませんが、銀行員がお金を横領する事件が続いたからといって、銀行や金融機関の体質を掘り下げた取材をしようとは記者は思わないでしょう。

 それと、朝日新聞だから、フジテレビだから、という部分もあるのではないですかね。同じことが産経新聞や大手の地方紙で起きていたら、あなたは「全メディアで追及すべきだ」と考えますか?
 ちょっと暴論気味ですが。匿名だから暴論にしてるつもりはありません。本音に近い部分を書いてるつもりです。
 

投稿: しまうま | 2005年9月 6日 (火) 20時30分

しまうまさん、自分の職業の担保が同業者に崩されて、それを追求しない理由が「ニュースバリューを感じない」じゃ業界姿勢として絶望的じゃないですか。
しまうまさんの返答を読んでると本気で日本の報道姿勢に未来がないと感じてしまいます。
ご自分の職業のユーザーへの担保がなくなりかけてるんですよ、そんな時に商業的な視点で思考しないで欲しいと切に願います。
あなたがたの言う、メディアの公共性って自己保身の為だけに使う言葉ですか?

投稿: 亀 | 2005年9月 6日 (火) 21時19分

磯野氏のコメントからは模索する姿勢を多少なりとも感じるが、しまうま氏のコメントは言い訳と責任転換ばかり。
磯野氏に問いたい。磯野氏から見てしまうま氏の考えは同業者として同調できるのか。

投稿: kanpo | 2005年9月 6日 (火) 21時32分

初めまして。mimigaといいます。

磯野さんに聞きたいのは、色々ありますが、ひとつだけお願いしたく思います。
マスコミは人の不祥事を責める割に、自分のところに同じような不祥事の追求の矛先が来たら言を左右して逃げているように見える、という事。
色んな事一杯言ってくれるんだけど、みんないい訳めいて聞こえる。文章が長いだけで実行力のある責任を伴った宣言というか、そんな言葉が聞こえない。この点はどうなんでしょうか。一般企業の場合、会見しないで逃げる事は道義上も許されないし、マスコミも追求する、しかしマスコミはそれをしない場合もある。それを追求する組織がないと云う事であれば、自ら免許を返上する旨の危害のある発言くらいでても良さそうなのに、ポーズでもそう言う事をしない。昔の記者は気概があってとかいっても組織が変成していくのは世の常で。その対応を怠ってきたという姿が見えるばかりかなとか、思いました。
はっきり言ってメディアの自分の間違いに対して甘く見える姿勢に憤りがあります。それを解消しろ、と云うつもりはないのですがそれにしても何だかなぁ、と思う読者にキチンと対応していないように思います。
誰も自らや自らの組織に断を、または各社連ねた横断的なものを提案するなどと言った姿勢を見せない辺りにも「ああ、そう言う人達の文章を金を払って読むのか・・・」的な思いもあり、現在は新聞購読を止めました。
長くなりました、すいません。でも思うところはこんな感じです。

投稿: mimiga | 2005年9月 6日 (火) 21時36分

 「職業の担保」ってどういう意味ですか? 別に商業的な視点で書いてるつもりはありませんよ。極めて職業的に書いてるつもりです。私は自分の仕事を商業的な視点でやったことは一度もありませんよ。

 「職業の担保」というのを報道の信頼性という意味で書いているなら、それを明らかにすべきなのは朝日新聞であり、マスコミ全体の責任ではないでしょう? 私は朝日新聞の信用ががた落ちになろうが、まったく関係ありません。
 当たり前のことですが、新聞記者、マスコミ記者というのは大きな意思を持った単一の存在じゃありません。ニュースバリューのあるなしは、記者として職業的な観点からそれを取材すべき価値があるかどうかを言っているのであって、カネになるかどうかじゃありません。

 例えば、ですよ。みずほ銀行の行員が巨額横領事件を起こしたとして、あなたが三井住友銀行の人に「だから銀行員は信用ならんのだ」と罵倒したとする。なんかおかしいと思いませんか。

投稿: しまうま | 2005年9月 6日 (火) 21時42分

 >亀さんへ

 同調できるのか、ってそんなこと聞いても意味がないですよ。会社も立場も記者としての経験量も何もかも違うのに。私と同じ組織の人間に聞いたって、全然違う意見は当然あると思いますよ。

投稿: しまうま | 2005年9月 6日 (火) 21時56分

しまうまさんへ
あなたの意見には自ら名乗る「公共性」の観念が抜け落ちてしまっています。
「公共性」を自ら名乗る報道メディアが他の一般企業と同列に比べるのに卑劣さを感じます。

>例えば、ですよ。みずほ銀行の行員が巨額横領事件を起こしたとして、あなたが三井住友銀行の人に「だから銀行員は信用ならんのだ」と罵倒したとする。なんかおかしいと思いませんか。

磯野さんが捏造について、ご自分も近い経験をしていたと、新聞業界の体質かもと、思考してる前提で話しているのです。
捏造は朝日とフジだけの専売特許ですか?
なぜそれほどまでに「俺とは関係ない」的な話ばかりをするのでしょうか。

それから、ニュースバリュー=読者にうけるうけない、のような商業的価値ではなく、報道価値としてこの言葉を使われたなら、なお更読者としては残念です。

他のエントリーのコメント欄であなたは、
>こちらがいくら論理的に何かを書こうにも、絶対に通じない人というのはそれこそ無数にいます。

と書かれています。
失礼ながら、これ、今のあなたのように感じます・・・

投稿: 亀 | 2005年9月 6日 (火) 22時17分

しまうまさんへ
>同調できるのか、ってそんなこと聞いても意味がないですよ。会社も立場も記者としての経験量も何もかも違うのに。私と同じ組織の人間に聞いたって、全然違う意見は当然あると思いますよ。

これ、私がした質問じゃないです。

投稿: 亀 | 2005年9月 6日 (火) 22時44分

亀さん
取材リクエストくださってありがとうございます
私も、「放送記者会」というものを全く知りませんでした
磯野さんありがとうございます

早速、明日から取材をはじめてみます
ご報告をお楽しみに
私自身も、どんなところで、どんな人たちがいらっしゃるのか楽しみです

投稿: ぁぃ | 2005年9月 6日 (火) 22時56分

 ちょっと目を離した隙にやりとりが増えていました。えー、困りましたね。とばかりも言っていられないか。質問にお答えしなければなりませんね。
 まずmimigaさんへ。質問は一つだけではなく、たくさん質問しておられるように思いますが、それはともかく、朝日新聞の不祥事について、私は朝日の人間ではないので、本来は書くべきではないのかもしれませんが、同じ新聞業界にいる者として思うところを書かせてもらいました。
 それに対しmimigaさんは「文章が長いだけで実行力のある責任を伴った宣言というか、そんな言葉が聞こえない」「人の不祥事を責める割に、自分のところに同じような不祥事の追求の矛先が来たら言を左右して逃げているように見える」とおっしゃる。
 繰り返しになりますが、私は、朝日新聞がやったことはなぁなぁで許されることではないと思うし、記者会見もすべきだったと考えます。どうしたら防げるかについては、こんなことが考えられるのではないか、ということを、私なりに考えて書いたつもりです。
 mimigaさんのおっしゃる「実行力のある責任を伴った宣言」というのは、私には、どのようなものが考えられるのか、申し訳ないけれど、よくわかりません。
 また、「自ら免許を返上する旨の危害(気概)のある発言くらいでても良さそうなのに、ポーズでもそう言う事をしない」と書いてらっしゃるが、新聞は免許制ではないのです。マスコミが役所からの免許がなければ報道できないなどということになれば、それこそとんでもないことになる。
 さらに「各社連ねた横断的なものを提案するなどと言った姿勢を見せない」と憤っておられますが、今回の朝日新聞のことを機に、これは新聞業界全体のことなので連帯してお詫び申し上げます、このようなことが二度と起きないように新聞業界として横断的に再発防止を誓い、近いうちに再発防止策を打ち出しますと宣言するのは、正直なところ、無理があります。いや、mimigaさんはそこまで言っておられないとは思いますが。
 もうひとつ。kanpoさんの、同業者として私がしまうまさんの意見に同調できるのか、というの質問に対して。同調できるところもあれば、そうでないところもあります。ただ、長くなるので、このくらいで勘弁してください。本業に手がつかなくなる。現時点ですでに滞っています。ただ、しまうまさんが書いていることは「言い訳と責任転換ばかり」とは思いません。同業者としては、かなり誠実に本音を書いているという印象を受けました。
 あぁ、また「長いだけで中身がない」と怒られそうですね。ご容赦ください。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 6日 (火) 23時16分

>質問間違い。
 こりゃ失礼しました。

 公共性なんてそれこそ、どんな企業にだってあるでしょう。上場企業だって何だって。説明責任はもちろんあるし、マスコミだけが特別に公共性がある、とは私は思いません。記者会見をしない不祥事を起こした上場企業は無数にあると思いますよ。
 で、話をすり替えないでほしいのですが、公共性があって説明責任があるとして、それは朝日新聞にあるかもしれないけど、それをどんなレベルであれ、追及「しなければならない」責任まで別の企業の他社にあるのですか、ということですよ。

 別に公共性を否定しているわけではありません。ましてや報道機関の看板を背負っているのだから。もちろん、朝日新聞の行為は間違っていますよ。会見を開くべきでした。ただ、それをやらないと言っている会社に無理矢理会見をやらせる強制力は他社にはないし、継続的に人を配置して取材させるほどのニュース価値を見いだせない、と書いているだけです。
 あなたこそ、「公共性」の単語だけで切り捨てないでほしいものです。どんな職業にも組織にも公共性はあるでしょう。それが問われるのは問題の質によるのではないですか。例えば、記者クラブという「権利」を認めるかどうか、なんて議論には公共性云々という物差しは必要でしょうけど、記者個人の不祥事と公共性は関係ありません。

 磯野さんの書いてる話は自省として書かれているんでしょうけど、「性格が違う」と私も書いてます。磯野さんが書いてるケースは私はねつ造とは思いませんね。私も情報源に危害が及ぶ可能性があるような内部告発ものなどの場合は原稿上で情報源を複数にしたり、時制をずらしたりなどはやります。要は正当性と合理性があるかどうかですよ。

 それと、このやり取りと関係ないことですけど、記者会見というものについて。勘違いされているかもしれませんけど、記者会見というのは取材する側にとっては「情報を引き出す場所」で、会見者にとっては「リスク回避の場所」です。例のJRの会見ではそうではなかったかもしれませんけどね。
 思い出して下さい。雪印は社長の「俺も寝てないんだ」の一言で信用を失ったでしょ。倒産した山一証券は社長の涙の一言で社員を大勢(再就職などで)救ったでしょ。決して糾弾や謝罪の場所ではありません。

 だから、私から見たら、朝日はずいぶん馬鹿なことしたな、と思えるだけです。報道機関が会見を開かない、紙一枚で済ますなんて、ますます読者が離れるだけなのに、と。電話での取材には細かく応じていたようだから、「情報公開をきちんとやれば批判されない」と考えたのかもしれない。判断を間違えましたね。

 

投稿: しまうま | 2005年9月 6日 (火) 23時18分

 亀さん、泉さん、「放送記者会」のことは、多分、こうじゃなかったかなぁと思い出したことを書いたので、実際調べてみたら、全然違うじゃないか、磯野はとんでもないうそつきだと非難しないでくださいね。よろしくお願いします。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 6日 (火) 23時22分

 おはようございます。あんまり寝てません(笑い)。とほほ。
 ところで、泉さんの「メディアを監視する記者クラブを作ろう」という提案に私が戸惑っていたのはなぜかとずっと考えていたのですが、一つには、泉さんは記者クラブ制度は問題があるとずっと指摘してきたわけですよね。泉さんは違いますが、記者クラブは廃止すべきだという考えの人たちもいます。山川さんは確かそうだったはず。
 そういう人たちが「記者クラブを作ろう」とおっしゃるのはどういうことなのだろうかと。
 もちろん、泉さんも、山川さんも、これまでの記者クラブとは違うんだと言っておられる。そこのところは理解しているつもりです。
 ただ、「新しいタイプの記者クラブ」と言われても、聞いたほうは、「旧来の記者クラブ」をイメージしてしまうのではないかと。ですから、別の言い方をされたほうがいいのではないかと思います。
 私は、メディアに自浄作用がないとは思わないし(十分かどうかは議論があると思いますが)、外部からチェックを受ける制度も確立されているとは思いますが(同)、監視・チェックする機能を持つ記者集団が必要だと思う方たちがいるのであれば、立ち上げればいいのではないかと思っています。記者クラブには圧力団体としての性格もあります。それぞれに必要に迫られた設立された経緯もあります。それと同じではないかと考えます。ただ、従来の記者クラブは新聞協会加盟の新聞社や通信社、民間放送連盟(でいいのでしたっけ)加盟のテレビ局、外国プレスが圧倒的大多数でしたが。
 毎日新聞が、あるいは、私がそこに加わるかといえば、うーん、仕事の優先順位を考えると、積極的になる理由が見当たりません。正直、フジテレビの菊間アナウンサー問題で、フジテレビに対して「記者会見すべきだ」と申し入れたいという気持ちは、私の新聞記者としての日常の仕事からはまず出てきません。もっとはっきり書くと、あまり興味がない。何で同業者として憤らないかと言われれば、すみません、としか言いようがありません。
 あぁ、またいろいろ書いてしまった。きっとまた「だからマスコミはだめなんだ」と指摘されるでしょうね。しかし、考えたことは書かないとね。それを基本姿勢としてやってきましたから。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 7日 (水) 09時59分

こんにちは。激論ですね。
論を交わす内にどんどん現場の記者さんからの本音が引き出されていくようで、興味深いです。
議論というのはあまり枝葉末節に入り込んでしまっても、大筋を見失うものだと思いますから、私はちょっと引いた立場で発言したいと思うのですが、既存の記者さん達が否定される「可能性」にこそ、ネットの側がつけいる隙があるような気がしてなりませんね。

例えば「ニュースバリュー」にしても、既存のメディアでは例えば広告とか売上とかに関係なく、紙面の容量の都合だとか記者が時間を割けるかとかそういうものもあると思うんですが、ネットはそんなことはまったく考えなくていいです。
「メディアを監視するメディアの自家撞着」に関しても、おそらく既存メディアとネットメディアは根本的に全然違うものであると思います。それは別に理想を言っているのではなく、どちらかというと否定的側面です。ネット記者団を作るにしてもその手法は既存の記者団から学べるものではなく、一から方法論をくみ上げていかないといけないと思いますよ・・・。でもそこに可能性もある。
(ところでしまうま様、「新しい報道の姿」に関しては私は自分のブログでも追求していますので、よろしければ一度見に来ていただけないでしょうか)。

記者さんを批判する側の方に関しても、そのような批判姿勢は必要なものだとは思いますが、「既存の記者に出来ないなら自分たちでやってやろう」という考え方もあっていいんじゃないでしょうかね。
いえもちろん持っておられるとは思いますけれども。

ネット記者団の可能性については私も考えました。それについては、場所を借りているみたいで申し訳ないのですけど、山川様のブログにコメントとして残させて頂きました。

この議論が発展的なものに推移することを期待します。
泉さま、早速の取材宣言すごいです。応援しております。もし何かお手伝いできることがありましたら、お声をかけてください。
「圧力」に一人では足りなかったら、名前とか提供しますし、一緒に行ってもいいですよ。

投稿: Aa@tracker's burrow | 2005年9月 7日 (水) 11時23分

 ちょっと読み返していて気になった点があるので、追加を書かせていただきます。しかし、これ、ずいぶん長いスレッドになってしまいましたね。

 最初の泉さんの書き込みに戻って、「ねつ造をねつ造ととらえない社内の空気に問題がある」と書かれていますが、そんな空気のある会社はないと思いますよ。
 磯野さんの書かれた内容を「ねつ造」と言われるなら(ご本人もそう書いてるけど…)確かに原則論で言えばそうですけど、繰り返しになりますが今回の朝日のケースと同列のものではないと思います。

 今回の朝日のケースだって、例えば、ホントに仮定の話ですよ。田中知事に直接話を聞いていて、知事が「会った場所は東京なんだけど、それだと亀井さんに迷惑がかかる。場所は伏せてほしい」とか、「私が直接インタビューに応じた形でなく、後援会関係者の発言で引用してほしい」などのやり取りがあり、そう持ちかけた動機に合理性があれば、原稿を部分的に変えることはあるでしょう。

 もちろん、上司と相談しますし、場合によっては「それでは原稿にするな」と言われるかもしれない。場合によっては、それでもこの時期に知事の動きを報じることが選挙報道の中で意味がある、と判断されれば書くこともある。
 それは、まったく聞いていない話をでっち上げることとは性格もレベルも違うものだと思います。また、それにしたって、まったくノーズロでやってるわけじゃありません。
 別にきれい事を書いているのではなくて、実際にどこの新聞社でもそうでしょう。

 別に磯野さんの肩を持っているわけではありません。ただ、情報源の立場を守りながら、表ざたにしづらい話を書く上でそういった方策も用いることがあり、それにしたって「当たり前のようにやっている」というわけではない、ということです。

 それを「ねつ造をねつ造と捉えない空気」と言われたらそれまでですし、紙面上は匿名の情報源をなくすべきだという考えもあるくらいだから、情報の出所は正確に明確に引用すべきというのも間違っているとは言いません。そこに安易に乗っかりすぎる面があることも否定はしないけど、アメリカでも同様の問題がありましたが、情報源を明記したら、たぶんほとんどの人は記者に重要なことは何も話さなくなります。

投稿: しまうま | 2005年9月 7日 (水) 11時49分

今の私のスタンスとしては、泉さんの取材待ちです。
まずは、朝日の捏造記事に同業者がどのようなアクションをしたのかの事実を知ってから議論の続きを書かせていただきます。
それまではROMします。

投稿: 亀 | 2005年9月 7日 (水) 13時50分

今日のニュースです。
とりあえず関連ニュースとしてリンクしておきますね

9/7
<毎日新聞> - 朝日新聞:箱島相談役が新聞協会長辞任へ 虚偽取材問題で
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/news/20050907k0000e040077000c.html

8/31
<毎日> - 社説:情報ねつ造 官僚的な対応は朝日の体質か
http://www.mainichi-msn.co.jp/eye/shasetsu/archive/news/2005/08/20050831ddm005070035000c.html

投稿: ぁぃ | 2005年9月 7日 (水) 16時32分

 NHKニュース見ただけですけど、社長が会見やってましたね。会見をしなかったことについても陳謝してましたね。質疑はどんなんだったのかな。

投稿: しまうま | 2005年9月 7日 (水) 19時31分

ナント!今日の17時半から朝日新聞の社長が、記者会見を開きました
<毎日新聞> - 朝日新聞社:箱島氏、相談役も辞任 取材ねつ造問題で(記事全文)
http://www.mainichi-msn.co.jp/photo/news/20050908k0000m040056000c.html
しかも、初期の段階で会見を開かなかったことに対して謝罪していました

今朝から各メディアに朝日新聞への取材について、インタビューの申し込みをしていたんです
このニュースを企画書を書いている最中に見たので、思いっきりのけぞりました
私の今日一日を返してぇ・・・

尚、放送記者会がどういうものなのかは、今取材しています
もうしばらくお待ちください

投稿: ぁぃ | 2005年9月 7日 (水) 19時33分

 またまた誤解されるのを承知で書きますけど…。

 各マスコミに「どうして朝日新聞のねつ造問題をもっと取材しないのですか」と仮に質問したとして、たぶん、予想される答えは「取材の内容や手法についてはお答えできません」じゃあないかと…。
 自分の所の紙面がどうだ、という問題なら多少なりともまともに答えるかもしれませんけど。もっともっと極端に書くと、「仕事のやり方まで指図されるいわれはないよ」ってことに行き着くんじゃないでしょうか…。

 放送クラブというのは私も聞きかじりでしか知りませんが、各社、文化部の記者が多いようですよ。民放テレビ局の社長会見などもたぶんそこでやるはずです。NHKの内部にあるので、NHKがらみの問題はそこの記者が動くはずです。
 だから、例の政治家の圧力問題はそこの記者が取材していたかもしれませんが…。これまたやや偏見や思い込みを割り引いて読んでもらいたいですが、文化部の記者というのは、たいてい事件チックな取材は敬遠します。というかその傾向はあると思います。
 普段はテレビ番組や芸能人の取材をする楽しい(?)クラブだと聞いています。

 想像だけど、たぶん朝日新聞の問題は「自分の担当の問題ではない」と考えているだろうし、フジテレビの問題は「進んで取材したい話ではないなあ」というのが本音じゃないかな…。いや、あくまで想像ですからね。

投稿: しまうま | 2005年9月 7日 (水) 20時22分

泉さま、お疲れ様です・・・。
まあそういうこともあるということで。
でもその素早い行動力には本当に頭が下がります。

投稿: Aa | 2005年9月 7日 (水) 21時20分

>泉さん、亀さん

私もマスコミ関係者の1人ですが、泉さんの疑問や亀さんのご批判は現状を適切に把握していないと思うので、指摘させていただきます。

>企業が不祥事を起こした時って記者会見するものじゃないの?(泉さん)
>会見を開かない権力との交渉力の為の記者クラブじゃなかったのですか?(亀さん)

記者会見だけが最良の取材方法ではありませんよね。各取材者に対し、責任者が個別にていねいに答える取材対応(単独インタビューなど)がベストですが、報道陣が殺到するとそうもいかないので、次善の策として記者会見を開くことが多いのです。(会見を開く側がマスコミに一斉にPRしたい時には都合がいいのですけどね)

朝日新聞の件では、マスコミ各社が記者会見などの取材対応を強く要請しましたが、それでも朝日は会見を開かなかった。これは報道機関の交渉力のせいではなく、朝日の意思です。

一般的にお人よしな日本企業は、取材が殺到すればたいてい記者会見を開くので、世間では記者会見を開いて当然と思われているフシがあります。でも、ずるい企業や経営者は、不利な会見は開きません。特に外資系企業なんて、世間を騒がせても、ろくに取材対応もしない。ライブドアのような新興企業だって、PRになることばかり記者会見して、都合の悪いことは広報担当者が横柄に取材をはねつけます。

記者会見を開かせる法令(権力)がない以上、記者会見を申し込んで拒否された報道機関よりも、会見を開かなかった企業の経営姿勢にこそ怒りの矛先を向けるべきです。報道機関はそうした世論を酌んで次のキャンペーンを張ることができます。

きょう朝日新聞が記者会見を開いたということは、世論の怒りや毎日新聞などのキャンペーンが朝日を揺るがせたのでしょう。

投稿: kuma | 2005年9月 7日 (水) 21時54分

連投で恐縮です。

一般的に“記者クラブ批判”の対象である記者クラブは、役所など公共機関に設けられていることが多い。そうしたクラブは、役所に対してはそれなりに強い圧力をかけることができます。記者が役所に自由に出入りしているので、不祥事があれば、部長とか局長とか首長の部屋へ突入して取材することも不可能ではありません。

一方、情報公開や説明責任を強く求められている役所とは違い、民間の営利企業に取材の圧力をかけることは、簡単ではないのですよ。刑事事件や、死者が出る事故を起こした企業はやむなく謝罪会見を開きますが、そうでもなければ、不祥事取材にはまともに応じないものです。「訴状を読んでないからコメントできない」「当局との見解の相違」といったぶっきらぼうなコメントは、その典型です。社長や役員の部屋へ突撃取材することも不可能です(普通は接触すら難しい)。

彼らには株主やステークホルダーへの説明責任はあっても、世間一般への説明責任がいつもあるわけではない。経営上の守秘義務も多い。下手にマスコミにしゃべると、株価が下落したり、株主代表訴訟に問われるので、経営陣は表に出たがらないのです。

企業と契約しているPR会社が、危機管理と称して、記者会見を避けるよう指導しているフシもあります。企業の経営陣に、記者会見での想定問答をトレーニングするビジネスもあるくらいです。外資系企業の場合、本国の親会社の意向を聞かないと会見できない事情もあるようです。

新聞業界を対象とする記者クラブはありませんが、同じように記者クラブが実質的にない業界も多い(例えば電機業界、IT業界など)。記者クラブがなくても、本来は(泉さんのように)個別に取材を申し入れて門戸を開かせることが取材の王道ですよね。ただ、そればかりでは速報性を担保できない。

また、民間業界の記者クラブと役所の記者クラブは意味合いや役割が違うので、区別して論じる必要があると思います。

投稿: kuma | 2005年9月 7日 (水) 22時01分

KUMAさんへ
言われてることはよくわかります。
ただ、いつも感じることなのですが、何故マスコミはマスコミの問題を語る時に一般企業と同列に語ろうとするのでしょうか。
普段、公共性を盾にしているのはマスコミ自身なんですよ?
そこにずるさを感じているのは私だけではないはずです。

それに、他の取材方法(単独インタビューなど)があり記者会見はその中の1つの手法でしかないこともわかっています。でも、それを言うなら既存の記者クラブもおなじではないでしょうか。何故新たな勢力が記者クラブ問題を指摘したらそのような論法を持ち出して、新たな勢力だけ記者会見に拘る必要はないと言われるのでしょうか。一番その記者会見を独占したいと考えているのは記者クラブでしょう。

KUMAさんに改めて質問します。
記者クラブの存在意義とは何ですか?
公共機関の一部を間借りして、そこで得た情報を部外者へ渡すことを極端に嫌い、新たな入会者を頑なに拒む正当な理由を教えてください。(情報を流すのは権力側だからクラブには責任ないなどの建前論は必要ありません)

投稿: 亀 | 2005年9月 7日 (水) 22時24分

>亀さんへ

朝日新聞の社会的責任を一般企業と同列に語っているわけではありません。

ただ記者は、取材の現場では、相手が朝日であれ一般企業であれ同じ壁にぶち当たるということです。

記者会見は、相手が開いてくれなければ行われません。そのもどかしさは、記者が一番感じています。あの日、朝日に記者会見を開かせる具体的な手段があったなら教えてほしいくらいです。(私はこの件を取材していませんが)

だから、朝日を取材した報道機関ではなく朝日新聞そのものを批判するべきだと言ったまでです。今回、改めて朝日の社長が記者会見を開いたのは、毎日新聞の社説などの記事が影響しているはずで、毎日の一種の手柄だと私は考えます。それくらい、逃げる企業を追い込んで記者会見を開かせることは簡単ではないのですよ。

「記者会見を独占したいと考えているのは記者クラブ」って、何を根拠におっしゃっているのでしょうか? 少なくとも私の周囲の人は、そんな風に考えていませんが…
亀さんは、官公庁の記者会見と、企業の記者会見を混同している面もありますね。
例えば日産や松下電器やライブドアの記者会見には、フリーランスを含めて数百人が詰め掛けます。あなただって、ジャーナリストの名刺を作れば出席できると思いますよ。
ただ、首相官邸や皇室は、セキュリティーの問題からそうはいきません。

私は基本的に記者クラブ解体論者ですが、記者クラブの有益性を代替する仕組みが必要だとも考えています。有益性にはいろいろありますが、最も課題となるのはセキュリティー(身分の証明・保証)の確保です。有象無象の自称ジャーナリストをすべて要人の記者会見に入れると危なっかしくて仕方ありません。極左がシンパをジャーナリストに仕立てて会見に大量参加させ、行政を妨害することもできてしまいます。(左翼や暴力団絡みの取材をすれば、怖さがわかります)
泉さんのように地道に実績を重ね、企業や当局者にも認められるようになれば、そうしたフリージャーナリストは歓迎されるべきでしょう。

このほか、当局者が記者クラブなしでいかに大量の情報を正確に効果的にリリースするか。また、物理的にスペースが狭い場合の取材をどうするか(国会・議会、裁判…)。これらは金と手間をかけてIT(同時中継など)を導入すれば、ある程度は克服できそうに思えます。それでも、歴史的現場(国会解散、オウム判決など)を、見たい記者全員に見せることは無理なので、当局者が取材者をふるいにかける必要は生じるでしょう。そのとき、当局はより影響力の大きいメディアを選ぶと思います。

捜査機関など内偵情報を扱う機関の取材は微妙です。取材をオープンにすれば、実質的に当局が閉鎖的になる可能性が大きい。司法機関の場合、人権の扱いのコンセンサスをどう築くか。裁判所が、新聞とスキャンダル雑誌の取材対応に差をつけるのは理由があるからです。完全に自由とはいきません。じゃあ、どこで線引きすればいいんでしょうか?

投稿: kuma | 2005年9月 7日 (水) 23時33分

回答ありがとうございます。

>記者会見は、相手が開いてくれなければ行われません。そのもどかしさは、記者が一番感じています。あの日、朝日に記者会見を開かせる具体的な手段があったなら教えてほしいくらいです

ですから、その役割を本来担うはずの記者クラブが「第3の権力」と言われる報道各社に存在していないことがおかしいと言っているんです。
その記者クラブがなくて圧力をかける手段がなくもどかしい思いをしていると理解されるなら、普段でもそのもどかしさを感じて取材活動をしている記者クラブに所属が許されないジャーナリストのことを考えてあげてください。

>今回、改めて朝日の社長が記者会見を開いたのは、毎日新聞の社説などの記事が影響しているはずで、毎日の一種の手柄だと私は考えます。

なぜ毎日の手柄にしてしまうか理解不能です。
単純に世論ではなく、各報道機関の手柄ですか?どこまでご自分達の存在を高みに持ち上げるのか・・・

>「記者会見を独占したいと考えているのは記者クラブ」って、何を根拠におっしゃっているのでしょうか? 

まず、泉さんの今までのインタビューで、記者クラブ主催の記者会見には主催クラブの会員ではないと入れない場合が多いとのことでした。
記者クラブ主催の記者会見に参加する為に該当記者クラブへ入会しようとしても、ガイドラインすら公表しない記者クラブが存在します。
これは明らかな締め出しではないでしょうか?
KUMAさんがおっしゃるように、物理的問題や会見内容の秘守性は理解できますが、それらを理由に、新規入会のガイドラインを隠したり、受付窓口すら設けない事は筋が通らないのではないでしょうか。
他にも事例としてドンキホーテ放火事件の記者会見に部外者が参加してたことをその場ですごい剣幕で問い詰めている場面が流れたこともあります。
これらから、「記者クラブは記者会見を解放したものにしている」なんて結論に結び付ける方が無理があると思いませんか?

>裁判所が、新聞とスキャンダル雑誌の取材対応に差をつけるのは理由があるからです。完全に自由とはいきません。じゃあ、どこで線引きすればいいんでしょうか?

線引きの必要性がどこにあるんですか?
そこまで国民が馬鹿だと?
泉さんが今、諸外国の報道状況を様々な外国人記者からインタビューしていっているようですが、彼らの例は受入れがたいのでしょうか。それとも、日本とは違うとお決まりの口上を繰り返すのでしょうか。

それから、
>朝日を取材した報道機関ではなく朝日新聞そのものを批判するべきだと言ったまでです

これは、あまりにもお粗末な論法です。
誰の目から見ても朝日が行った不祥事なのですから、朝日が悪いのは当然のこと。
でも、この問題は朝日にとどまることではないとの問題意識から派生している議論でしょう。
その議論をしているときに、そのような意見に意味はあるのでしょうか?

「放っておいたら相手の都合のいいようにしかルールは作られないので、ひとつひとつ交渉してルールを決めて、情報をすぐ出させるということが必要なんです。そのために記者クラブを作ったわけで」
磯野さんの言葉です。
この言葉をそのまま「第3の権力」である報道機関へ送ります。

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 00時47分

 >亀さん

 ですからね。朝日新聞にも報道の仕事にも公共性はあって(たぶん一般企業よりも)、説明責任はある、と。そこはたぶん、だれも否定はしていないはずですよ。
 で、あなたはそこからさらに踏み込んで、「報道という公共性の強い業界なのだから、互いに監視しあって、厳しく批判しあうべきだ。朝日新聞の問題は全マスコミが全力で取材すべき問題だ」という感じなんですかね。

 でも、そこはkumaさんが書いてるように、互いの関係という意味合いで言えば、ただの民間企業ですよ。「公共性」というものをあえて論じるなら、それぞれの会社と取材対象の間で個別に存在するものであって、業界全体が公共性というひとつの内律性(こんな言葉ないかな?)とでも言うかなあ…概念で結ばれているわけではない、ということです。
 今回の問題の公共性ということを言えば、朝日新聞と読者、朝日新聞と取材先、という「場」で存在するかもしれませんが、別の会社に「公共性のある問題なんだからもっと取材せよ、しないのは身内のかばい合いだ」というのは、分かる気はしますが、磯野さんの言い方を借りれば「すみません」というしかないのです。

 何度でも書きますけど、別に業界に朝日をかばう空気なんか全然ないと思いますよ。強いて言えば、実名まで出されちゃった当該の記者はちょっと気の毒だな、と思いますが。あとは各社の判断で、産経新聞は必死になって朝日を叩こうとするかもしれないし、共同通信はほうっておくかもしれない。その程度の問題でもあるということです。

 NHKのプロデューサーの問題の時は経営で税金の補填を受けているNHKという会社の巨額詐欺で、しかも捜査当局が動いたという公共性の高い問題だから、各社人を投入した。それなりに取材はやったんじゃないですかね。
 でも、テレビ局のタレント気取りの女子アナがジャリタレに酒を飲ませたとか、若い記者が功を焦って架空の記事を書いた、なんてのは問題に公共性がないでしょ? だから「取材する意味を見いだせない」のであって、身内意識でかばってるわけでも、公共性を否定してるのでもないです。

 ごく当たり前のことを書いてるつもりなんですけどね。

投稿: しまうま | 2005年9月 8日 (木) 01時04分

しまうまさんへ

結局ニュースバリューの問題ですか・・・

>別に業界に朝日をかばう空気なんか全然ないと思いますよ

違うでしょ、「触らぬ神にたたりなし」では?^^

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 01時08分

上の神は朝日じゃなくて、世論のことね

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 01時10分

も1つ追記

世論とは自分たちに飛び火することね。

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 01時12分

 ちょっと横レスですけど…。

 ドンキホーテの会見って、ひょっとしたら社員が会見を見に来たってやつじゃなかったですかね。うろ覚えなんで間違ってるかもしれません。もしそうだったら閉め出すのが当たり前ですよ。だって、記者会見なのに「取材以外の目的」で入り込んでいるんですから。

 昔、オウム真理教の記者会見に公安関係の人が入り込んでいたこともありましたよ。当然追い出しました。やっぱりおかしいと思うでしょ? 亀さんが、警察の不当逮捕でひどい目に遭ったとする。弁護士を従えて、司法記者クラブで会見していたら、告発しようとしている警察の捜査員が入り込んで、やり取りをメモしている。おかしいと思いますよね。

投稿: しまうま | 2005年9月 8日 (木) 01時12分

議論から離れるけれど、今回の件で、朝日新聞が会見を開かなかったのは、朝日新聞社として守らなければいけない“何か”があったからなのではないでしょうか? 会見を開かないことを攻められるのは、想定内のことだったでしょうし・・・。

投稿: BIORE | 2005年9月 8日 (木) 01時24分

 えーと、ともかく、朝日新聞は記者会見をして、箱島相談役は新聞協会長を辞めました。秋山社長も記者会見をして、これまで記者会見をして来なかったことを詫びました。もうひとつ、この日、新聞協会賞が発表になり、朝日新聞が二つ受賞しました。今回のねつ造の対応のまずさを割り引いても朝日はいい仕事をしたと思います。割り引いたら返上すべきだ、という意見があるかもしれませんが・・・

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 8日 (木) 02時17分

こんばんは。ヒートアップしてますね。
私は記者の皆さんは疑問質問に対してとても丁寧かつ誠実に、その立場でないと言えない本音(それは別に利己的という意味ではありません)を語って下さったと思いますし、一方亀さんなどの疑問も、おそらく多くの人が潜在的に持っているマスコミへの不信感を率直に語ったという点で有益だったと思います。
ただちょっと、ここにきて双方感情的になっているふしが見られるのは気になります。
一晩経って落ち着かれますことを、願っています。
個人的意見ですが、これ以上は平行線だと思います。

あとですね、これも私の意見なんですが、そういう既存マスコミの限界を打破するためにも、こっちでも動きましょうよー。
私は一応自民党とのブロガー懇談会について、(泉さんが言質を取って下さった)二回目の開催に向けての準備を進めています。
具体的には二回目が確実に行われるように、また定例化するようにの働きかけ。
それと参加者側が情報を共有できて、なおかつ懇談会について記事を書くことで確実にアクセス数も稼げるようにするための、トラックバックセンターの設置です。もちろんこれは、何より読者の方にとっても有益な場だと思います。
#トラックバックセンターというのは、カテゴリ別にその事柄について書かれた記事をトラックバックしてもらうことで、半自動的にブログの一覧表を作る役割特化ブログです。
##もちろん参加者だけではなく、この懇談会について感想、意見、批判、質問などを語った、すべてのブログがトラックバック出来るシステムにするつもりです。

こういう実績を重ねていくことで、ブログ記者の社会的認知と信用を勝ちとり、既存の記者クラブとは違う、まったく新しいネット記者の集団を作り上げていきたいと思っています。
「自民党さんと定例会見やっています」と胸を張って言えるようになれば、やっぱり他の企業やマスコミに対しても「記者会見やってください」って言いやすくなると思うのですよ。
できることから、こつこつと。やりましょう。

投稿: Aa | 2005年9月 8日 (木) 03時24分

 泉さんのブログは、「もう一つの」「マスコミとは違う」報道を目指すとともに、「マスコミってそもそも何だ?」というテーマが色濃くあり、言ってみれば「メタ・マスコミ論」的な所がありますよね。
 その結果、このエントリーの主題「朝日の虚偽メモ問題」も、「企業が不祥事を起こした時って記者会見するものじゃないの?」という疑問をきっかけとして、メタ的に「記者クラブの表と裏」というテーマに広がり、問題点の所在への視点が複眼化されていると思います。(泉さん、GJ!!)
 ただ、それだけ、話が複雑になっている訳で、コメント欄での議論がちょっと混乱しているのは、そのせいではないでしょうか。。
 一方に「記者会見の意味は? どのようにしてその場に引き出す(のと同じ、実質的な成果を得る)か?」という問いかけがあり(A)、他方に「朝日の当該記者の行為は一般的なのか? 毎日磯野さんのコメントが提示している方法もまた、捏造ではないのか?」という疑問があります(B)。この二つの話題はそもそも別の問題で、論じる際もきちんと分離して話す必要があるというのが私見です。

 もちろん泉さんにとっては、また最初に文章を書き起こす際には、この二つが分ちがたく頭の中を巡っていたのでしょうから、無理ないことだったのではとも思います。私自身も含め、自省の念を込めて書きますが、誰でも最初のアイデアに引きずられるというのは良くあることです。
 しかし、周りの人間もそれに巻き込まれる必要はないし、エントリーをアップしてから時間が経った今となっては、泉さん自身も、もうすこし客観的(というか分析的)になれるのではないでしょうか? (朝日の記者のやったことと、磯野さんの「捏造」をあえて混同し、未だにこの件につきコメントをしない泉さんはマイナス・ポイントかなぁ)

 また、コメント欄を順に読んでみますと、磯野さん・しまうまさん・kumaさんらマスコミ当事者は、他社ではあるが自分たちのこと、しかしやはり一問題児のこととして朝日の記者を捉え、その周りに問題が広がっていると考えられている様に見受けられます。逆に、亀さん・mimigaさん・Aaさんらは個々に仰られていることは別々ですが、今回のことをマスコミという大きな構造が内包するものとして捉え、その構造自体に問題があると指摘されているように思えます。
 すべて興味深いコメントで、全体として、面白くまた有り難く拝読しましたが、やはりどうも、意見が食い違っている、というか、すれ違っている様に思えます。これは、軸足の置き方の違いから来ているのでしょうかね。。? 泉さんを含め非マスコミ当事者の方々は上記(A)に、記者の皆さんは(B)に(それを打ち消すという形で)それぞれ拘っておられるようにも感じられます。

 個人的には、記者会見で箱島氏が語ったという「偶発的に起こった問題とはとらえていない。組織に体質的、構造的な問題があるのではないか」という点が、今後重要になってくるのではと思っています。
http://www.mainichi-msn.co.jp/photo/news/20050908k0000m040056000c.html

 以上、長文で失礼。何かの参考になればいいのですが。。 泉さんにはとにかく期待してますので、これからも頑張ってくださいね!

追記)
「朝日の虚偽メモ問題」自体については、kumaさんが書かれている、
>記者会見を開かせる法令(権力)がない以上、記者会見を申し込んで拒否された報道機関よりも、会見を開かなかった企業の経営姿勢にこそ怒りの矛先を向けるべきです。報道機関はそうした世論を酌んで次のキャンペーンを張ることができます。
>きょう朝日新聞が記者会見を開いたということは、世論の怒りや毎日新聞などのキャンペーンが朝日を揺るがせたのでしょう。
というのがポイントで、これが、押さえるべき最も重要な視点ではないでしょうか。

投稿: katshi | 2005年9月 8日 (木) 03時54分

↑訂正
×「朝日の虚偽メモ問題」自体については、kumaさんが書かれている、
○「朝日の虚偽メモ問題」について、このエントリーにそって考えるなら、kumaさんが書かれている、

投稿: katshi | 2005年9月 8日 (木) 04時09分

亀さん

あなたは記者クラブがあった方がいいのか、ない方がいいのかどちらですか?
ない方がいいなら、「朝日新聞に記者クラブがないことがおかしい」という論法は変ですね。そもそも「記者クラブ」という言葉を、机や椅子がある部屋という意味か、記者会見を要求する圧力団体という意味か、どう使われているのかよくわかりません。

朝日新聞をめぐる今回の問題点は、きちんと取材対応をしなかったことにあり、従って朝日の広報の体制や姿勢が問われるべきで、記者クラブがあるかないかが本質ではありません。記者クラブという仕組みがなくても、企業は重大な局面で責任者がきちんと取材に対応すればいいのだと思います。

>なぜ毎日の手柄にしてしまうか理解不能です。

手柄という言葉は楽屋オチっぽくて軽率でした。ただ、この問題では毎日新聞が最も厳しく追及していたと思うし、そうしたジャーナリズムの功績はあると思います。
朝日に電話やメールで抗議が殺到した事実は重いですが、企業は個別の抗議にその場で侘びてやり過ごし、結果として問題の拡大を防ぐこともできる。常套手段ですね。
でも毎日新聞に執拗に掲載されると、それが400万部に印刷されて全国に行き渡り、図書館にファイルされ、ネットに全文が公開され、新たな批判の世論を喚起する。ひょっとして、毎日が追い詰めなければ朝日は改めて記者会見を開かなかったかも知れないので、単純に世論と割り切れる状況ではないと思います。

そんな影響力があるからこそ「第四の権力」と戒められるのであり、ただ役所の机を借りてるから第四権力というのではありません。(第三と第四の区別もつかないならこの用語は使わないほうがマシかと存じます)

一口に記者クラブといってもいろいろな対象機関があり、それぞれ性質や役割が違います。もっとも解体が容易なのは業界団体のクラブ。次は行政庁。特に市町村のクラブはなくてもいいし、都道府県だって長野は解体した。中央省庁も、大臣会見などのセキュリティーを確保すれば済む。泉さんの外国人記者へのインタビューでは、省庁がオープンになったと評価されていましたね。

でも、捜査機関は簡単ではありません。クラブを解体すると、彼らはもっと秘密主義になり、結果として国民への情報提供が後退する恐れがあるので、それを防ぐルール作りが前提になると思います。

私がかつて取材した捜査当局者は、「報道は捜査や公判の邪魔。裁判で判決が確定するまで一切報道するな」と公言する秘密主義者でしたが、その人から何とか犯罪の構図や核心部分を聞き出そうと努力しました。単純に記者クラブをなくすだけなら、彼のような秘密主義者の思うツボとなり、違法捜査が横行するかも知れません。取材現場では当局者と闘う場面も多く、閉鎖と癒着だけの世界ではないのですよ。

民主主義の先達である欧米諸国は、ジャーナリズムの歴史も深く、報道にはオープンに対応する社会的コンセンサスが日本よりも進んでいるようですね。でも、官民癒着や談合が“制度化”されている日本では、役所も企業も捜査当局も隠蔽体質が根深い。民主主義が未成熟な面があり、取材をめぐる制度の進化や意識改革が必要だと思います(取材者・被取材者とも)。

>線引きの必要性がどこにあるんですか?
そこまで国民が馬鹿だと?

私が国民を馬鹿にしているかのように誹謗されていますが、写真週刊誌が法廷内盗撮を繰り返したり、家裁で審理中の非行少年の顔写真を掲載したケースなどを「線引き」という言葉に含意したことをご理解ください。(法廷で不法に盗撮するなんて馬鹿者ですよね)
蛇足かも知れませんが、裁判所が記者クラブにどれほど便宜提供しているかを考えると、表立った批判が少ないのは不思議ですね。その便宜がどう作用し、国民にどのようなメリットを与えているか考えないと、改革は進められません。亀さんはどうお考えですか?

あと、ドンキホーテの記者会見のトラブルは、主に当局者が捜査上の都合で怒っていたのであり、記者クラブの閉鎖性は原因でなかったと記憶してます。誤った引用をされると議論がかみ合いませんね。

投稿: kuma | 2005年9月 8日 (木) 04時20分

泉さん、この記事はご覧になりましたか?
http://www.jca.apc.org/~altmedka/nhk-3-2.html
著者の木村氏はちょっと極端な人ですが、参考にはなるかも。

#メアドを入れても、何故か反映されないですね

投稿: katshi | 2005年9月 8日 (木) 04時24分

>あなたは記者クラブがあった方がいいのか、ない方がいいのかどちらですか?

今の日本の記者クラブはおかしい。運営方法を見直すか、解体するか、の方法論は私の中でもはっきりしていいません。現状を変えないといけないと思っています。

>ない方がいいなら、「朝日新聞に記者クラブがないことがおかしい」という論法は変ですね。

これ、山川さんのエントリーでも磯野さんが使っていましたし、記者クラブ擁護の方々はこのような思考になるようですが、極限論になってませんか?小泉さんの郵政法案反対者は郵政改革自体反対なんだって言ってるのと同じです。

>手柄という言葉は楽屋オチっぽくて軽率でした。ただ、この問題では毎日新聞が最も厳しく追及していたと思うし、そうしたジャーナリズムの功績はあると思います。

ジャーナリズムの功績も当然あると認識していますが、同業者が世論ではなく同業者の功績を強調することに傲慢を感じるんです。もう少し自戒を・・・

>そんな影響力があるからこそ「第四の権力」と戒められるのであり、ただ役所の机を借りてるから第四権力というのではありません。

言葉の間違いは失礼しました。
でも、「ただ役所の机を借りてるから第4の権力というのではありません」は、馬鹿にしてません?机を借りてるから第4の権力なんて思ってるほうがどうかしてる。言葉の端々に馬鹿にしているような表現をいれるのは遠慮してください。

>捜査機関は簡単ではありません。クラブを解体すると、彼らはもっと秘密主義になり、結果として国民への情報提供が後退する恐れがあるので、それを防ぐルール作りが前提になると思います。

これもよく見る論法です。
本当にそうでしょうか?記者クラブをなくしたら秘密主義になる?本当?記者クラブがあるから秘密主義を食い止めている、本当?
違うでしょう、この問題は記者クラブ云々ではないところの問題です。これを然も万能な権力の監視者のように記者クラブの必要性を強調する為に使うのはやめませんか。

>ドンキホーテの記者会見のトラブルは、主に当局者が捜査上の都合で怒っていたのであり、記者クラブの閉鎖性は原因でなかったと記憶してます。誤った引用をされると議論がかみ合いませんね。

ドンキホーテの引用は画面に映し出された記者が詰め寄る画面が鮮明に残っていて誤解を招くような引用をしてしまいました。申し訳ありません。

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 11時25分

katshiさん
もちろん拝見して、参考にさせていただきました

アドレスは、管理者である私は見えるんですけどね・・・
調べておきます
申し訳ありません

投稿: ぁぃ | 2005年9月 8日 (木) 11時43分

と、KUMAさんに反論してみたものの、今までをざーっと見ると、反論の反論が繰り返されてて建設的になってませんね。自分に反省。

katshi さんがうまく分析してくてれるので、落ち着いて読んでから再度投稿します。

katshi さんありがとう。

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 11時46分

「放送記者会」について、今わかっていることを書いておきます

NHKには、ラジオ・テレビ記者会、東京放送記者会、電波記者会(総務省の中にある)があり、総称して「放送記者会」と呼んでいます
幹事社も3つの記者クラブをまとめた中から2社で担当しており、常駐している社はほとんどないようです
というのも、社長会見が行われる時にのみ機能するらしく、放送記者会から記者会見の要請をすることはなく、個別にそれぞれの会社で行うということまでわかりました

放送記者会が、どこを対象に取材活動しているのかということについては、NHKに対してのみと、他の民放のテレビ局も対象であると両方の情報を得ております

いずれにしても、今月中に関係者の方にお話を聞かせていただけるお約束をいただいておりますので、詳しいことはその後で別にエントリーさせていただきます

投稿: ぁぃ | 2005年9月 8日 (木) 12時09分

 磯野です。 katshiさんがかなり的確な論点整理をしてくださったように思います。
 ご指摘のように、マスコミ側とそうでない人たちとの間に越え難い壁があります。その両側で、互いに「お前の言ってることはおかしい」と言い合っているようなところがある。どうしたって繰り返しになる。
 例えば、記者クラブ論。マスコミの人間で、いくつかの記者クラブに籍を置いたことがある者なら、記者クラブとはこういうものだというイメージがある。それを「報道各社はなぜ記者クラブを設けないのか」と言われると、ちょっと違うんじゃないかと思う。毎日新聞に記者クラブを作るといったって、どうやって作るんですかと。「毎日新聞の紙面をチェックするブログ記者団」であれば話は別です。ただし、われわれマスコミに籍を置くものは、それを記者クラブと呼ぶことは難しい。
 私はこれまでも何度か講演の場で「申し訳ないが、新聞は間違えることがある。新聞記者だって聖人君主じゃない。誇張して記事を書くことだってある。そういうものだと思って新聞を読んでください。ただし、うそを書いたり、間違ったときには、お詫びや訂正を出すのは当たり前のことです」と話したことがあります。
 これに対する反論は次のようなものでしょう。権力である新聞がそんなことを言うのはおかしい。開き直りだ。まったく自覚がない。そういうものの言い方自体が傲慢なんだ。だいたい、あんた方は記者クラブは権力のチェック機関だと言っているじゃないか。朝日は権力なんだ。何で記者クラブが作れないのか。その論法は身内に甘いマスコミの体質そのものだ。
 ね。繰り返しです。こういう論争はあまり前向きではないと思ったこともあり、マスコミでない人の代表選手である泉さんのインタビューの申し込みにも応じ、私にとってできる限りの説明をしました。さらに、このブログにも書き込みを続けています。
 それでも「また、自分を正当化している。それこそマスコミ人の典型だ」と思われるかもしれない。ではどうすればいいか。泉さんではありませんが、頭を抱え込んでしまいます。

投稿: 上昇気流なごや | 2005年9月 8日 (木) 12時41分

 再び横レスですけど…。

 そうですかね。かみ合ってませんか。というか、こちらは自分の体験に即して結構具体的に「こう思う」という内容を書いているのに、批判されてる人はもっぱら原理原則論というか、ステレオタイプな「マスコミのあるべき姿」みたいなイメージで疑問や質問を繰り返しているように思えます。で、亀さんはともかく、質問だけ殴り書きして、それに丁寧に回答してもそれっきりの人もいるし…。

 亀さんが「ホントにそうですか?」と疑問に思ってるらしいので、捜査機関の秘密主義について少し書きましょうか。

 泉さんが仮に警視庁の記者クラブに加入できた、としましょうか。

 ある日、朝日新聞に「○○を取調べへ」とか大きな特ダネが載っていたとします。泉さんが広報課に行っても、まず、「まだレクの予定は入っていません」と言われるだけで、何も情報は得られないでしょう。
 しょうがない、担当課長の部屋に行くか、と思っても、「今、会議中」とか行って通してもらえません。そうこうしてるうちにNHKもニュースでやり始めた。家宅捜索の様子も映している。場所がどこかも分かりません。

 午後になってやっと記者会見開始。記者が「被害者の職業は何ですか」と聞いても「会社員です」としか答えません。「住所は?」。答えは「都内です」。「共犯はいるんですか」。答え「捜査中です」。このほかの質問にもほとんどが「捜査中です」の答えばっかり。

 翌日、朝刊を開くと、ある社は被疑者との一問一答が出ています。被害者の声を取っている社もある。内容がスカスカの社ももちろんあります。

 泉さんが「捜査機関なんだから、もっとちゃんと公平に情報公開してください」と課長に文句言っても、「あなたも企業努力してください」と言われるでしょう。

 こうなりゃ仕方ない。最近は民放でもニュースでやってる「夜回り取材」だ。捜査員の自宅を直撃することを決心しても、まず、捜査員の名簿などはそう簡単には手に入りません。簡単に名前が分かるのは捜査課のせいぜいナンバー2から4ぐらいまでですかね。
 もちろん、住所なんか自分からは言いませんよ。ごく一部の幹部は最初の就任会見で言いますが。
 とりあえず、教えてくれた課長の家でも行ってみよう。行ってみたら、ほかの場所への取材を終えた各社の記者がずらーっと並んでいて、「質問はひとり3分」と言われます。何を聞いても課長は「それはこれからだね」とはぐらかします。翌日、朝刊見ると、また自分が全然知らないことが載っています…。

 こんな感じですよ。全然誇張でも何でもないです。実際に泉さんが明日から警視庁を取材できるようになったら、およそこんな感じになると思いますね。

 で、もし記者クラブがなくなったら、たぶんこうなりますよ。毎回、必ず大きな事件は特定の社か、選ばれた複数の社の紙面やニュースに出る。残りの社がそれを追いかける。広報課が担当課が必要と思った時だけ、必要最低限のことだけ内容の確認などに応じる。
 最終的に事件が固まった段階でメディアを選別せずに記者会見する。内容は既に出尽くした話ばかりで、一部の社が書いた話を追認するような原稿を何日も何十日も後に書くだけです。

 誤解しないでほしいのですが、「だから記者クラブが必要だ」とは言いません。でも、記者クラブの存在がある程度、捜査当局に「それなりの広報態勢が必要だ」と自覚してもらう担保にはなっていると思います。
 つまり、悪しき側面は確かにあるけど、なくせば「すべていい方向に行く」のか、というとそうでもないのではないかな、と私は思うということです。

 だって、記者クラブがあって、建前上は選別しないことになっていても、当局は必要な時はリークする相手をちゃんと選んできますよ。
 当局は結果として自分たちの言い分がちゃんと(場合によっては有利な視点で)記事になればいいのであって、公平である必要なんかまったくないからです。
 

投稿: しまうま | 2005年9月 8日 (木) 12時48分

財務省とか外務省とか東京都という役所は、与えられた権力を独占的に行使し、もしその役所がなくなればたちまち国家・国民が困ってしまうような唯一無二の存在です。こうした公共機関は、監視する必要性も高い。
でも、朝日新聞は数あるメディアの一つで、それが明日なくなっても別に困らない。毎日や読売や地方紙に乗り換えれば済む話です。第四権力と言っても、みんなで不買運動すればつぶれてしまう。JRや電力会社のように、なくては困るインフラとは言えず、市場を独占・寡占しているわけでもない。これが個々のメディア企業の公共性の限界です。

だから、数多いメディア企業に、唯一無二の役所と同じような記者クラブを設けるべきという意見は現実的ではありません。権力に基づいて公共サービスを決定・遂行しているわけでもないので、そもそも取材の需要はそんなに多くないです。

法制化・明文化されていない「第四権力」という言葉には、本物の権力ではない“エセ権力者”という揶揄も含まれているように思えます。日々、報道各社と競争しながら本物の権力に対峙している私は、そう感じます。しまうまさんも、その辺りの感覚を述べられているのだと思います。「第四権力」という言葉は、個々の企業ではなく報道界全体の役割や影響力を漠然と指す意味合いが強いので、「第四権力批判」は具体性を欠く観念的な批判に陥りがちです。

>亀さんへ

私は記者クラブ解体論者だと宣言した上で、記者クラブの功罪を挙げて改革の条件を提示しているのに、亀さんは「見直すか、解体するか、私の中でもはっきりしていいません」と迷いつつ「万能な権力の監視者のように記者クラブの必要性を強調するのはやめませんか」と私の論の一部を抽出して切り捨てる。これでは記者クラブをどうするべきかという議論全体の方向性が見えず、マスコミ批判のための批判としか受け止めようがありません。

私は捜査当局に対する記者クラブの万能性や必要性を強調しているのではなく、功罪の「功」の部分も指摘し、それを代替する仕組みやルールをつくれば記者クラブを解体しても問題ありませんよと言っているのを理解してください。捜査情報の伝達のあり方はとてもデリケートな問題で、ただ記者クラブを自由化すれば済むだけの問題では決してありません。取材者と被取材者と国民がみんなで知恵を絞って考えるべきです。どこがどうデリケートなのか、警察に縁遠い善良な市民にはわからない部分も多いと思いますが(私もこの仕事に就くまではピンとこなかった)、これから議論を深めていきましょう。

ちなみに菊間アナの事件について言うなら、未成年を居酒屋に呼んで酒を飲ませるという非行自体は、それが女子アナであっても会社社長であっても公務員であっても、それほど重大な事件でしょうか? 例えばテレ朝社員の連続強姦事件などと比べると、犯罪の悪質性も結果の重大性も何十分の一以下に過ぎないでしょう。

法律的にも有期刑にはなり得ない、罰金程度の軽微な非行で(結局、検察は訴追もしなかった)、本来は報道しないか匿名報道とすべき事案ですが、民放キー局の有名アナウンサーという社会的責任を重視して警察は実名を公表し、各社は実名報道に踏み切った。それで菊間アナは社会的制裁を受け(この社会的制裁という概念は、裁判官が必ず情状酌量の理由にするほど重いことです)、フジテレビも無期限の謹慎という重い処分を下して謝罪した。このうえ、彼女の再起のチャンスを剥奪したり、社会的に抹殺するほど追及する必要はない。企業の組織的犯罪というよりは、バカ社員たちの呆れた粗相という色彩が強いので、フジテレビに記者会見を開かせて追及するべき特段の意義も薄い(釈明会見を見る方は痛快ですけどね)。

このようにマスコミ各社は人権を考慮しながら論理的な判断に基づいて報道しているのであり、「世論の批判の飛び火を恐れてニュース価値を恣意的に落としている」という批判は当たっていません。

投稿: kuma | 2005年9月 8日 (木) 13時23分

なるほど、しまうまさんKUMAさんの意見はよくわかりました。内情もしらいないくせに、しかも代変案も提案できないなら、批判するなってことですね。
突っ込んだ意見を言うのは今後控えます。申し訳ありませんでした(嫌味じゃありません)

単純な質問をお二人にさせてください。

捏造、やらせは何故これほどまでに繰り返され、なくなる気配がないのでしょうか。外部の私には全く理解できません。教えてください。お願いします。

投稿: 亀 | 2005年9月 8日 (木) 21時09分

>亀さんへ

ご質問に、私個人の考えを述べさせていただきます。

テレビのやらせの場合、チーム取材で、出演者も必ず登場する(共犯者がいる)。新聞の場合は、1人でこっそり捏造できる。両者は発生の動機やメカニズムがかなり違うので、一概には論じられないと思います。

新聞の捏造の一例をあげさせていただきます。普通に口語で話された会話は、そのまま文章にはできないので、必ず要約するのですが、そこに落とし穴というか捏造の素地があるように思います。

すなわち、①長いコメントを要約する ②(同一人物の)複数のコメントを一つにまとめる ③コメントを明快にするため、質問で投げかけた言葉を回答者のコメントに含める(問・つまり○○ですね 答・そうですね …の場合、○○を回答に含める) ④複数人物のコメントを一つにまとめる(例えば政府筋とか業界関係者の話として仕立てる) ⑤わかりやすく象徴的な言葉(都合のよい言葉)を付け加える ⑥コメントの大半を都合のよい言葉で固める …という風に、白(問題ない編集作業)とグレーゾーンと黒(捏造)が連続的に存在します。どこまでが白でどこからが捏造かはケースバイケースですが、黒に近い領域へ常に踏み込む記者はいると思います。(これは捏造の一例ですが)

信頼性をウリにしている新聞やテレビの捏造・やらせは悪質ですが、雑誌でもルポルタージュ小説でも、広告、町内会報、社内の報告書まで、およそ真実を伝えるべきコミュニケーションに捏造は広く出現することなので、動機の部分では人間の性ではないでしょうか。

ただ、全国の多数の新聞で毎日、おびただしい量の記事が掲載されますが、ほとんどは何の問題もありません。咎められる捏造記事はごくごくわずかです。現象面では、交通事故と同じで、大量のトラフィックの中でごく一部の暴走する者が深刻な被害を巻き起こしているのではないでしょうか。

また、深刻な捏造が朝日新聞で何度も発覚したのですが、これは三菱自動車の欠陥隠しと同じで、企業特有の風土であることは否めません(朝日の社長もそんな風に認めていたはず)。三菱自動車の欠陥隠しの場合、自動車業界全体に安全を徹底してもらいたいものですが、トヨタに向かって「なぜ責任をとらないのか、再発防止策を講じないのか」と声高に非難するのはちょっと筋違いです。今回の朝日の捏造問題も、あの企業固有の問題と、業界全体の課題を見極めて議論すべきだと思います。

そのうえで、「捏造、やらせは何故これほどまでに繰り返され、なくなる気配がないのでしょうか」と私に問われるのなら、「なぜ業界全体で再発防止できないのか」という意味でもありますね。私は「スミマセン、徹底的に努力します」と答えるしかありません。

投稿: kuma | 2005年9月 9日 (金) 07時03分

 >亀さんへ
 
 いや、実態を知らないなら批判するな、なんていう意図は毛頭ないですよ。ただ、一般的なイメージというかなあ…「マスコミはこうあるべきだ」みたいな考えを元に批判されても、現場はそういった理想的な状況から乖離しすぎているので(?)、うまく答えようがないというか…。それが一番いかんのでしょうけども。

 でも、もう何年も、新聞の紙面は読者の気持ちから離れていってるなあ、というのは実感としてありますよ。読者の読みたいものを書いているのかどうか。そんな疑問を普通に仕事をしている記者なら何度も感じたはず。

 それでも必要とされるルーチンをこなしながら、自分がやりたい仕事ができる環境に回されるチャンスをじっと待つか、だんだんどうでもよくなって、この仕事に就く前に持っていたはずの理想を見失っていくか。そういう、ちょっとたそがれた気分になりそうな時に泉さんのブログ読んでると、これではいかんな、とちょっと思ったり。

 で、ご質問の件ですけど、既にkumaさんがすっごく真面目に答えているので、特に「目からうろこ」みたいなことは書けないですけど、磯野さんが告白してる内容はあくまで朝日のねつ造とはちょっとレベルも性格も違う、ということは再度書いておきます。例えると、kumaさんが書いてるようなことです。もっぱら原稿処理上の技術や取材相手との状況設定で起こりうることで、合理性があればよしというのが暗黙の了解としてあると思いますね。

 テレビはまた体質が全然違うので、はっきり言えませんけど、たまに感じるのは「彼らはどこまでも絵にこだわるのだなあ」というところ。
 事件取材でもそうなんですよ。こちらは事件の内容、被疑者の横顔…と言う風に「事実」にこだわりますけど、テレビの人はまず「被疑者の顔を押さえられるかどうか」にこだわり、次が現場、内部資料、被害者や関係者の証言(顔伏せでも撮影可能な)…という風に徹底的に絵にこだわります。

 NHKのやらせは台風でなしが落ちたという取材をやっていて、たまたま山にして集めていたのを、「見栄えが悪いから止めてくれ」と取材相手に言われたんでしょ。それで、地面にばらまいて、集める前の状況にしてあたかも台風でなしがそこに落ちた、という状況を撮影しようとした。

 これ、私が書いたことや、kumaさんが書いたコメントの引用のグレーゾーン(プチねつ造)にスタンスとしては近いのかもしれませんね。

 文章の場合、そこに書いてある一言一句が重要(な場合ももちろんありますが)というより、全体を通した状況の理解でミスリードになっていなければ、そこで許されるのかもしれないけど、映像というのは視覚的にずばり状況を理解させるものですから、そこで「作り」を入れちゃうとより罪が重いということなんですかね。
 でも、想像だけど、先の原稿の「プチねつ造」と同じで、現場のカメラマンとかにはそんなに罪悪感はないんじゃないですかね。全部想像ですけど。

投稿: しまうま | 2005年9月 9日 (金) 11時28分

多くのコメントをくださってありがとうございます
ここまで白熱すると、私が余計なことを言わない方がいいのかと戸惑いながら、興味深く読んでいます

katshi さんがおっしゃるように、分かれた議論が違うところでなされているように見えています
議論を噛み合わせ、建設的な方向にもっていく為に、私が出来ることは追い取材だと思っています
どんな情報が不足しているのか私なりに探っていますが、具体的な取材の意見がある方がいらっしゃれば、是非お聞かせください
お願いします

投稿: ぁぃ | 2005年9月 9日 (金) 14時41分

結局お二人の答えは、個人の資質の問題としか受け取れないのですが・・・

返す言葉がないです。残念です。

投稿: 亀 | 2005年9月 9日 (金) 17時35分

部外者である私には知識が乏しく、泉さんの再取材を待つまでは、平行線っぽいので、またまた単純な質問をさせてください。

KUMAさんに質問なんですが、KUMAさんは記者クラブ解体論者ですよね。
記者クラブ解体とまではいかなくても、記者クラブ改革の為の報道各社内で具体的な動きや呼びかけは現在行われていますか?(KUMAさん自身でも他の記者の動きでも)

投稿: 亀 | 2005年9月 9日 (金) 17時53分

 katshiです。>亀さん、磯野さん、泉さん、レスどうもでした。

 ちょっと長くなるかもしれませんが、二、三、感想を述べます。

 kumaさんが例示された「落とし穴」は、新聞記事に限らず、文章を書く時には誰でも遭遇する条件だと思います。自分の事で恐縮ですが、先のコメントで示した「メタ・マスコミ論」という言葉について考えてみてください。1.要約ですし、2.象徴的な言葉(都合のよい言葉)を付け加えてます。「一方に『記者会見の意味は? どのようにしてその場に引き出すか?』という問いかけがあり…」という記述では、3.やはり要約ですし、4.複数人物のコメントを一つにまとめています。書き込み全体では、5.コメントの大半を都合のよい言葉で固める、という領域にも踏み込んでいるかも知れません。
 要は「まとめる」という行為自体が、そうしたことを必然的に呼び込んでしまうのだと思います。
 ただこれは前にも書きましたが、しまうまさんも強調されているように、「捏造」とは明らかに違います。上の場合の問題点は、「落とし穴」に嵌まってミスリードしてしまう=結果として間違った文章を書いてしまう、ということなのに対して、「捏造」は端的に言って、無かったものを有ったことにしてしまうからです。結局は、故意と過失の違いということでしょうか。
 しかし、受け取る側から見れば、どちらも「間違い」であることには相違がない。両者の区別が難しいのは、この辺にポイントがあるのかもしれません。

 もう一つ考えられるのは、「人の言ったことを」「職業的に」「おうおうにして無署名で」まとめるということが孕む、危険性です。私は記者でもなんでもないので直感的にしか言えませんが、新聞ないしジャーナリズムというものは、自ずから恣意性を抱え込んでいるような気がします。無論「あえて考えれば」ということなので、普段からそんなことを感じて新聞を読んでいるわけじゃないですし、ためにする議論だといったご批判もあるかもしれません。
 しかしやはり、勝手に自分の言ったことを要約されれば「違うな」と思うことも多いでしょうし、毎日のルーチンワークとして続けていれば職業的なご都合主義といったものも生まれてくるだろうし(具体的に言えないのが論旨としてちとキツいですが)、歯止めになるとは限らないにしても署名のない表現というものは大本営発表と根っこでつながるような気がする。。これは自然な発想ではないでしょうか?
 ですから、噛み合っていない部分があるにしても、非マスコミ当事者から投げかけられる疑問は根底的には正当なものだ、と見なす必要があると思います。
 ただ現場の記者さん達からすれば、そうした突き上げは自分たちの首を絞められるような気がする、仕事そのものを責められているような気さえする、といったことでしょうか。。(真っ当な映画批評なら常識の、ドキュメンタリーといえどもフィクションだという感覚が普通になれば、また話は別なんでしょうが)

 なぜ朝日だったのか? これは引き続き大きな問題として残ると思います。
 前のコメントで引用した朝日箱島相談役の言葉は、朝日8日付朝刊によると

投稿: katshi | 2005年9月10日 (土) 00時03分

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