アニマルセラピ− 【取材記7/捨て犬からセラピードッグへ】
「チロリ」という犬をご存知でしょうか?
足がとっても短くて、目が大きく、右耳は立っていて左耳はちょこんと垂れた雑種の犬で、「チロリとタムラ」という映画に主演したことがあります。
そのチロリは、国際セラピードッグ協会で、セラピードッグとして活動をしています。今は、お年寄りや障害を持った人たちを喜ばせているチロリですが、セラピードッグ協会へ来る前は、「オバケ小屋」に捨てられた捨て犬でした。
チロリの新しい家となった国際セラピードッグ協会では、捨て犬をセラピードッグとして育成していると知り、代表の大木トオルさんとお会いしました。
アニマルセラピーは、AAAとAATとAAEに分類されるというお話は以前にしましたが、国際セラピードッグ協会では、AATが行われています。
セラピードッグを養成するためのトレーナーを育てる学校を運営し、そこには獣医だけでなく、(人間のための)医師や動物の行動学など、専門の講師が在籍しています。
「活動する場所が老人施設や病院、障害者施設なわけですから、ただ犬が好きというだけじゃだめなので、公衆衛生や動物行動学などを学んでもらいます。ですから、専門職の者がうちにも当然いますし、訪問活動する時の現場は、医師を抱えています。
AAAは『癒す』でいいと思いますが、AATは治療ですから、『癒す』という言葉は不適当で、医師と一緒にその人の病状や性格を話し合ってプログラムを組みます。AAAは『癒し』ということで、ある程度衛生管理をした場所で『楽しいね』と訪問活動をすれば、それはそれでいいと思う。もちろん事故は起こしちゃいけませんけれども。
AATは犬に40項目の訓練をしてたくさんのマナーを覚えさせ、それを把握したトレーナーがついて現場へ入って行くというように、簡単なことではありません。
対象の方たちが認知症やガンと、厳しい状況の人たちに会いに行くわけですから、『かわいいね。よかったね。今日は楽しかったね。』という次元ではない。
もちろん楽しさも大事だし元気もつけるんですけど、治療を目的に行い、そこには絆ができます。それは医療の現場と一緒に話し合いをして行かなければならないということ。
それをAAAもAATも一緒にセラピードッグだと日本では言ってしまいますから、そこはちょっと問題があるかもしれません。」
明らかに、AAAとAATでは違いがあるということで、具体的にどのような成果が上がっているのか聞いてみました。
「リウマチで手が動かない人が、犬を触るということで活性化して、最終的にはスプーンが使えるようになるとか。カルテには『リウマチで歩行不可』と書いてあるけれども、それはただその行動をしなかっただけで、裏には気持ちの問題が隠れていることがいっぱいあるんですよ。その裏にあることを引き出してあげるのが大切。
3年間喋らないからそれが失語症だとカルテには書いてあるが、喋りたくなかっただけかもしれない。
1頭の犬が入ることによって、『名前を呼びたい。話しかけたい。』という気持ちから言葉が出てくる。それで失語症がクリアされていくということもあるんです。それは大きいですよ。そこから、一歩一歩『生』という生きる方向に立ち向かっていくことができるようになるんです。
今の社会では、人間同士の愛情が非常に不安定ですけど、犬の愛情は非常にしっかりしていて、意志も伝わるしコミュニケーションもできてくる。
そういうことで、お年寄りや障害者の方が心を開いて、どんどん犬と一緒にガンばろうという気持ちが生まれてくるんです。人間では、なかなか難しいですよね。」
なぜセラピードッグたちにそのような力があるのか、捨て犬からセラピードッグになった第1号のチロリの話を聞くことにしました。
チロリと大木さんの出会いは、今から12年前の初夏、ハスキー犬のスノーガンと散歩していた時でした。「オバケ小屋」と呼ばれていたぼろぼろの古い建物で、近所のこどもたちが団地のゴミ捨て場にダンボールの中に詰められた犬を見つけ、そこで飼っていました。ダンボールの中には若い母犬と子犬が5匹。
「お母さん犬はチロリって名前なの。私がつけたんだよ。かわいいでしょ。」こどもたちの中でいちばん小さい女の子がうれしそうに教えてくれました。チロリは殴られながら生きてきたのだろうと容易に想像できるようなおびえた目つきでしたが、「私と子犬を助けて。お願い!」とじっと大木さんを見つめたそうです。
子犬たちは里親に引き取られ、チロリは保健所の野犬狩りに捕らわれますが、大木さんの手で助けられました。その後ラブラドールやハスキー犬という大きな純血種の犬たちに混じってセラピードッグになるための訓練を受け、今ではスーパーが付くほどのセラピードッグとして活躍しています。
チロリが第1号となり、今では20頭の捨て犬たちがセラピードッグとして活躍したり、トレーニングを受けています。
引き取られるのは、千葉県と福岡県から救助された犬たちが大半です。ここで重要なのは、千葉県と福岡県というところ。
「千葉が全国で殺処分ワーストワンで2位は福岡であるということ。福岡が1位の時もありましたけど、千葉が年間を通じて一番犬猫の殺処分記録が多いんです。これは公的な記録で、実際には業者その他を入れると60万頭以上になるだろうと言われています。
それは千葉県の皆さんの動物に対する意識もあると思いますけど、なぜ千葉かという問題ですよね。うちのトレーニングセンターが千葉県の松戸にあるということだけではないんです。
チロリという捨て犬と出会ってセラピードッグに養成して、素晴らしいセラピードッグになって、あの子がその第1号です。あの子は千葉で捨てられたわけですから・・・。
チロリが話題になって映画になったり本になったりして、それを読んだ千葉の保健所の方たちから、協力してくれないかというお話をいただいた。これは歴史にないことだと思うんです。
去年の9月に、千葉県の保険所の人が全て富里の動物愛護センターのホールに集まって、私たちはこうやって捨て犬をセラピードッグとして育成するんだという講演とレクチャーをしました。
私は、いちばんいけないのは放置した人間だと思います。その次に責任を問われるのは、そのような施設を作らざるを得なかった行政ですよね。
逆に、いちばんの被害者は、犬や猫たちです。その次の被害者は、そこに勤めている職員の人たちです。誰が好き好んで毎日動物たちの殺処分をするもんですか!こんな酷なことはないでしょう。
じゃあ力を合わせて私たちがそれを変えて行こうと。
うちにいる捨て犬たちは全部で20頭いますけれども、全部が千葉と福岡から来ています。優秀なセラピードッグに養成できるわけですから、犬たちにはそれなりの力があるんです。捨て犬は明日殺されるかもしれないですから、その子たちの命を救うということが先ずひとつ。
それと、その子たちには能力があるんだということをちゃんと訓練をして世の中に知らせる。捨て犬がこれだけ素晴らしいんだということを皆さんに理解してもらうということでチロリが立ち上がったんです。だから、チロリという存在は大きいですよね。
これから第二のチロリ第三のチロリが出てくる。だから千葉県も一緒になってこのことに取り組みたいんだと、私はそのリーダーシップを取っていろいろな提案をして行く。それは、私が千葉の行政の中にいないからできるんですよ。中にいたら規制が入りますからね。千葉県が歩み寄ってくれたことが大きいです。
これからどんどんそういう動きになって行けば、他県へも大きな影響になるでしょうから、先ずはひとつの前例を作ることですよね。」
一匹の捨て犬チロリが、千葉県の動物愛護センターの職員の皆さんの心を動かしたことは、大きな功績です。チロリの後に続けと、他の捨て犬たちもガンばっていますが、セラピードッグになるために、犬種は関係ないのでしょうか。
「他の盲導・介助・警察犬その他というのは、だいたい犬種が限られてくるんですよ。セラピーに関しては全犬種です。
ただ、能力の問題が出てくると思いますが、適応能力さえあれば全犬種です。何でもがなれるというわけではないが、犬種は問わないです。
なれるなれないの違いは、IQとか知能の問題ではなくて、その子の持っている個性が、適応しているかしていないかということです。全部がセラピードッグになれなくても、ランクを付けますから、チロリのようなスーパーな子なら全て対応でき、そうでない子でも、できる範囲のセラピー活動をすればいいと思います。」
連れてこられた捨て犬たち全てに何かしらのお仕事があり、生きる道があるということなのです。
しかし、捨てられた犬たちは、人間に虐待されていることもあるかもしれません。人間に不信感を抱いている犬が、その信用を取り戻すためにはどのようなことが行われているのでしょうか。
「基本的には、虐待行為を経験している犬たちというのは、当然暴力に対するトラウマがあるわけですから、暴力行為に非常に恐怖心がある。暴力行為を経験してしまった悲劇を取り除かなくてはならない。そのためには、暴力が全てではない、他にも素晴らしいことがいっぱいあるんだと教えてやるんです。
暴力を受けた経験そのものを消すことはできませんから、それ以上に喜びや楽しみがあると、信頼をして行く過程の中で喜怒哀楽をひとつひとつ見せていく。そうやって信頼が出来ていくんですね。信頼なんてすぐにはできませんから、一緒に衣食住を共にして出来てくるものですよ。
その時に、今までの虐待や人間不信を取ろうとしても取れるもんじゃないけど、つらい経験を小さくして、素晴らしい思い出をいっぱい作ってあげる。
そうすれば、今までは攻撃的な犬や暴力的な犬でも、人間を非常に信頼するようになって訓練に入ることが出来、すばらしいセラピードッグに生まれ変わることができるんですよ。
それには、トレーナーたちの人間性も必要ですよね。人間性がしっかりしていないとだめですね。犬だけじゃなくて、人間もトレーニングしなくてはなりませんから。」
アニマルセラピーという仕事に携わるのは、単純に動物が好きだというだけではできないのだとはっきりわかりました。一朝一夕ではないトレーナーたちの努力によって、捨て犬たちは、人々を救うセラピードッグとして成長できる。
大木さんは、トレーナーのことを、
「ある意味で患者さんと犬との橋渡しのような役目で、黒子のような存在ですよね」
と言いました。黒子とは上手い喩えです。
チロリは14歳。人間で言うと、かなりの高齢に当たります。セラピードッグとしての仕事ができなくなった時、チロリはどうなってしまうのでしょうか。
「今は、休みを取りながらやってます。これから高齢になってきますから、無理はさせられないですよね。
仕事ができなくなったら、基本的には引退です。引退しても、里親に出したりはせずに、全部私が面倒を看ます。
うちのセラピードッグたちは、一生うちで過ごします。ここがあの子たちのうちですから、当然うちで面倒をみます。
だってやっとみんな自分のうちが持てたんですから。やっと自分のお父さんが決まったんですから。またそこで悲しい想いをさせることはできません。
捨て犬たちの誕生日はみんな僕の誕生日になってるんです。名前も私が決めます。
泉さんと同じアイという名前の子がいますが、アイは千葉県富里の愛護センターかた来たからアイ。他には富里から来たから「トミー」とか、ちょっとおしゃれにしてあげたりして。(笑)
アイちゃんは一年間訓練を受けて、一昨日セラピードッグとしてデビューしました。
あの子もパルボという感染症にかかって死にそうでしたからね。それを全部治して、それから訓練をしました。
ほとんどの捨て犬たちは、何かの病気にかかっています。だから、施設から引き上げた時は、先ずは隔離して獣医による検査を受けます。
みんなとても厳しい状況にいた子たちですよ。とても厳しい病気にかかっています。保護された時に施設の中で感染することもあります。
まぁ、捨てるような飼い主だから、ちゃんとした衛生管理や健康管理はしてませんよ。そういう人たちを本当に無くしていく作業をしなければなりませんね。
虐待は犯罪行為ですから。これからは法律で捕まえることができるように強化しなくてはなりません。」
犬たちにとって神様のように思える大木さんが、なぜここまでのことが出来るのか、ご自身の経験を聞いてわかりました。
「子供のころに吃音障害(どもり)があって、言葉がうまく喋れなかったんですけど、犬たちがうちにいて、いつも元気付けてくれていた。犬たちがいてれたことで、ハンディキャップを克服できたんですよ。
10代の時にFEN(米軍のラジオ)を聞いて歌うことに出会うんです。ですから、犬たちと歌というのは、私の人生を救ってくれた。子供の頃からの大きな影響です。
音楽は私の仕事になり、セラピードッグはライフワークとなっていくんです。
歌は37年、犬たちとは子供の頃から入れれば、50年は一緒にいるわけですから、出会いというのは大きいですね。だから、こうなることは自分の運命の中にあったと思うんです。
アメリカでアニマルセラピーを見て素晴らしいと思ったし、早くこのことを日本へ伝えたい、導入したいと思いました。
何でもそういうことって時間がかかるんですよね。
一番の障害は、犬たちへの理解度の低さですね。それは計り知れないものがありました。意識を変えるというのは大変なんですよ。そう思い込んだものを変えるというのは、大変な作業です。それが、間違いだったと思わせるというのは、とても難しいことです。」
人間に捨てられた犬たちが、今度は人間を救う。犬たちは、緑のベストを着た瞬間、「今から仕事なんだ」と理解し、その表情は引き締まると言います。
仕事をすることで、自分たちが生きているということを犬たちは理解しているように思えます。
犬を放置することがどういうことであるのか、犬を捨てる瞬間にそのことを想像する人はいないのかもしれません。
私は一年前、世田谷区にある東京都の動物愛護センターで、犬が保護されている檻を見せてもらいました。
吠えるもの、震えるもの、縮こまっているもの、諦めているもの
そこにいる犬たちも、自分のその後の運命を知っているかのように見えました。
その犬たちに、もう一度生きるチャンスを与える国際セラピードッグ協会の営みは、セラピーを超えた大きな意味のあるものだと思います。
8月に入りましたら、その現場を取材させていただくことになっっていますので、犬たちの健気な姿や、犬たちを囲む人たちの笑顔をお届けしたいと思っています。
大木トオルさん プロフィール
東京日本橋生まれ。全米音楽界に唯一東洋人ブルースシンガーとして、多大な功績を残し、アメリカに在住する世界的アーティスト。ゼネラルプロデューサーとしても多くのビッグアーティストを育てると共に、国際特別講師として活動。また、動物愛護家として日米の友好・親善に貢献し、現在世界へセラピードッグ(治療犬)の普及を二十五年に渡り行い、障害者施設、老人施設等にて活動を続ける。
現A.M.Sアメリカ・ミュージック・システム会長
国際セラピードッグ協会代表
セラピードッグ訓練カリキュラム考案者
本文中、インタビューに加えて、大木トオル著「名犬チロリ セラピードッグが奇跡を起こす」を参考にしました。
<文責/泉 あい>
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コメント
後を絶たない捨て犬捨て猫。
ペットブームにより沢山の動物達が不幸な目にあってます。でも、動物は最後まで飼い主を見捨てたりしませんよね。
アメリカなどでは捨て犬を盲導犬など介護犬として教育し活躍させてます。
日本もゆっくりとではなく【早く】近づかなくてはならないと思います。
みんなで意識改革していきましょう!
投稿: miho | 2005年7月31日 (日) 08時25分
>アメリカなどでは捨て犬を盲導犬など介護犬として教育し活躍させてます。
これは知りませんでした
勉強不足で申し訳ありません
よろしければその詳しい情報を教えていただけませんか
投稿: ぁぃ | 2005年8月 1日 (月) 18時26分
mihoさんのご投稿
>アメリカなどでは捨て犬を盲導犬など介護犬として教育し活躍させてます。
私も非常に関心があります。
私はもう50年近く、視覚障害者問題と取り組んでいる者ですが、コト盲導犬に関しましては、ゴールデン・リトリーバー ラブラドール・リトリーバー など限られて種類の犬に限られ、その他の種類の犬では育成困難と聞いております。訓練も誕生後、直ちに訓練をしないと使い物にならない、というのが”常識”になっています。捨て犬といえば、かなり成犬でしょうが、養成訓練できるのでしょうか? 是非、実践例をお教え下さい。
投稿: 新治太郎 | 2005年8月 1日 (月) 19時43分
私もTVで見た知識しかありませんが保健所で殺してしまうのではなく性格にもよりますがいろんな介護犬へと教育している機関?がありました。刑務所でも犬を教育&世話をする事で相乗効果が出ている所もありました。
アメリカだけではなくヨーロッパでもこういった努力は日本とは桁違いに進んでいます。
日本も犬種を制限せず大切な命を救って欲しいと願います。
投稿: miho | 2005年8月 4日 (木) 18時04分
介助犬育成プログラム「Prison Pet Partnership Program」を行っている女子刑務所がアメリカのワシントン州にありますょ
投稿: ぁぃ | 2005年8月 5日 (金) 20時49分
はじめまして。私は、AAA/AATについて学んで3年目になります。大木先生ともお会いし、本当に素晴らしいお話を聴かせていただきました。私は、将来、AAA/AATを行うことを目標に来年度から介護員として働こうと思っています。勉強は続け、より日本に広まっていったらいいなぁと思っています。実際に活動をして、思ったことなどを日記として書いています。よろしければ、ぜひ、私のブログにもお越しください。
投稿: ayu | 2005年12月 3日 (土) 14時23分
ayuさん
アニマルセラピーに関する情報交換をさせていただけるとうれしいです
ところで「すずめ踊り」って何ですか??
投稿: ぁぃ | 2005年12月 3日 (土) 15時51分
犬を飼っていないのですが、セラピードッグのトレーナーってなれるのでしょうか??
いろいろ調べたいと思いました。
投稿: りょこ | 2005年12月 7日 (水) 13時13分