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2005年7月 7日 (木)

アニマルセラピ− 【取材記5/高齢と動物】 

3 7月6日取材

横浜にある「特別養護老人 ホームさくら苑」へ行ってきました
ここは、18年前に日本ではじめてCAPP活動(companion animal partnership program 人と動物のふれ合い活動)を取り入れた老人ホ−ムだそうです
施設の中で動物を飼育するという飼育型の動物介在施設ということで、現在は犬、猫、セキセイインコ、めだかが飼われていました
正直私は、犬を散歩に連れて行くお年寄りの姿や、動物たちを囲むお年寄りの笑顔を見ることができるのだろうと想像して、取材にでかけました
でも、実際には高齢化という生々しい現実をつきつけられた想いです

施設の中に入ると、早速ラブラド−ルのアリス(12才・♀)の姿が見えました
初対面の私を見つけても吠えることなく、近づいても来ません
まるで視界に入っていないという様子で、動物好きの私としてはさみしかったのですが、一度「アリス」と声をかけると、しっぽを振って近寄ってきます
アリスは、自分に興味を示さない人には近づかず、自分に興味のある人には思い切り愛想を振りまくようです
老人ホ−ムでは、犬嫌いの人もいるでしょうし、アリスのように大きい犬をこわがる人もいるでしょう
アリスは、コンパニオンアニマルとしての自分の役割を理解しているとひと目でわかりました

アリスは、12才とかなりの高齢で、大好きな人を見かけると瞬発的に走り出すことはありますが、すぐにペタンと床に伏せてしまいます
太りすぎということもあるのでしょうが、歩き方もよたよたしているように見えます
まさか動物まで高齢だとは思ってもいませんでしたので、少し驚きました

5 高齢なのは、アリスだけではありません
猫のルイちゃん(♀)は、シャム系の雑種で年齢不詳ですが、最近はあまり外へ遊びに出ることも少なくなり、いつも決まったベッドで横になっているそうです
「猫は人ではなく家につく」とよく聞きますが、ルイちゃんが横になる場所は、同じ部屋の同じベッドだと決まっています
私がお邪魔した時も、いつものルイちゃんのベッドで、おばあさんと一緒に眠っていました
ひとつのお布団の中で、1人と1匹が安心して眠っている姿は、あまりにも平和であたたかく感動すら覚える光景です
それは、ここが自宅ではなく老人ホ−ムであることが、一層私を感動させるのです
「人間らしく生きることとは何なのか」、ルイちゃんを見つめるおばあさんの優しい笑顔を見つめながら考えるのでした

人と動物が、自然に生活しているこの施設の中で、心配されるのはアレルギ−等だと思うのですが、アレルギ−や感染症の方が出たことは過去に一度もないそうです
ここでの問題は、アレルギ−等ではなく、老人ホ−ム特有の「高齢化」にあったのです
それは、人の高齢化だけでなく、動物の高齢化の問題も含んでおり、人のために働いてくれる動物が年をとって、人の助けを必要とするという現実は、私にとって盲点でした
今まで動物の世話をしていたお年寄りが高齢になり、ご自身も介護度が上がっていくわけですから、動物の世話をするのもままにならなくなります
人も動物も高齢化が進むと、その負担は職員にかかってきますが、以前はそれでもまだ余裕があったと総務課の高橋さんはおっしゃいました

その状況を深刻にしているのが、5年前に誕生した介護保険制度だと聞いて、私は衝撃を受けました
高橋さんは、
「介護保険制度は、すばらしい制度ではあるのですが・・・」
と前置きなさった後、経営の現実が大変なのことを話してくださいました
介護保険制度により経営上の制約が増え、中でも影響が大きいのは、補助金が削減されたことだそうです
横浜市の制度では、特別養護老人ホ−ムに入所できる人の順番を点数をつけて決めます
介護度の高い人から優先されるので、入所者の入れ替わりがあったとしても、動物の世話ができる人が入る可能性は低いのです
これだけ入所者の方の介護度数が上がったのは、さくら苑ができてからはじめてのことで、同時に動物たちの高齢化も進み、飼育型CAPP活動がスタ−トして18年経った今、ジレンマに陥っているようです
施設内を案内されしていただきましたが、確かに自由に動き回れるお年寄りの姿を見ることはできませんでした
みなさん車いすや人の手を借りて、ゆっくりと移動していらっしゃいます
犬の散歩は無理でもごはんの世話はできるだろうと思いますが、認知症の方が多く、ごはんの量を誤ってしまうこともあり、確かに動物の世話ができる状態ではないと思いました

12年前にやって来たシ−ズ−犬のチロル(♀)とチェリ−(♀)も高齢ということで、今年の春に、コンパニオンアニマルを引退しました
毎日お散歩へ連れて行っていたご老人も高齢になり、体が動かなくなりましたが、チロルとチェリ−もお散歩の途中で動かなくなってしまうことが多くなり、ご老人もその姿を見て、
「もう散歩へ連れて行くのは止めよう
こんな姿を見るのはつらい」
と涙を流しておっしゃったそうです
そのことがきっかけとなり、チェリ−は、元職員のアニマルセラピストの方が引き取られ、チロルは、この日私を案内してくださった(前出の)高橋さんに引き取られました
チロルは、ほぼ毎日高橋さんと一緒に出勤していますが、心臓病の持病もあって、入所者の方の前に出るとすぐに疲れてしまうそうです
「衣食住の心配はありませんが、こどもの頃から何十人という人の中で、気を使いながら育ってきた施設の犬は短命だと言われています」
と高橋さんから聞いて、人間のために働くことが、動物の命を縮めているという現実を知ることにもなりました

「私は、本当は犬が好きではなかったんですよ
猫は昔から大好きだったんですけど、この子(チロル)のお陰で犬も好きになりました
この子の猫のような性格が好きなんです
嫌なことは嫌とはっきりしたところ
全く吠えませんし、猫より飼いやすいと思います」
チロルを見ていると、高橋さんのことをいつも気にしながら、入所者の方への愛想も忘れない
だけど、嫌な時は態度に表しマイペ−スなところは、本当に猫のようだと思いました
高橋さんは、
「言葉は悪いけど、この子は媚びることも知ってるんです
ここの人たちにかわいがられることで自分は生きていけるということを、もしかするとわかっているのかもしれません」
ともおっしゃいます
本当の飼い主である高橋さんと暮らせることは、チロルにとっては何よりの幸せなのかもしれません
そして「あなたは、多くのお年寄りをしあわせにしてあげることができたんだよ、お疲れさま」と言ってあげたい
チロルとチェリ−は、運良く引き取ってくださる方がいらっしゃいましたが、他のアニマルコンパニオンたちはどうなのでしょう
人を助ける立場にあった動物たちが、当然年をとり今度は人の手が必要になった時、どんな生活をしているのかとても知りたいと思いました

認知症が進んでいらっしゃる方には、チロルがそばを通り過ぎても反応がありませんが、それでも、目でチロルの姿を追う人は多かったです
体が反応しなくても、何かしらを感じている方もいらっしゃるのではないでしょうか
認知症の浅い方がいらっしゃるフロアでは、チロルの登場でその場はぱっと明るくなり、
「ここへおいで」
とソファを叩いてチロルを呼びます
その時の表情は、テレビを見ていた時の無表情とは、打って変わって笑顔になり、声を出し、手を叩く
動物がいることによって、会話の数が増えると高橋さんもおっしゃいます
「今日ワンちゃんはいないの?」
という会話からはじまることがあるのです

人間らしく生きるために必要だと取り入れられたさくら苑の飼育型CAPP活動は、スタ−トして18年経った今、ジレンマに陥っているようです
入所する前に飼っていたペットをそのまま施設に入っても飼うことが可能だったさくら苑でも、世話をする人出が足りないので、今後はできなくなってしまうそうです
入所したいとベッドが空くのを待っている人は、さくら苑だけでも800人、神奈川県内で2万人もいらっしゃると聞いて、その数の多さに高齢化社会の深刻さを実感しました
不況のためなのか、ボランティアの数も減っているそうで、施設の方がいくら努力なさっても追いつかないというのが現状なのかもしれません
高齢化社会は、住む場所や食べ物や介護など、ただ生きるために必要なものさえ与えられればそれでいいのでしょうか
ひとりの人間として尊重されているのだと実感するためには、こころが満たされていなければならないはずです

大きな体でヨタヨタ歩くアリスは頼りがいがあって、一緒に寝てくれる猫のルイはあったかい
動物たちは、お年寄りにとって和ませてくれるだけでなく、家族の役割をしてくれるのではないかという気がしました
老人ホ−ムの中にいて、添い寝してくれる人なんていないけど、ルイは黙ってそばにいてくれる
孤独を取り去ってくれる猫のルイは、小さいけれど大きな力を持っているのだと思います
人間らしく生きるためには、家族でなくても誰かしら心のよりどころになる人が必要で、その人に会いたくてもいろいろな都合があって会えなくて・・・
だけど、動物たちは、その大切な人たちの代わりに一瞬だけでもなれるかもしれないと、私は思うのです
人間らしく生きる手助けを動物たちがしてくれるのだけど、動物たちもやがては年は取る
しかも、動物たちの老いは、かなりのスピ−ドでやってきます
老人ホ−ムという制約のある空間の中で、できるだけ人間らしく生きてほしいと試行錯誤しながらジレンマを抱えているさくら苑が、この後どうなって行くのか見守っていくことは、社会の縮図を知ることになるのかもしれません

<文責/泉 あい>
GripForum - アニマルセラピ−スレッド

追記 「GripForum」へたくさん画像をUPしていますので、そちらの方もご覧ください

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コメント

おじちゃん、おばあちゃん達の笑顔がまぶしいです
こんな笑顔って最近してないな・・・
こんな笑顔を彼らに与えてくれるアリスやルイに、「ありがとう」って言ってあげたいです

投稿: かりん | 2005年7月 7日 (木) 21時27分

かりんさん
本当に素敵な笑顔でしょう?
チロルが登場した瞬間に、みなさんの表情がガラっと変わるんですょ
多分、私自身も取材をしている間、ずっと笑顔だったんじゃないかなぁ

投稿: ぁぃ | 2005年7月 8日 (金) 01時06分

非常に興味深く読ませていただきました。
CAPP活動のことはなんとなく知っていましたが、ここにも高齢化という深刻な問題があるのですね。

でも、お互いかけがえのない存在であり、本人たちにしかわからない絆のようなものも感じられて、その点は他の高齢者施設からすればうらやましい部分でもあるのでしょうか。

かりんさんが書かれているように、みなさんの笑顔がステキです。
マザーテレサが、「世界で一番美しい場所は笑顔のあるところだ」と言っていたのを思い出しました。

投稿: えみーゆ | 2005年7月 8日 (金) 10時02分

「元気」っていうのは、心と体両方の「健康」ではなく「幸せ」が得られていえる状態なんだなあ……と
お年寄り達の笑顔を見て思いました。
こうした笑顔のある環境を維持できなくなりつつある現実は、不幸ですね。
そしてそれ以上に、待機中のお年寄りとそのご家族の負担……。
受け皿がないことは、やはり自己責任を越えて社会の問題でしょうね。

投稿: 美也子 | 2005年7月 8日 (金) 16時59分

ややもすると情緒的博愛主義が突出して語られるアニマル・セラピー問題は人の高齢化だけではない、老人・障害者を助ける動物たちも同じ。
スゴイご指摘ですね。
私も乗馬をしていた頃、クラブのオーナーから「老齢馬をどう処遇するか」
その悩みを聞き、初めて動物の老後問題に目覚めました。が、今回の驚き、それを上回ります。
アニマル・セラピーに動員される動物だけではありませんね。盲導犬など介助犬も同じ問題を投げかけます。本当に、どうすればいいのでしょう。

投稿: 新治太郎 | 2005年7月 9日 (土) 12時29分

えみーゆさん
>マザーテレサが、「世界で一番美しい場所は笑顔のあるところだ」と言っていたのを思い出しました。

マザ−テレサさんという方に、私はいつも懐かしさを感じます
通った高校がミッション系だったということが大きな理由だと思いますが、たった3年間通ったあの学校で学んだことが、私の人生に大きく影響していると、40歳を間近にして感じています
以前に笑顔ばかりを集めた写真展を見に行ったことがありますが、戦場の中にいるこどもたちの笑顔に心を打たれました
私は、福祉ついてのテ−マを取材する時、たったひとつの命のために奔走する人たちがいるのに、今この瞬間にも殺し合う人たちも存在している矛盾を感じます
今回のようなお年寄りの笑顔をお伝えできることは、私にとっても大きな喜びです

投稿: ぁぃ | 2005年7月 9日 (土) 15時43分

美也子さん

高齢者を受け入れる施設や、それを支える人たちが足りないと、今回の取材で実感しました
ボランティアをする余裕のない私にできることは、せめて選挙の時にまともな政治家を選ぶことなのかなと思います

投稿: ぁぃ | 2005年7月 9日 (土) 16時40分

取材の記事読みました。
私は大学の卒論でアニマルセラピーについて書こうと思っています。

「さくら苑」は自分が持っている本にも出てきていた施設だったので、ネットで検索していてここに着きました☆

知りたいことが載っていたこのサイトにたどり着けて、ますます頑張ろうという気持ちになりました。

これからも何度か立ち寄らせてもらいます♪

投稿: まんた | 2005年8月21日 (日) 21時08分

まんたさん
>知りたいことが載っていたこのサイトにたどり着けて、ますます頑張ろうという気持ちになりました。

「知りたいこと」とは何だったのでしょうか?

>これからも何度か立ち寄らせてもらいます♪

どうぞどうぞ、毎日いらっしゃいませ♪

投稿: ぁぃ | 2005年8月24日 (水) 12時29分

初めまして。取材の記事、皆さんのコメント
読ませていただきました。
私は今受験生でアニマルセラピーについて勉強できる学校を目指してます。
このサイトを見て心があったかくなりました。
合格目指してがんばろうと思います^^

投稿: はな | 2005年9月22日 (木) 21時11分

はなさん
受験生ですかぁ
試練の時ですね
夢を目指して前進してください
お互いがんばりましょう♪

投稿: ぁぃ | 2005年9月22日 (木) 21時32分

しりたいことを知る。アニマルセラピーもひとつの興味。そういうことがいっぱいある。それを
アイサンは、仕事にするためにうごいてはる。すごい、ぼくもそうしたい、とおもってます。
生きてきて約三年、病院で過ごした経験がやはりそうさせているのだと思います。小児病棟でのアニマルセラピーにも興味があります。老人以上に生きるために必要な病院暮らしをするこどもたち。そこに動物がいれば、とちいさいころなんどおもったことか。

投稿: ぢろう。 | 2005年9月23日 (金) 13時16分

ぢろうさん
入院3年間は長いですね
私は入院が嫌いで、いつもさっさと退院するんです
どんなに不便でも、自分の部屋がいい、自分のベッドがいちばん!
退院できる時、いろいろなことに感謝しますね・・・
私にとっては、そういう経験ができたことが糧になっていると今は思えます
今は、記者クラブや政治の取材に追われていますが、一段落したらアニマルセラピーの取材も再会します
少し待ってくださいね

投稿: ぁぃ | 2005年9月24日 (土) 02時26分

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