2つのニュ−スから
人気者のモモイロペリカン 「カッタ君」20歳に 宇部市の常盤公園
【山口】 一九八五年七月に国内初の人工ふ化で誕生した宇部市沖宇部の常盤公園の人気者、モモイロペリカンの「カッタ君」(雄)が満二十歳を迎えた。人間の年齢に換算すると三十五―四十歳にあたり、仲間を引っ張るリーダー的存在に成長してきたという。
カッタ君は人工ふ化後五カ月間、人の手で育てられたため人懐っこく、約一キロ離れた明光幼稚園にも飛んできて園児たちと遊ぶようになり、話題になった。さらに同市製作のアニメ映画「カッタ君物語」で一躍全国に知られ、常盤公園を日本中にPRした。
現在は同公園のペリカン島で四種五十羽のペリカンとともに生活。既に五羽の子どもと二羽の孫がいる。時折、四月末に生まれた子どもの子育ての手を休め、同公園を訪れた子どもたちに愛嬌(あいきょう)を振りまいている。市常盤遊園協会の白須道徳動物課長は「一番充実した年齢。子や孫が増え、これからも子どもたちのアイドルとして活躍してほしい」と期待を寄せている。
(西日本新聞) - 7月15日2時10分更新
特に常盤公園は、こどもの頃からの想い出がいっぱい詰まった場所です
遠出をすると体調を崩してしまう私は、旅行には連れて行ってもらえず、専ら近くの常盤公園ばかり
歯医者さんへ行って泣かなかったご褒美や、小学校での遠足、中学生の時のデ−トなど、私の成長の過程には、必ず常盤公園があるのです
ペリカン島と言って想い出すのは、父のこと
両親が離婚して、私と妹は母と一緒に暮らすことになり、引越しの直前に想い出作りのため、父と妹の3人で訪れました
家族で常盤公園へ行った時は、いつもコ−スが決まっていて、奥の方にあるペリカン島には一度も行ったことがなかったのに、その日はなぜか父が、
「ペリカン見に行こうか」
と言いました
30年近くも前の話ですから、カッタ君はいませんでしたが、はじめて見るペリカンの体や鳴き声が大きいことに圧倒されたことをよく憶えています
楽しいはずの常盤公園も、この日ばかりは大好きな父とのお別れ記念
悲しくて父の顔を見ることができず、ペリカンを見つめながら、涙がこぼれそうになるのを必死に我慢しました
その父は今、末期がんに侵されています
カッタ君のニュ−スを知って父のことを考えていると、テレビでは知床のことをしきりに報道しています
知床、世界自然遺産の登録決まる
【ダーバン=石原健治、加藤賢治】南アフリカ・ダーバンで開かれている「国連教育・科学・文化機関(ユネスコ)」の第29回世界遺産委員会で、14日午前(日本時間14日午後)、北海道・知床の世界自然遺産への登録が決まった。
国内の自然遺産は、屋久島(鹿児島県)、白神山地(青森、秋田県)に次いで3件目。海洋を含んだ国内の自然遺産は、知床が初めて。
知床は北半球で流氷が接岸する南限で、豊かな海と原生的な半島の自然が織りなす生態系が評価された。遺産登録地にはヒグマが世界的にも高密度で生息し、シマフクロウなどの国際的希少種の重要な繁殖地や越冬地となっている。
また、絶滅危惧(きぐ)種のトドが生息し、漁業資源であるスケトウダラをエサとすることから、自然保護と漁業の調和がせめぎあっている。
同委員会は知床について、自然遺産の審査機関である国際自然保護連合(IUCN)の評価書を元に審査した。登録にあたっては、<1>海洋保護の強化<2>ダムの改善を含めたサケ科魚類の管理計画の策定<3>2年後に調査団を現地に招く――ことを要請した。登録地の面積は、沖合3キロまでの海域を含む7万1000ヘクタール。
知床の特徴は、半島に接岸する流氷が生み出す海と陸の豊かな生態系。ヒグマは世界的にも高密度で生息し、シマフクロウ、オオワシなどの国際的希少種の重要な繁殖地や越冬地となっている。
日本政府は2004年1月、知床の自然は、自然遺産の基準である「傑出した普遍的な価値」を満たしているとして、ユネスコに推薦していた。
これを受け、04年7月、IUCN幹部が現地を調査した。その後IUCNは、海洋保護の強化や、ダムの撤去も含めた改善などを日本政府に要求した。
政府が積極的な対応を約束したことなどから、IUCNは「登録が適当」とした評価書を5月末にユネスコに提出し、知床の登録が確実視されていた。
今回、各国から推薦された遺産候補は自然遺産13、文化遺産34、複合遺産4の計51件。日本を含む21か国のユネスコ大使が審査した。
(読売新聞) - 7月14日21時45分更新
知床と聞くと、必ず父の歌う「知床旅情」を思い出します
私の父はとても神経質な人で、今で言う朝シャンを必ずします
その後、鏡の前に立ってドライヤ−を片手に、髪をセットしながら、もれなく歌を歌うんです
その歌が半端じゃなく上手くて、しかもヨ−デルなんかも歌えちゃって、家庭にいながらにして毎朝アルプス気分も味わえる
うちでは生まれた時からそうなので、私は世の中の男性は誰でもヨ−デルが歌えるもんだと思っていました
父の十八番は何曲かあるのですが、その中でも「知床旅情」は絶品です
「飲んで騒いで」という歌詞を「のんべさんは言って」だと、私はずっと勘違いしていましたが、今でも私の中では「のんべさんは言って」なのです
父を想いながらひとりでこっそり歌う時、やっぱり私は「のんべさんは言って」と歌ってしまいます
一度も行ったことのない知床の景色をテレビで見ながら、山口にいる父を想う自分を変だと思って笑えちゃいます
もう何年も帰っていないふるさとと、何年も顔を見ていない父のことは、いつも私の胸にあって、帰れなくても会えなくてもずっと変わらずそこにいて欲しい
「あなたがそこにいてくれるから、私はがんばれる」
親不孝な娘は、一歩でも前へ進むことが親孝行だと思っています
一羽のペリカンが20歳になったという報道は、ほとんどの人が振り向かずに通り過ぎて行くかもしれません
私にとっては、カッタ君というモモイロペリカンはふるさとの象徴という気がして特別です
人間の歳で言うと、彼は40歳くらいだそう
今年39歳の私は、カッタ君とほぼ同年代になるわけです
体調を崩し落ち込んでいた今週でしたが、カッタ君には負けていられません!
来週から、はりきって行きます!!
※画像は、常盤公園のHPに掲載されたもので、(社)宇部観光コンベンション協会さんへ許可をいただきました
<文責/泉 あい>
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コメント
宇部に住んでいながら、カッタくんの記事をここではじめて知りました。
お恥ずかしい・・・。
もう20歳なんですね。
時々私が勤務していた学校にも遊びに来ていました。
最近では当たり前の光景過ぎて感動もないですが、やっぱり「宇部のアイドル」ですから、大切にしていきたいという気持ちはあります。
今度帰省される際には、ぜひ常盤公園に遊びに来てください。
あいさんがいつ帰ってきてもホッとできるスポットであるよう、宇部市民としてがんばりますから♪
投稿: えみーゆ | 2005年7月16日 (土) 17時03分
宇部も随分変わっているようですね
もうすぐ花火大会でしょう?
毎年欠かさず行っていたので懐かしいです
投稿: ぁぃ | 2005年7月18日 (月) 12時12分
カッタくんではないですが、常磐公園から逃げ出したペリカンの1羽が毎年春過ぎに、私の住む地方に飛来します。今年は見かけないのでどうしているのかなと、気にしているのですが…
投稿: こめろんぐ | 2005年7月20日 (水) 23時46分
数年前に迷子になったペリカンの報道を見ましたが、その時の子でしょうか
>毎年春過ぎに、私の住む地方に飛来します。
ペリカンって本当は渡り鳥なのですか??
常盤公園のペリカンは野生ではないですもんね
どうなんだろ
一羽で生きるのは、つらいんじゃないかなぁ
誰かと一緒に元気でいるといいなぁ・・・
投稿: ぁぃ | 2005年7月21日 (木) 23時46分