記者クラブの表と裏 【取材記20回目/オランダ人特派員】
記者クラブのない海外のメディアで、情報はどのように流れているのか
先日寺澤さんの公判で傍聴席にいらっしゃったオランダの「NRC-ハンデルスブラッド新聞」の特派員ハンス・ヴァン・デル・ルフトさんへ話を聞いてきました
待ち合わせの場所は、「日本外国特派員協会」(FCCJ・Foreign Correspondents' Club of Japan)です
有楽町の電気ビルの最上階(20階)へ行って見たものは、私が予想している風景とは全く違っていました
見晴らしの良いレストランとラウンジがあり、そこにいる人々はみな賑やかです
私の想像していた各国のブースや図書館がない!と驚きましたが、ひとつ下の19階にあるそうです
さて、ハンスさんは、寺澤さんの裁判では陳述書を提出なさっている方で、その中でも「日本の記者クラブはとても閉鎖的である」とおっしゃっています
今回のインタビューでは、オランダのメディアと比較をしながら、日本の記者クラブ制度の問題を具体的に話してくださいました
「日本の進歩的な企業、例えばソニー、日産、ドコモなどの場合は、ジャーナリストとしてそこの広報部に登録すると、記者会見がいつあるとか、新しい商品の説明会がいつあるとかという情報がメールで送られてくる
古い考えの会社の場合、全部記者クラブを通してだから、記者クラブのメンバーしか情報をもらえない
あとは、オランダで仕事をする外国の特派員は、オランダの記者と全く同じ権利を持って同じ所を取材できる
例えば、オランダとベルギーを取材しているフリーランスの日本人ジャーナリストは、オランダの総理大臣の記者会見には出席できる
だけど日本の総理大臣が向こうに行くと彼は取材できない
なぜかと言うと官邸の記者クラブがついてるから
記者会見をすればできるんですけど、直接取材できないし、日本の場合は懇談会があるが日本人なのに彼はそこへ参加できない
記者クラブでまとめてやってるから
そこが大きな違いですね
発行部数の多い日本の新聞社なら、どこにでも記者を置くことが可能ですけど、オランダの場合は、事務所に直接情報が入ってくる
国会の審議会とか委員会の会報などは、インターネットで見ることができるし、役所とか会社とかに朝から晩まで駐留している記者はいないんです
オランダでは情報が入ってきてそこに取材に行くけど、日本の場合は、記者がそこにずっといる」
オランダでは、HPで公開したり、直接オフィスに入ってくるので、無駄に記者を配置しておく必要がないわけです
海外のメディアから日本へ来ている特派員の数はとても少なく、情報を公開する側がオープンにしてくれないと、物理的に取材をするのが難しい状況だということです
それでも、情報を独占している日本の記者クラブに所属している記者は、海外の特派員を批判しているとハンスさんは言います
「海外の特派員で日本に来ているのはだいたい一人で、ニューヨークタイムズのような大きいところでも4、5人なので、ずっといろんなところに朝から晩までいることは有り得ない
だから、記者会見の日時などの情報をもらって必要な時に取材に行きたい
たまに日本の記者から『特派員はおいしいところしか取材してない』と批判されることがあるが、日本のジャーナリストが外国に行くと、もちろん話題になることしか取材をしない
それはこっちに来ている特派員も全く同じ」
情報を独占して人数も多い日本の記者の批判は、嫌味にしか聞こえてきません
当然海外のメディアも黙っているわけではなく、EU(ヨーロッパ連合)から日本政府に対して、「外務省記者証の他の公的機関での認容、記者クラブの廃止を要望」が出されています
そのためなのかどうかはわかりませんが、日本の省庁も変わってきています
防衛庁は海外のメディアにかなりオープンになり、外務省では記者会見の日などをメールで教えてくれるそうですが、記者クラブの本質はあまり変化がないのが実情のようです
ハンスさんは、検察庁の取材で、日本の役所とメディアの言い訳に直面したと言います
「警察庁長官の記者会見があるらしいのですが、警察庁はそれを会見ではなく『懇談会』と言っています
オンレコもオフレコもあって、オンレコの記者会見には、僕たちも出席できるはず
警察庁の記者クラブと電話で話したら、警察庁長官との話し合いは、記者会見でもない懇談会でもないと言う
やってることは記者会見と同じだが、記者会見ではないと言っているので、僕らは出席できない
あれは、記者クラブにいる15社の個別の取材をまとめてやるだけ
長官が15社のひとつひとつと話をするよりも、一緒にやれば時間がかからないから
そんな言い訳は本当にどうしようもないし、訳がわからない」
こんな見え透いた言い訳をしてまで、どうして記者クラブ以外の者に情報を流すのを嫌がるのでしょう
このことは、読者や視聴者にとってとても不利益なことだとハンスさんは言います
「僕から見て、記者クラブ制度で日本のマスコミ、つまり新聞・通信社・テレビ局は一緒にカルテルを作って情報を抑えていて、フリーランスジャーナリストも雑誌も外国のメディアも入れない
彼らの商売は、そのカルテルに基づいているから競争相手がいない
新聞も5社で全部の情報を抑えてるから、非常に安定したマーケットになっています
そうすると、どういう情報を出すとか、役所とメディアがどういう約束をするのかは、読者から見て非常に不透明
そこには自由な競争がなくて、誰でも役所が出した情報全てを見ることができないから、その中で何が行われているか、本当のことは誰もわからない
だから、非常に悪い制度だと僕は思うんですけど」
このところ私が行っている警視庁への取材も、警視庁は「問い合わせがあれば対応するからオープンでしょ」と言い張ります
しかし、全ての情報が表に出て来ない以上、どんな大切な情報が落ちようと、記者クラブに入っていない者はそれに気づくことさえできないのです
そして、日本の記者だけでなく省庁からも、海外のメディアに対する批判を受け、ハンスさんは次のように言いました
「宮内庁が、『間違ったことを書いた』と外国のメディアを批判した
外国のメディアが宮内庁の事務方を取材したいと言っても、宮内庁は拒否する
そうすると、外国のメディアは自分なりに取材するしかない
宮内庁が外国のメディアにきちっと応じたのに、間違ったことを書いたのなら批判できるけど、向こうは話をしないのに、間違ったことを書いているとは言えないだろう
宮内庁は話に応じなかったから、外国のメディアを批判する権利はないと思う」
記者クラブ制度のある日本では、海外から来ているジャーナリストたちの活動を制限していると感じます
しかも納得できる理由も聞かされず、これで民主主義だと言えるのでしょうか
ハンスさんは、日本でのジャーナリズムの概念が、他国とは少しズレていると言います
「日本はとても閉鎖的です
僕はジャーナリストとして、日本の制度は恥ずかしい制度だと思う
僕も外国のメディアも日本のメディアも、ジャーリストとして同じ立場であるはずなのに、記者クラブ制度があることによって活動を邪魔されているから、恥ずかしい制度だと思います
日本には本当の意味でのジャーナリストという概念がないんだと思う
僕はジャーナリストで、日本のマスコミは自分のことを『記者』と言う
日本のマスコミの記者がいる、日本のフリーランスやライター、外国の特派員がいる、本来なら全て英語だとジャーナリストと言うけど、日本にはそのような概念がない
日本語で大手マスコミでは記者、日本でジャーナリストという言葉を使うと、フリーランスを意味する
日本の新聞社の記者は、自分のことをジャーナリストとは言わないです
だから、ジャーナリストまたはジャーナリズムという概念が、日本には欠けていると思う」
そして、公権力の監視を大義名分にしている記者クラブの、それを疑うような話も出てきました
「アフリカ支援会議が東京で行われた時、日本を代表をして森元総理大臣が議長をした
終った後に、森元総理と国連のいろいろな方が記者会見を行った
そこは、もちろん日本のメディアも外国のメディアも取材に行った、僕も行った
司会者が、先ず日本の記者を指名し、その記者は紙を読み上げて森元総理に質問した
森元総理が返事をする時、紙を読み上げた
次に司会者が外国の記者を指名して、外国の記者が質問すると、森さんが回りを見て国連の方が答えた
その次はまた日本の記者で、その記者もまた紙を見て質問を読み上げて、森元総理も紙から答えを読み上げた
記者会見が終って、質問をした日本の記者のひとりと知り合いだったから、質問したんですよ
『その質問は最初から決まっていたのか?』と聞くと、彼は紙を見せてくれて、その紙には彼の質問だけじゃなくて、別の記者の質問も書いてあった
しかもそれは手書きじゃなくてプリントアウトされたもの
そう、台本ですね
ひとつの質問に『J』と書いてあって、もうひとつの質問には『Y』と書かれていた
Jは時事通信のJ、Yは読売新聞のY
だから、最初から相談して、質問の内容も誰がその質問をするのかも、日本側でどう行うのか決まっていた
だいたいそういうパターンですよ
例えば、外国の首脳が来日して、小泉首相と記者会見する場に2、3回出席したことがありますけど、だいたい20分間でやり取りされる質問は、最初から決まっている
そういうことが多いです
日本のマスコミは独立してないと思います」
私は聞いていて背筋がぞっとしました
記者クラブのないオランダでは、ジャーナリストたちは企業に属していてもいなくても、自由に取材活動ができるそうです
それを円滑にしているのが、全国ジャーナリスト協会
「オランダの場合は、全国ジャーナリスト協会がある
そこには、新聞で働いている者だけではなくて、フリーランスもメンバーになれて記者証をもらえ、それがあればだいたいどこでも取材ができる
協会は、労働組合という役割もあるし、言論の自由を守るためという目的もあり、フリーランスのためにいろいろ協力することもあります
協会のメンバーになるために証明しなければならないのは、ジャーナリスティックな活動で収入を得ているというだけです
それを証明する資料を提出をすればいい
だからオランダでは、フリーランスも企業のジャーナリストと同じ立場で仕事ができる」
ジャーナリストたちが平等に活動できるオランダの仕組みを素晴らしいと思いますが、私は良いこともあれば悪いこともあるだろうと考えるので、「問題点はありませんか?」と聞いてみました
「問題点は別にないんじゃないですか」
と言われ、「日本の記者クラブは、公権力の監視を第一の目的としていますが、オランダは記者クラブがなくても公権力の監視はできていますか?」と聞くと、
「海外どこの国でもできていると思いますよ
日本の記者クラブはその目的を果たしてない」
と、外国人から見た日本の問題性の深さを痛感するコメントをいただきました
最後に、記事の署名についての話になり、オランダでは全ての記事に署名をすると聞きました
「日本では署名のある記事とない記事があるけど、そういう面でも特殊
とても不透明です
特に記者クラブ問題は、韓国にもあったことだけど、韓国では既に記者クラブがなくなっています
だから、日本よりも韓国の方がその点では進んでいると言える」
日本での特派員生活が10年と長いハンスさんは、オランダの詳しい事情はわからないということで、記者発表の方法など具体的なところにまで及ぶことができませんでした
ハンスさんが話す日本の記者クラブの問題は明確で、ただただ背筋が寒くなりましたが、海外の記者にとって日本のメディアはそれだけ奇々怪々なのでしょう
海外のメディアが、記者発表をどのような手段で手に入れるのか、記者クラブがないことでの弊害はないのか
そして、外国人ジャーナリストの目に、日本の記者クラブはどう映るのか
記者クラブを知る上で、外国人ジャーナリストの話を聞くことは、とても大切な気がしていますので、これからも取材交渉をしていきます
協力してくれそうな日本語ができる外国人ジャーナリストとお知り合いの方は、紹介してください
Hans Van der Lugt(ハンス・ヴァン・デル・ルフト)さん
国籍 オランダ
1993年9月 Leiden国立大学(オランダ)文学部日本学科修士卒
1995年〜現在 NRC Handelsblad新聞(オランダ)日本特派員
2002年7月〜2003年6月 日本外国特派員協会(FCCJ)会長
2003年7月〜2005年6月 在日外国報道協会(FPIJ)会長
(「ニュースの現場で考えること」の陳述書より引用)
<文責/泉 あい>
GripForum - 記者クラブの表と裏スレッド
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