アニマルセラピ− 【取材記3/アニマルセラピ−の歴史】
アニマルセラピ−はどうやってはじまったのか、その歴史をご紹介します
アニマルセラピ−の中で最も古い歴史を持つのが乗馬療法です
起源は古代ロ−マ帝国時代にまでさかのぼり、戦場で傷ついた兵士たちのリハビリに馬が用いられていたとされています
近世になってからは、1875年にパリで麻痺を伴う神経障害に乗馬が有効な療法であると報告され、それ以来治療のひとつとして用いられ、現在では完璧な治療システムとなり、NARHA(北米障害者乗馬協会)をはじめ、イギリス、ドイツ、オ−ストラリアなど世界各国で積極的に治療に生かされています
日本では、日本障害者乗馬協会、日本乗馬療法協会などが活動しています
ホ−スセラピ−に関しては、神経障害だけではなく様々な効用があると聞いておりますので、また別の機会に紹介したいと思います
病院で最初に動物を取り入れたのは、
1792年、イングランドのヨ−クシャ−州に設立されたヨ−ク保養所です
この保養所によって、当時の癲狂院(てんきょういん・精神病院)が改革されました
当時では当たり前だった拘束具を使用することを止め、むごい薬物も禁じ、監獄そっくりの格子を外して二重窓にしました
中庭にはウサギやアヒルやにわとりなどを放し飼いにし、その世話を患者たちに任せました近代的看護法の創始者であるフロ−レンス・ナイティンゲ−ルも動物、中でもペットの重要な役割を早くから見抜き、1859年、次のように記しています
「小さなペットは病人、とりわけ長期にわたる慢性病患者にとって、素晴らしい仲間になる。かごの小鳥は、同じく何年間も閉じこめられている病人の唯一の楽しみだ。彼が動物にエサを与えたり、身の回りの世話をすることができれば、励まされるにちがいない」ヨ−ク保養所が開設されて75年後の1867年、ドイツのビ−レフェルトにベテル(「神の家」の意)が設立されました
一部のキリスト教信者たちが、知的障害やてんかんを持つ人々が屋根裏部屋や座敷牢に入れられていることを懸念し、患者たちがコミュニティできる生活の場を試みての設立でした
現在では規模も拡大され、居住者は約5000人、スタッフも5000人を超えます
居住施設内のそこかしこに小鳥や犬、猫、馬の姿が見られ、入所者は世話をしたり、交流することができ、他に農場と広大な野生動物園まで併設されています
当時の精神病で、拘束具や格子が使われていたことから、患者を人間として扱っていなかったのではないかと容易に想像できます
そういった背景の中で、動物たちを病院の中に入れ、治療にも取り入れたことは、当時としては大きな革新だったのでしょう
私がこどもの頃に伝記を読んだナイティンゲ−ルが、「患者にとって小さなペットが仲間になる」と言ったことは、私にとって小さな感動でした
傷を癒せばそれでいいというのではなく、心も励まされる必要性があると彼女が考えたのは、患者ひとりひとりと向き合って深く係わった結果なのだろうと思ったからです
患者にとって、小さなペットの世話をすることで、「このペットには自分だけが頼りなんだ」と感じることは、自分の存在価値を見出すことができるのだと思います
そのことは、患者にとって大きな力になるでしょう
日本では、1920年頃に完成したといわれている森田療法において動物の世話が用いられています
森田正馬が創案したこの療法は、「自然をそのまま受け入れる」ということを体得するために、共同作業、陶芸、食事の準備・片付けなどの他に、動物の飼育、植物の栽培などが行われていましたアメリカで組織的な活動が始められたのは、1942年になってからです
ニュ−ヨ−ク州のポ−リング空軍療養復帰病院は、戦争で負傷したり情緒的外傷を抱えて回復期にある退役軍人のために設立され、家畜類や馬などのいる作業農場や、自然な状況で動物に会える広大な公園もありました
ある時、足を負傷した大尉が犬を飼って気晴らししたいと申し出、3匹の子犬がセンタ−へ送られてきました
わずかに早く到着した美しいシェパ−ドを大尉はフリッツと名付けます
幸いにも、厩舎係の軍曹は犬の訓練を心得ていたので、大尉は彼からトレ−ニング法や世話の仕方を学び、毎日2時間の犬の訓練がリハビリテ−ションのプログラムに組みこまれました
こうして、犬との交流による治療効果が確認されたのですノルウェ−では1966年、中央部にリハビリテ−ション・センタ−が設立され、ベイスト−レンと名付けられました
設立の推進力となったのは、盲目の音楽家ア−リング・スト−ダルと妻アンナです
夫婦は、理学療法とスポ−ツ・プログラムに加えて、犬や馬を導入しました
その成果はめざましく、目の見えない人々がスキ−や乗馬を学び、その技術を見事に身につけ、成功したプログラムは現在でも継続されています1960年代のアメリカでは、心理学者のボリス・M・レビンソン博士が登場します
イエシバ大学の臨床心理学者である彼は、人間特に子供にとってペットとの接触が治療的な利益を与えることを詳細に報告した最初の人です
そのきっかけは、彼にたまたま起こった実体験でした
引きこもりが強くて治療が長引いていた子供が、約束より1時間早く到着したところ、レビンソン博士の飼い犬であるジングルズが子供のもとへ駆け寄って歓迎しました
それをきっかけに子供は心を開きはじめ、以後のセッションでも犬を介してよい治療関係を作ることができ、他のケ−スでも折を見て犬を登場させるようになったのです
レビンソン博士は、ペットが「過渡的な対象」として機能するとし、子供は最初にペットと、次にセラピスト、そして他の人々との関係を形成できると考えました
そして、経験的なことを積み重ね、さまざまな理論を作り出し、情緒障害児のための入院治療センタ−や学校、身体的な病気のための病院、身体障害児や聾唖者、盲人、知的障害を持つ子供のための訓練学校などにおいて、子供たちがペットと触れ合う効果について記述しましたレビンソン博士以降は、1960年代にミシガン大学医療センタ−内の児童精神科病棟で、イェイツらが雑種犬「スキ−ザ」を治療に導入し、子供が環境に融け込んだり、コミュニケ−ションを円滑にすることを犬が後押しすること、また犬が遊び相手や話し相手になることなどを観察しました
1970年代には、オハイオ州立大学医学部のサミュエル・コ−ソン博士とエリザベス夫人が、初めてアニマルセラピ−を系統的に評価することに成功しました
コ−ソン夫妻は、それぞれの患者に合った性質の犬を選び、患者との交流を試みます
精神を病んだ人々は、犬たちに食事を与え、入浴させブラッシングをするという作業に没頭し、やがて自分の身の回りに気を配るようになり独立心が育まれていきました
中には、全くコミュニケ−ションがとれなかった寝たきりの精神病患者が、ベッドを離れついには退院できるほどに回復したという信じ難い例も報告されています
また同じ頃、オハイオ州のリマ州立病院のソ−シャルワ−カ−であるディビット・リ−は、犯罪性のある精神障害者がペットを飼育することによって、暴力をふるうことが減ったり、モラルを改善したり、信頼レベルを向上させたりするという効果を報告しました
アニマルセラピ−のプログラムのない病棟のほうが、自殺の試みや暴力事件の起こる確率や、薬物治療の請求率が高いことも示しています同じ頃イギリスでは、一人住まいの高齢者年金受給者に対してセキセイインコか鉢植えを渡し、5ヵ月後に心身調査を行う研究がされたところ、サキセイインコの方に強い愛着を示し、他の人たちとコミュニケ−ションをとることが明らかになりました
世界を震撼させたのは、1980年、アメリカのエリカ・フリ−ドマンらが発表した研究報告です
彼らは、心筋梗塞の発作後1年経った患者の延命率を調べると、ペットを飼っている患者の方が3倍も生存率が高いことがわかったのですアニマルセラピ−の中で最も新しいのは、イルカセラピ−です
1972年、州立フロリダ国際大学のベッツィ・A・スミス博士が、知的障害を持つ弟にイルカがやさしく接するのを発見したことがきっかけで研究をはじめました
このように世界各国で、研究者たちの努力があり、その活動を支援する組織も次々と作られます
アメリカワシントン州に本部を置くデルタ協会、英国のSCAS、フランスのAFIRAC、オ−シトラリアのIEMTなどです
日本で最も早く訪問活動をはじめたのは、厚生省所管の社団法人・日本動物病院福祉協会で、1986年にCAPP活動(companion animal partnership program 人と動物のふれ合い活動)をはじめています
獣医師とボランティアが動物を連れて、多くの老人ホ−ムや心身障害施設、児童福祉施設、病院を訪れています動物と入居者が共に暮らしている施設はあまり多くはありませんが、福岡高野病院では、ウェルシュ・コ−ギ−の病院犬「クララ」を育てしつけた後、病院の敷地内に「人と動物のふれあいハウス」を建てています
毎週水曜日にはハウスにやってくるクララは「水曜日の恋人クララ」と呼ばれ人気者
同病院には小児・思春期の心身症を扱う心療内科が併設されており、その中の登校拒否で入院している中学一年生の患者は、「登山療法」に参加した時、「短足のコ−ギ−のクララでさえ頑張って登りきるのだから、自分も努力しようと気力がわいてきた」と言ったそうです
歴史を見てみると、アニマルセラピ−は、多くの偶然の中で発見された治療法のようです
偶然動物と遊んでいる人を研究者が見つめた時、患者さんがいい表情をしていたということろからはじまったのだと思います
どんな病気を持っていようが差別することなく愛情を持って接してくれる動物に、人は愛情を感じ力をもらえる
本来ならば、人が人に対してできることなのかもしれません
でも、人の心は複雑で、心の底から相手を思いやって愛情を注ぐことは難しい
それを動物たちは、無償でやってくれるということを気づいたところからアニマルセラピ−の歴史がはじまったように思います
本を読めば読むほど、現場へ行って動物とふれあう人々の表情を見たいという衝動に駆られます
動物たちに触れ、患者さんにどんな変化があったのか、しっかりと見てみたい
そして、アニマルセラピ−にはどんな問題点があるのか、問題を解決するために何が必要なのかもレポ−トしたいと、今あちこちに取材交渉をしています
患者さんのプライバシ−がありますので、取材交渉には時間がかかりますが、ご理解していただくために努力をしていますので、もう少しお待ちください
<参考資料>
本文中の囲いの部分は、下記の2冊を参考にしてまとめました
横山章光著 NHKブックス 「アニマル・セラピ−とは何か」
林 良博著 講談社 「検証アニマルセラピ−」
<文責/泉 あい>
GripForum - アニマルセラピ−スレッド
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コメント
アニマルセラピーというのは 僕は忘れかけている癒し 治療かもしれない
昔ハッチンという犬をかっていた 結構仲よくしてたので 動物好きだったのだろう
それはハッチンが死んでから二十数年 殆ど動物と接しなくなって 疎遠となった
そして今腹痛に悩まされている もう半年以上腹痛だ 神経薬も漢方も運動療法もあまり効き目がない
アパート暮らしだから犬は飼えないが 知り合いのペットと遊んでみようかな
心によさそう
投稿: ゆにこ | 2005年7月 2日 (土) 08時13分
ゆにこさん
ペットロスの経験は私もあるのでよくわかります
私もブルテリアが飼いたくて飼いたくて
先日吉祥寺のペットショップで見つけて、抱かせていただいたんです
そのブルテリアも私になついてしまって、アイフルのCMみたいでした
でも、私の住んでいるマンションもペット禁止なのですょ
それで馬のところへ通っています
抱きしめてくれる男性の代わりに馬の体温を感じているのは、さみしい女って感じだけど、多分彼氏が近くにいても馬は私にとって必要な存在だと思います
動物と接していると、案外自分でも知らなかった自分自身をみつけられることがありますょ
投稿: ぁぃ | 2005年7月 2日 (土) 12時39分
今、「アニマルセラピー」を最初からジックリ拝見しております。歴史の項に来て、思いついた記憶をご参考までに・・・・
私の親しい友人に松井新二郎さんがいます。もう亡くなりましたが、盲人福祉に先覚者の一人です。日中戦争に従軍し両目を失明しました。そして当時、数カ所にあった官立傷痍軍人療養所で加療し、更正訓練を受けたのですが、そのとき、ドイツから移入した盲導犬で独行訓練を受けました。これが日本における盲導犬第1号です。
年代は忘れましたが、日中戦争従軍で重傷を受けられたのですから昭和12年以降、終戦(昭和20年)の間であることは確かです。西暦で言えば、1937年〜1945年の頃です。傷痍軍人に対する広い意味のアニマルセラピー実践だった、と評価できると思います。
いずれにせよ、日本の盲導犬育成史は、松井新二郎さんの盲導犬をもって第1号としています。
因みに松井新二郎さんは、東京・四谷に「日本盲人職能開発センター」を設立し、情報機器の普及を中核に失明者の新職業開発に大きく貢献され、晩年、日本盲人社会福祉施設協議会理事長を勤められました。ご参考まで。
投稿: 新治太郎 | 2005年7月10日 (日) 23時49分