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2005年6月15日 (水)

記者クラブの表と裏 【取材記13回目】 

6月10日取材

新人記者の方2人にお話を聞きました
全国紙本社勤務、入社2年目の女性(Aさん)にインタビュ−、全国紙地方支局勤務、入社4年目の女性(Bさん)にはメ−ルでお話を伺いました
まだ、記者経験が少なくて頭のやわらかい記者さんが、記者クラブについてどんな風に考えていらっしゃるのか、今までのインタビュ−で浮き彫りになったことを踏まえて質問をしてみました

私が個人的にうらやましいと思っている交通手段についてBさんは、
基本は車ですが、タクシー券も使い放題です
地方支局は大体そうですが、横浜とか京都とか大きなところは車の使用禁止だし、東京、大阪、名古屋、福岡の4本社も禁止です
確かにバブル以前に入社した人のタクシーの使い方の感覚は私は理解しがたいし、私と話の合う記者はそういう人が多いですが、中には勘違いしてえらそうにしてる奴もいます
私は以前にいたころは自分の車と自転車でほとんど用が足りていましたが、今の配属先は道が狭くて駐車場が少ないので、タクシーに乗ることも多いです
極力電車などをつかうようにはしていますが、どうしても車で10分のところが3、4倍はかかるので
それから、事件が起こって睡眠時間が著しく少ない時は、気の利いた上司ならタクシーをつかうようにいいます
実際、それで事故を起こした人もいるし、命には変えられない
私も今日はちょっとやばいな、と思ったら遠慮なくタクシーにするようにしています
かえって迷惑をかけることになりかねないので
地方はどうしても、公共交通機関が発達していないので、タクシーをつかわざるを得ないところもあると思います

と言います
一方、Aさんは、私が「移動は電車ですか?」と質問すると、
ハイヤ−です
と小声が答えるあたりがかわいらしいじゃありませんか
彼女は、本社勤務と言っても新人たちがみんなはじめに経験するというサツ回りをしています
電車では行けない警察署もあるし、なるべくたくさんの署を回らねばならないので、やっぱりハイヤ−じゃないと死ぬっていうか
こんな暑い中だとハイヤ−じゃないとヤバいって感じですね
でも、朝はなるべくハイヤ−代を節約するため、家からどこかの署に行くのに電車を使っています
そこから次に移動するのは、携帯で連絡してハイヤ−を呼びます
私も最初は『すみません』って感じだったんですよ
『ハイヤ−って、え−−、止めてくれよ、私22歳なのにハイヤ−かよ』ってずっと恐縮してたんですけど、運転手さんが『私ら待つのが仕事ですから、そんなに恐縮されると困ります』と言われ続けて、『そうだよなぁ』と
何かあったら、すぐに現場へ行かないといけないので、そのためにもハイヤ−をつないでおく必要があるんです

私が驚いたのは、そのハイヤ−の中にプリンタ−とFAXも乗っているということです
それは、記事ができるまでに何度も原稿のやり取りがあるために必要だそうです
その話を聞いて、自分の記事がデスクによって根こそぎ書き換えられる新聞社ばかりではないと知ることができました
原稿を破られるのは儀式だと聞いていたんですけど、『全然原稿の形にはなってないけど、行く行く覚えていけばいいから』という感じなんです
私の場合は、キャップが直して、デスクが直して、その後校閲記者っていうのがいて、『てにをは』とか漢字の間違いとか、こんな用語はおかしいとか、住所が間違っているとかを直してくれる
例えば、どこどこって住所を書いたら、それが本当かどうか地図で見てくれるんですよ
校閲の仕事は鮮やかですね
そういう人が直した後、文字数を調整する人がいるので、全部で4回直す人がいるんです
私は外に出ていることが多いので、ハイヤ−にFAXが積んであって、『あなたが書いたこの原稿はこれですから、見てください』と勘違いなどを防ぐために何回も何回もやり取りします
じゃなければ読み上げというのがあって、中にいる人が『君の原稿がこうなりました、読みまぁ〜す、何月何日、どこで何が』と電話でやり取りすることもあるんですよ
泉さんの取材記を読んで違うなと思ったのは、『自分が書いた原稿をデスクの意図で捻じ曲げられて』という話があったと思うんですけど、今どきそういうのはないんじゃないかと
古いんじゃないの(笑)と思います
新聞社にいて辞めてフリ−になった人って思い出が古いんですよ
そういう人しか新聞社について発言をしないから、その時代のことが今読まれるわけですよね
古いんじゃないの?もうそんな時代じゃないぞ?という気持ちが本当にします

こういう反論は、すごくうれしいと思います
私が書いたものに対して、「本当は違うのに」と思っている人は大勢いらっしゃると思うけど、なかなか聞こえてきません

プレスリリ−スがたくさんあって、なかなか取材に行けないというギャップを持った新人記者の話について質問すると、
Aさんは、きょとんとした表情を見せ、
多分私は恵まれていて、普通は担当がひとりしかいないところに今は2人いるんですよ
私は、パシリ(使い走り)的な役割で、先輩がリリ−スの中から取材が必要なものを抜き出して私に教えてくれるんです
それで、私は現場に行って取材をします
入社する前は、全部現場に行くものだと思っていたんですが、電話で取材することもあるんだねと思いましたね

と、記者クラブにいる時間よりも、外で取材をしている時間の方が長いといった様子です
Bさんも、
地元紙の記者は大体いつも記者クラブにいますね
物理的に会社がちょっと遠いので作業部屋としての意味合いもあるし、聞いてみたことはないけど、社の方針なのかもしれません
全国紙と地方紙は働き方、記事の書き方などはぜんぜん違うなとは感じます
うちの会社は記者クラブや会社にいるよりは外でぶらぶらしてるほうがいい、アリバイみたいに遅くまで会社にいるなら飲みに行ったほうがまし、というムードがありますね
上からもそう言われましたし、私も実際そう思うので後輩が張り付いてると外に出るように言います
腰の軽い、重いは会社というより個人的な問題だと思います
そもそも、警察担当ならともかく、行政などの担当で突発なんてそんなにないし、あったとしても会社にファックスが来るようになっているので、張り付いてる必要なんかぜんぜんないんです
警察からもファックスが来るので、私はぜんぜんかまわず出歩いていました
心配性の人は夕刊帯(夕刊が締め切られる1時、2時ごろ)はずっといたりしますけどね

とおっしゃいます
いろんな記者さんがいらっしゃるとつくづく思います
AさんもBさんも、プレスリリ−スに埋もれて仕事をする記者のことを信じられないといった様子でした

では、当局の方との人間関係はどうでしょうか
まだ経験の浅い記者たちが、年齢の離れた当局の人と人間関係をどう作るのか、そもそも作る気はあるのか、私は非常に興味がありました
Aさんは、
刑事さんに『何かありますか?』と聞くのもあるし、雑談して仲良くなっておくということもあります
いざという時に突然行って『すみません、教えてください』と言っても、初対面の人と面識がある人では、コミュニケ−ションの取れ方も違うじゃないですか
そのために、普段から人間関係を作っておくんです

ここまではマニュアル通りというところでしょうか
私は更に意地悪な質問をしました
「答えないと決めてる人もいるでしょうし、愛想なしの人もいるでしょう?」
すると彼女は、
一応、記者はしょうもない話をして俺の仕事を邪魔して帰っていくというのを広報はわかっているので、まぁまぁぼちぼち対応はしてくれるんですけど、人の性格によるんですよね
上の空の人もいます
仕事熱心で、自分の仕事に責任を持ってる人とか、見ててちゃんと仕事をしている人だったら、きっと対応してくれるだろう
でも、そうじゃない人もいる
『おっさん働いてるの?なんでそんな役職ついてるの?』っていう人もいるわけですよ
そういう人たちってういうのは、だいたい私とは話が合わないんですよ
合わないんですけど、一生懸命しゃべらなきゃいけない
息子をほめるとかあのテこのテで、無理やり仲良くなるわけですよ
そういう人は、核心をついた話なんてしたらプイってなっちゃうのが目に見えてるじゃないですか
触れたくないなぁというより、触れても出てこないと思いませんか?
言っても出てこない人に聞くというのは、意味ないじゃないですか
その署ににまともな人が広報担当以外いるわけですよ
やり方としては、広報担当が話してくれそうもない署では、それ以外の人と仲良くなるようにしておいて、いざという時はその人から聞ければいいとは思うんですけど
でも、まだ経験ないですから、経験なければ何でも言えますよ

と、若いのに人をよく見ていることに感心しました

Bさんも、やはり人間関係を築いておくことは大切だと言います
もちろん、築く努力はします
そのことによって、『中で本当は何が起こっているのか』により近づけるのも確かです
その人間関係を壊すことを書けるかどうかですが、相手も『書いてもいいぞ』という部分もあって話してくれるわけだし
ただ、日ごろ付き合っている人に不利になるような(例えばその人自身の不祥事)ことに関しては、つらいけれども書きますよ
書く前になぜ書くのか、きちんと説明にもいきます

やはり、つらいけれども書くべきことは書くというのが、ほとんどの記者さんのお答えです

今までインタビュ−させていただいた記者さんには聞いていない質問も投げかけてみました
上杉隆さんのインタビュ−の時に話題になったことで、アメリカの新聞社は、新卒を採らないという話について聞いてみると、専門的な知識がないのは、逆に万人に理解できるという点で2人の意見が一致しています
まずは2年目の記者さんの話から
記者の立場で言うと、専門知識があった方がそりゃいいと思いますよ
警察を回っていても、刑法のことがわかんないわけですよ
読者にの立場に立つと、アメリカと日本の新聞は違うところがあって、アメリカの新聞は、ハイソサイエティ向けじゃないですか
大衆紙とクオリティペ−パ−と分かれてますよね
クオリティペ−パ−を読んでいる人というのは、ある程度専門的な知識を持った人が書いてて、持った人が読む
日本の新聞ってそうじゃないじゃないですか
だから、すごい専門的なことを知っているばっかりに、意味がわからないということもある
大学の時に『よっしゃ、大学生だ、これで私は日経新聞を読んで、知識を蓄えるぜ』と思って日経を読んだら、何もわかんないわけですよ
18歳の娘が日経新聞読んでも『わっかんねぇ』ってことで、読むのを止めちゃうんですよ

Bさんも、
日本の新聞記者は『わかってない人間がわかってないことを前提に聞きに行って書く
それが一般読者にもわかりやすい記事なんだ』というスタンスで育てられます
確かにあまりに詳しくなると、無意識に専門用語を使ったり、『常識』のレベルが上がったりする弊害はあるのですが、でも、もうこの教育システムも限界かな、あまりに無責任な記事が多くなりすぎてるな、という気はしています

結局のところ、専門知識があって、それを噛み砕いて書いてくれる記者が、日本の読者にとってはありがたいということだと思います

もうひとつ上杉さんのインタビュ−から、「欧米のマスコミと比較して、日本のマスコミは、基本的には6大学を卒業した人か、優秀な大学を卒業した人しか採らない。学歴で採用を決めるのは差別的なところだと思います」という話をぶつけてみました
この質問に対する答えは、私にとってはお2人とも予想外のものでした
Aさんは、
それは、大学に行ってる時も高校に行ってる時も思ってたことじゃないですか
私はごく一部の限られた層の人間なんだとは、昔から思ってきたことだし、そのまんまの道を踏み外すことなく歩んできてしまって、私このまんまでいいのかしらという気持ちはもちろんあります
だからと言って、わざわざ自分がやりたいくないことを目指して今から道路工事をやるわけでもないし
それは会社という意味では、どこの会社も同じじゃないですか?
新聞記者でも、いろんな体験ができるし
普通に道路でヤクとか売ってて、日雇い労働者がいて、シャブ中がいて、放火が起こって、風俗がいっぱいあるようなところで、夜中中ずっといて、その人たちの話を聞くっていう人がいれば、それを欺瞞なんじゃないかと言う人もいる
『自分はエリ−トなのに、そういう労働者の中に入っていって体験するのはおこがましいと思わないのか』
『いや、先ずやってみるべきだ、やってみないとわからないことがたくさんある』
何が言いたいかと言うと、やる気になれば、自分たちがなれないような人たちと触れ合うことができる
私が新聞社以外の企業に入っていれば、得られない経験だろうし、逆にそこの企業でバリバリに知識を身につけたら、それは閉鎖的な集団じゃないですか
どの空間も閉鎖的じゃないかなということなんですよ

そういった後、彼女は私に質問しました
高卒の人がいるっていうのは、どういう企業ですか?
私は、自分が以前にいた有名企業の名前を出し、そこには大卒も、高卒も、中卒もいると説明しました
するとAさんは、
これはいやらしい話なんですけど、私のいた大学とかは、そういう企業に入らないんですよ(笑)
だから、そういうところとしか頭の中で比べられないので、別にそうでもないんじゃないって思ってしまうんですけど、その思考自体が閉鎖されたところにいるんだと思う
新聞記者やってても、ヤクザとは付き合うことはあるし、それで付き合って情報をもらうということもありますよ

エリ−トコ−ス以外の社会を知らない彼女にとって、エリ−トのいない企業は、視野に入ってなかったようです

Bさんは、
大卒は資格になっていません
でも入ってくる人間の大学分布はあんまり変わってないんじゃないかなあ
でも、社会人経験者も多いし、いろんな大学の人がいますよ
一般の一流企業よりはよっぽどバラエティに富んでると思います
私は、人から見たらまちがいなく『エリート』なんだと思います
私はエリートとしての責任を負ってやっていこうと思ってます
人よりも要領はいいし、仕事は早いし、理解力もあるし、物事を分析する力にも恵まれた
だったらこれをつかって何らかの形で社会に還元できれば、と思います。おこがましいかもしれませんが。
誤解を招くかもしれませんが、学歴はやはりそれだけのことはあると思いますよ
もちろん例外はありますが、偏差値の高い大学を出た人はその分、仕事もできる人が多いです
そして、世間では心がゆがんでるようなイメージをもたれてますけど、人の心を理解する能力にも長けている人が多いです
誰かに感情移入をして物を書くのは簡単ですが、それを社会の中で全体を見渡して、説得力のあるものにするための作業って、とても難しいですよ
気持ちはわかる
でも法的にはどうなのか。行政としては。一般的にどう受け止められるのか
対立しているのならば、どちらの主張がどんな意味をもつのか
裁判なんかそれぞれの弁護士がそれなりの理屈を作ってきますから、『うわー、どっちも正しいんじゃないの?』みたいなこともあります
それをどう判断していくか、どんな書き方をするか、それを締め切りまでにするのは、結構大変な作業です

と言っています
私は正直「おいおいちょっと待ってくれよ」という感想を持ったのですが・・・
先ず、エリ−トの人の心がゆがんでるなんて思ったことはありません
一流大学を出ているからいいポストについているという人がいれば、それだけ高い給料をもらっているわけですから、できて当たり前でしょうぐらいの気持ちは持っています
感情移入をせずに、冷静にものを判断するのは確かに難しいことですが、エリ−トならばそれに長けているというのは、今ひとつ説得力がありません
私は、有名大学を卒業した方が「できない」と思っているわけではなく、エリ−トだからできるという理屈が理解できないのです

Bさんは、こうも言っています
新聞社というのは組織です
だから、組織でやっていくことができる人間を選ぶのは当たり前のことだと思います
組織が向かない人ならば、フリーでやるという方法をとればいい
私は、問題は『新聞社が組織に合わない人を選びたがらないこと』じゃないと思うんです
組織は苦手でも、フリーのジャーナリストとしては優秀な人がたくさんいて、新聞社にしがみつくエリートなんかには絶対かけない記事を書く人がたくさんいます
ただ、今の日本には、それを受ける場ーーつまり新聞なり週刊誌なりが、たとえいいと思っても、外部の記事を使うという習慣がない
どうしても一般の人の目につくのは、似たような考え方のエリートたちが書いた記事、ということになりますよね
もっと柔軟に使えるシステムがあればいいと思います
その意味で、インターネットは光かな、と思います

新聞社が、フリ−の記者が書いた記事を載せるというアイデアは、私ははじめて聞きました
企画のコラムなどでは、フリ−の記者が書いたものを見たことがありますが、ニュ−ス記事では見た事がありません
そういうことが実際に起これば、新聞記者とフリ−の記者との役割分担ができるのではないでしょうか

役割分担ということでは、通信社についても話を聞いています
記者発表は通信社に任せれば、新聞社はもっと他のことを取材できるのではないかという案です
Aさんは、
通信社から買うべきだと思います
私はぺえぺえですから、デスクが私の原稿を信用しないわけですよ
こないだ見ててショックだったのは、通信社から送られて来た原稿を見ながら私の原稿を直してるんです
『はい−−−?』みたいな!
『通信社はこう書いてるけど、どうなの?』『もう一回聞きます』というやり取りをするんですけど、『じゃあ通信社ので書けばいいじゃん!買ってるんでしょ!それを!』って思いますよね

Aさんは傷ついているように見えました
デスクは、自分の部下が正しい記事を書いているのかを見極めるために通信社から記事を買うのでしょうか
こういうことは現実にあることなんですか

一方Bさんは、全く反対の意見です
とんでもない。ありえない、と私は思います
新聞を読み比べればわかりますが、記事の書き方は同じ発表でもまったく違います
行政の作った回りくどい発表をそのまま字にする人、データを付け加えて深みのある記事にする人、独自の視点で批判をする人など
私も1,2年目のころはよく、他社の記事をみて『なるほど、こういう書き方があったのか、しまった』と悔しい思いをしましたし、どんな記事を書くときだって何か人と違う自分なりの突っ込み方を考えます
『当局の発表=垂れ流し』というイメージは、新聞をきちんと読んでいない人のものだと私は思います
少なからず、そういう記者がいることも確かですが
当局の発表なんて、ほんのとっかかりに過ぎません
『ジャーナリズム=すっぱ抜き』(=特だね)だけではない、特に今の新聞の役割はもう違ってきている、と私は感じています
これは私がほんの数年前までただの学生だったからいえることでもありますが、政治家や誰かのスキャンダルだけが大切でしょうか?大きな汚職事件だけが大切でしょうか?
もちろんそれが大切な面もありますが、日常生活を作っていく行政がどのような金のつかい方をし、どんなふうに暮らしを作っていこうとしているのか、それをシビアにみることだって大切ではないでしょうか
特に地方都市では、行政機関は唯一かつ絶対の『大企業』です
そのあり方を見つめる存在だって必要です
そもそも、『ネタをとる』ということはリスクです
人の家の前で待つことすら非常に抵抗が強い今、新聞社が盗聴などの手段をつかうことはありえない
だとすれば誰かの『好意のリーク』に頼るしかない
最近のアメリカのマスコミが陥ったことでもありますが、誰かがネタをリークするとき、(特に政治がらみだと)そこには必ず思惑があります
誰かを陥れたい、そうでなければ、内部にいる人が本当に『これではいけない』と思って告発をするか
いずれにせよ、内部の人がきちんと言葉にする作業が必要です
私がこの仕事について一番感じるのは、きちんと言葉にできる人が日本には非常に少ないことです
それをマスコミだけの問題にしすぎている
マスコミを支えるのは一人一人です
その感覚が欠如しています
たとえば、町にでてインタビューをすると、いい年をした若い男性が『僕そういう難しいことわかりません』という
もしくは、好き放題自分の意見を語っていた人が、名前を聞くと『いいわあ、もう書かかないで』という
名を名乗り、意見をいう、そして話し合うという、民主主義の基本が崩れているんです
そのことを忘れてマスコミが、マスコミが、というのはあまりに無責任だと私は思います

と、とても長い文章の中に、そのお気持ちが込められていると感じます
記者が書く記事は、どんな記事にも思いが込められているということなのでしょう
ここに書かれているのは、Bさんのプライドだと思いますが、少々頑なな気もします
私は、通信社を頼る案に賛成なのですが、全ての発表に関する記事を通信社から買えばいいとは思っていません
要するに、時間に追われて取材ができないというのなら、それは本末転倒
だったら、通信社をうまく活用すればいいと思うのです

記者クラブとは直接関係ありませんが、このBさんのお話の内容に少し触れたいと思います
『好意のリーク』の話ですが、何かを話す時って、必ずその人には思惑があるのだと私は考えています
それが誰かを陥れようとしているのかどうかはわかりませんが、私はインタビュ−をしていて意識するのは、取材対象者は、多くの人に伝えてほしいと思うから話してくださるんだということ
ただ、政治や事件を扱う記者さんにとっては、私が意識していることは、あまいということになるかもしれません
でも、取材対象者の思惑を、ある程度は読み取った上で、リスクを背負う必要があると思いますが、私はジャ−ナリストとしてそこまでの仕事をしたことがないので、正直はっきり言えません
理解できるのは、取材対象者もリスクを背負ってるということです

もうひとつ、「きちんと言葉にできる人が少ない」というのは、私も街頭インタビュ−で肌で感じることです
確かに、そういう人に会うと苛立たしい気持ちになります
そういう人が「マスコミが」と言っているかどうかというところまでははっきりしませんが、一般に自分の考えを言わない人や自分の考えを言う時に名乗らない人は多いし、マスコミ批判をする人も多いと思います
でも、マスコミ批判は私は必要です(と言い切ります)
もちろん根拠のないところから批判をするのは困りますが、偏った報道をするメディアを見ることは日常的にありますから、そういう時に読者や視聴者は、本気で怒るべきだと思います

記者クラブに話をもどすと
記者クラブをオ−プンにしないことを問題だという声は、今まで多く聞いていますが、Bさんの所属なさっている記者クラブは、基本的にはオ−プンにされているようです
記者クラブは今はもう、『1社で動くより、まとまって要請したほうが効果が大きいからまとまってやりましょう』という程度の役割しかないような気がします
よほど目に余ることをしていれば別ですが、週刊誌などが『会見に参加したい』といってきたからといってことわることはまずないし
地方では逆の効果も大きいかもしれませんよ
東京などから来た記者、特に週刊誌ですが、本当に後のことを考えず荒らして帰ることが多いんです
地元は地元で『メディアスクラムの自粛』みたいな申し合わせをしますから
それを記者クラブに所属していない社にどう浸透させるか、が今は問題になってきています

記者クラブに所属していない記者たちが、一度だけ会見に出て、どんな風に荒らしていくのか
またメディアスクラムの自粛を浸透させる必要がどうしてあるのか
今回は、お互いに時間が合わなくて、質問することができませんでしたので、後日確認します

上杉さんのインタビュ−では、「日本人記者はバカにされている」という話が出ました
日本人記者の言い分も聞いてみましたので紹介します
Bさんは、
『バカにしてる』というのは、欧米の、ごく一部の記者の話なんじゃないでしょうか?アジアや中東の記者はどうなんでしょう?
ぞろぞろ歩いているかどうかは知りませんし、あんまり見たことないですけど、言葉の通じる人とより多く話をするというのは別に日本人に限ったことじゃないと思いますよ
英語を振り回している民族にはわからないかもしれませんが
彼らの乗りについていかないからといって、愛想が悪いのなんのって言われる覚えはないと思います
私が逆に不思議なのは、どうして欧米の記者は日本に赴任しても英語なんでしょう?
日本の記者はどこへいったって現地語を使うのが基本で、無理ならば英語、もしくは通訳を雇う、それが当たり前です
イラクに行って現地の人に英語でインタビューして、それが当たり前であるかのような感覚って乱暴だなと思います

経験の少ない新人記者でも、プライドをお持ちです
ジャ−ナリストとしてできることを模索し、会社員としての役割を果たしていると感じました
ただお2人ともが、ご自分のことをエリ−トだと自覚していらっしゃることには正直おどろきました
挫折を知らないエリ−トたちが、壁にぶち当たった時どうなるのかと、知識も教養もない私が心配するのはおかしな話ですね
でも、エリ−トたちが、本当にBさんがおっしゃるように完璧とも思えるほど優秀なら、どうして私たちはメディアに不信感を抱くのでしょうか

私がメディアに対して不信感を抱く時
それは、自分が詳しく知っている情報に対して、重要な何かが抜けているという時です
それを考えると、新卒の記者と専門職出身の記者の両方が新聞社の中にいることの方が自然だと思います
それは、記者クラブについても同じことで、ある特定の記者だけで構成されている記者クラブは、理屈抜きに不自然だと改めて感じます
今回のテ−マでは、いろいろな方にインタビュ−して、いろいろな考え方や、いろいろな記者クラブの形があるということはわかりました
でも、当事者が問題だと感じない限りは、変えていくことは難しいと思います
だからこそ、組織というものには、いろいろなタイプの人が必要なんだと考えます


Aさんが新人研修についてお話してくださったのでご紹介します(順不同)

新人研修は、1週間東京であって「我が社のすばらしいところはここだぁ」みたいな会社の全体の話を聞きます
9時から5時までそんな話を聞いていて、その後、自分の担当の先生というのが付いて、10人ずつぐらい班ごとに分かれて飲みに行くんですよ
飲みに行って、次の日会社なのに、先生が朝まで飲ませるわけですよ
だからあえて記者は、いっぱい飲んでも次の日がんばらないといけないんだぞという、それも研修みたいな(笑)
先生は40過ぎぐらいの副部長で、自分の先輩を何人か連れてきて、話をするんですけど、その先輩という人ははかなり偉い人なんです
そのおっさんらに囲まれて、昔の手柄話とかを「わぁ、すごいですねぇ」と言って聞くんです

飲み会の時に、誰か寝てると、すごい剣幕で先生は怒るんですよ
仕事中ということなんですよ
やっぱり寝るというのは失礼じゃないですか
寝てしまうと怒られるのは、乱暴ですけど理にかなっていると思いますね

飲み会は1週間毎日ですよ
先生によるんですけど、私は結構淡白な先生に当たったので、2時ぐらいに帰るんです
1週間同じ先生で、昼寝てるのかと思ったら寝てないんですよ
研修の最後で言われたんですけど、私たちは先生が飲みたがるからしょうがねぇなと思ってたんですけど、会社の方針としてそうなっているという話
「先生たちも大変だったけどがんばりましたね」という話をもっと上の人にされてて(笑)
「もう死にそうだよ」と最後の方で先生が言ってました

記者になりたいという人は、超文系という人が来るので、「インタ−ネットなんかほとんど見たことないとか」(笑)結構いるんですよ
でも、私がおそろしかったのは、本社での研修で「紙の媒体が残ると思う人は手を挙げなさい」と言われた時、新人記者60人のうち、59人が手を挙げたんですよ
「おい−−−!」と思って、「よし、下げろ、君たちは何もわかってない」と、いかに紙の媒体がやばくて、これからITでどうやって儲けていくのかっていうのが、会社的にすごく大事なんだという話がありました

<文責/泉 あい> 


「記者クラブの表と裏」というテ−マは、記者クラブによっても話が違うようですし、人によっていろいろな考え方があるようなので、このまま継続して取材をします
ただ、次のインタビュ−の予定まで、時間が空いていることもあるので、ここで一旦区切り、インタビュ−の取材記は後日掲載させていただきます

明日からは、「私なりのネットジャ−ナリズム」と題して、半年間「Grip Blog」をやってみてわかったブログの限界を踏まえて、私なりの答えを提案していきます

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コメント

記者クラブの実態は世代によって全然違うし、記者クラブに対する考え方もフリーと社員、元社員と現役社員、新聞社員とテレビ局員で違うことが今回の連載で分かりました。個人的には、テレビ局の人の意識が最も一般の感覚と離れている気がしました。同時にいちばん記者クラブ制度を便利だと感じているのも地方テレビ局のようだと…。

通信社問題についてはBさんが言っていることは当然だと思います。通信社の記事でも、面白いと思えば追加取材すればいいのです。「紙面を埋めるため」に最初からリリースを当てにするが本末転倒なんです。それなら通信社の記事を使えばいい。個人的には東京新聞のスタンスが正しいと思ってます。国内発の通信社電にはクレジットは入れていないようですが。

それにしても、どんどん取材記の内容が充実してきていますね。きっと吸収の早い、要領のよい人なんだと思います。このブログはある意味で読者がジャーナリストを育てる「電車男」ストーリーなのではないかと思うようになりました。これからも頑張ってください。

投稿: 山川草一郎 | 2005年6月16日 (木) 12時11分

山川さん
いろいろな方へのインタビュ−を書いてきましたが、読者の方がどの方へ興味を持たれたのかなどを知るのは、すごくうれしいです
ありがとうございます
通信社のことは、今後のインタビュ−でも投げかけてみるつもりです

もういい歳なので、吸収は早くないと思うし、要領が悪い分必死になっていると思います
おっしゃる通り、私にとっての辞書は読者の方です
これからもいろいろご指導ください

投稿: ぁぃ | 2005年6月16日 (木) 15時09分

感想をもう一つ。学歴採用問題ですがお二人とも発言が若いというか初々しいというか、脇の甘さが現れていますね。「エリートとしてどう思うか」と聞かれたら「私はエリートではないですが・・・」と前置きして答えるのがオトナ社会のルールです。

ちなみに「みんなの就職日記」(http://www.nikki.ne.jp/company/63025/)によると、毎日新聞社を志望する学生が多いのは順不同で早稲田、東大、一橋、立命館、京大、慶応、法政、国際基督教大、筑波大などで、2004年度に採用されたのは早稲田22名、立命館9名、神戸5名、京大、法大各5名、慶応、東大、同志社各3名、熊本大、上智、明治、立教各2名、他17名とのこと。「その他の大学」は17人で早稲田に次ぐ多さ。どんな大学なのか気になるところですが、ここに挙げた大学ほど有名ではないから省略されたと思われますから、意外とバラエティに富んでいるのではないでしょうか。

ついでに日本テレビ志望の学生が多いのは順不同で東大、早稲田、慶応、中央、青学、明治、立命館、東京工業、法政、上智、京大、阪大、日大、同志社、立教、筑波など。2004年度採用大学は東大5名、慶応4名、早稲田3名、京大、横国大、筑波、上智、立教、明治、電通大各1名、でした。

投稿: 山川草一郎 | 2005年6月16日 (木) 19時26分

>>新聞社というのは組織です。だから、組織でやっていくことができる人間を選ぶのは当たり前のことだと思います。
この部分は、別に新聞に限ったことではないと思い出しました。10年前に大手競馬マスコミで仕事をさせてもらって
いた時にも同じ感じでした。フリーの人が、色々な意味で羨ましかったのを覚えてます。

ハイヤーの件は、また勉強になりました。単に社旗を掲げるだけでもなかったのだなと。

投稿: 某S | 2005年6月16日 (木) 21時40分

山川さん
そのデ−タ、単純に面白かったです
「他17名」って気になりますね
改めて、大学って何?学歴って何さ?って思います

投稿: ぁぃ | 2005年6月17日 (金) 02時21分

某Sさん
私は「おやじになんか頭下げられるか!お茶なんか出せるか!」と思い、音楽講師になりました
上京してからは、組織にどっぷり漬かりましたねぇ・・・
社会の仕組みを知ることができたので、それはそれでいい経験だったと思います

フリ−になって、今の自分のポジションには満足しています
依頼心のかたまりだった私が、自分の足で歩いていると実感していますから

投稿: ぁぃ | 2005年6月17日 (金) 02時37分

いいねー。
なかなか紙の記事になると書けないことも、
ブログだと書けるんだねー。好き。

投稿: | 2005年6月17日 (金) 04時17分

いつも拝見させていただいてます、新聞記者志望の学生です。
私も所謂「偏差値の高い大学」の学生なのですが、この記事に登場する自分を「エリート」と考える学生は一部だと感じます。 主観になってしまいますが、少なくとも自分の周りではあまり感じません。
というか、学歴って就職活動にもそこまで関係ないものなのだな、というのが今年就職活動を行った私の実感です。もちろん私の能力が低いのもありますが・・・・。

投稿: r.y | 2005年6月17日 (金) 05時00分

すいません上の続きです。>> 感情移入をせずに、冷静にものを判断するのは確かに難しいことですが、エリ−トならばそれに長けているというのは、今ひとつ説得力がありません
私は、有名大学を卒業した方が「できない」と思っているわけではなく、エリ−トだからできるという理屈が理解できないのです
この部分にすごく共感しました。学歴があってもなくてもデキルやつはできるし。読売新聞なんかは履歴書に大学名を書かせません。実力重視の世の中になったとき成功されるのは強靭な精神力と行動力をお持ちのあなたのような人だと思います。BLOG、応援してます。ご自愛くださいね!

投稿: r.y | 2005年6月17日 (金) 05時09分

>改めて、大学って何?学歴って何さ?
意外と知られていない事実ですが、「学歴」というのは本来、「義務教育を修了しました」「高校教育まで受けました」「大学で○×学を専攻しました」といった履歴のことを指します。
「東大卒」「早稲田大卒」といった学校歴ではありません。
従っていわゆる「学歴差別」というのは「応募資格:大卒以上」とかを条件にすることです。日本の大手新聞社はほとんどこの規定を設けています。違法ではありませんが、経済的事情などで大学に行けなかった人を門前払いするのは明らかに差別です。
大学を出た人が「有名大学じゃないから落とされた。学歴差別だ」と主張するのは少し違う気がします。その大学を選択したのは本人だからです。
また、マスコミ労働市場では圧倒的に需要(採用)より供給(応募)の方が多いですから、1社につき採用人数の数百倍の志願者が落とされます。
志願するのは有名大学の学生が圧倒的に多いですから、学校名だけでは有利になりません。むしろ早稲田のような大学だとかえって同窓同士の競争率は高いはずです。
落ちた人の多くは「学校名で落とされた」と思って納得しますが、有名大の出身者も大半が落とされているのです。
受かるのは学生時代に相当、主体的な活動を活発に展開してきたエネルギッシュな人か、そうでなければコネ子さんでしょう。
あと面接より前にペーパーテストで一般常識や時事問題の知識、論理的な記述力、描写力、発想のユニークさなども試されますから、コネなしで受かった人はやはりそれなりの人だと思います。
もう一つ、意外と知られていない事実として「最高学府」は大学一般のことを指します。東大のことではありません。
ついでに言うと、これだけ大学が大衆化してしまうと、有名大学を出ただけでは(揶揄的に「受験エリート」と呼ばれることはあっても)真の意味でのエリートではありません。エスカレーター式で有名大学を出てしまった人が「自分はエリートだ」と思い込むのが一番厄介です。
中には高い目標を持って有名大を目指し、卒業後も社会の役に立とうと頑張っている人はいます。彼らはエリートと呼べるかも知れません。エリートがエリートであることを自覚するのは大切なことですが、それを他者に表明する必要はないのです。

投稿: 山川草一郎 | 2005年6月17日 (金) 11時22分

名無しさん
読んでくださってありがとうございます

具体的にどの辺りにそのような感想を持たれたのか教えてください

投稿: ぁぃ | 2005年6月17日 (金) 22時12分

r.y さん
はじめまして

はじめてコメントいただいて、ずうずうしいのですが、質問させてください
今までのインタビュ−記事をご覧いただいて、「新聞記者になりたい」というお気持ちに変化はありましたか?
今までご想像なさっていた新聞記者の姿と、記者たちの話す現実の間に大きな差はありませんか?
答えていただけるとうれしいです

投稿: ぁぃ | 2005年6月17日 (金) 22時18分

私自身、記者の方の講演やOB訪問を通じ、記者が泥臭く、華やかな職業とは言い切れないのはあいさんの記事を見る前から一応知識としてはありました。   あいさんの記事を通じて、改めて記者職の現実を認識させられましたが、私は自分の好奇心を満たし、その職でなければいけないかもしれない場所、会えないかもしれない人を求めて記者職を目指しています。 しかし、 組織に属することなくここまでの記事を作るあいさんを見て認識を改めた所です。  

投稿: r,y | 2005年6月17日 (金) 22時57分

山川さん
私は、エリ−トだと思っている方が、ご自分のことをエリ−トと言っても構わないと思うんです
何のエリ−トであるかは人によって違うでしょうけど、それも個性だと思うのです
誰にでも得意分野があって、「○○が得意です」と言うことはあると思います
それと同じで、優秀な人が「エリ−トです」と言っちゃってもいいのかなという気はします

ただ、表現の仕方なのかもしてませんね
私も実際に、彼女たちからお話を聞いた時には驚きましたから
でも、驚いたのは、私がエリ−トではなくて、有名大学卒ではないための劣等感から来るものかもしれません

投稿: ぁぃ | 2005年6月17日 (金) 23時07分

r,y さん
早速のお返事ありがとうございます

私、取材の申し込みをして「お会いしましょう」と言っていただけた時にいつも思うことがあります
それは、去年までやっていた事務職なら、誰も会ってくれないだろうってことです
「ジャ−ナリストとしてこの人は、何かを伝えてくれる」と思ってくださるから、わざわざお時間を作っていただけるんだなぁってすごく感謝して、それに応えられる取材記を書こうと思っています
(こうやって文字にすると偉そうな感じがしますね、すみません)

r,y さんがおっしゃるように、会ってもらえると思ってもみなかった方に、この仕事をしているから会える
それは、宝物です
この仕事をすると、どんどん人が好きになって、ハマっちゃいますょ

投稿: ぁぃ | 2005年6月17日 (金) 23時22分

双方色々な思いが交錯した記事ですね!
両者とも感じたことをまっすぐ伝えてくれる姿勢が
がっつり心に響いてきました。
すごいメディアだなぁ、blog・・・

ちなみに私が尊敬できる方を頭に浮かべると
それはたいてい「道路工事系」の「おっさん」かもしれません。

地方に暮らしているせいかな、はは^^:

それにしても、言われてみれば
やっぱりヘッドラインはほとんどネットニュースかな。
起きるのも帰るのも遅いから、新聞にもTVにも
接する時間があんましないんですよね・・。

それでも私、紙媒体、結構期待しているんですよね・・・
情報量が多すぎるのと、情報の精度を判断できる頭がないので
どうもついていけないから
既に本に頼る生活にシフトしておりますので・・・ 

やっぱ地方だからなのかな・・。

投稿: ぼこ。 | 2005年6月23日 (木) 22時21分

ぼこ。さん
どんな仕事も楽じゃないなぁと、歳を追うごとに思います
これからの季節は、屋外でお仕事をなさる方に「ありがとう」と言いたくなりますね

私も、ネット上で活動しているのに、やっぱり頼りは図書館ですね

投稿: ぁぃ | 2005年6月23日 (木) 23時06分

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