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2005年5月 3日 (火)

競走馬の現実 【取材記3回目】 

Kodomotogureka 東京競馬場には、現役を引退した馬が10頭います
競馬が開催されている時、この馬たちはどんな仕事をするのか見てきました

競馬開催時の仕事を大きく分けると、人と接することと誘導に分かれます
人と接するのは、お客さんの前に出て、触ってもらう仕事です
誘導は、レ−スに出走する競走馬たちを本馬場へと導いて、レ−スを盛り上げる競馬には欠かせない存在となっています
どちらも現役時代には経験しなかった仕事です

人と触れ合う『展示』というお客様を接待する仕事は、約1時間半もの間つながれたままじっとしていなければなりません
それだけではなく、
「かわいい!」
「大人しい」
「おっきい」
と大勢の人たちが触ろうと押し寄せてやって来ますが、お客様の手に噛み付いて怪我をさせるようなことがあったら、大問題になってしまいます
馬はほんのちょっとジャレたつもりでも、人間にとってはかなり痛いものです
お客さんが大きな声を出したからと言って、500キロもある馬体が逃げ出したりしても一大事
もちろん係りの方は、すぐそばにいらっしゃいますが、馬へは、何か特別な調教がされているのでしょうか

展示馬には、注意が必要なことばかりでもなく、感動的な場面に出会うこともありました
知的障害を持った方がみえた時、人はみんなよけたけど、馬だけは自分から近づいて行ったことが、私の中に深く印象に残っています
人はみんな、差別して係わり合うのを止めようとしたのに、馬だけは、弱い人にほど優しくするのです
その表情は穏やかで、周りの人全てを包み込んだのでしょう
その姿を見た人たちは、みんな自分を恥じて、知的障害を持つ人を受け入れたのです
馬に教えられてできた人間の輪でした
あんなにこころが軽くなったことはなかったかもしれません
弱いものを受け入れること、優しくすることは、馬の本能なのでしょうか

馬は、悲しい目をすることもあります
展示されている乗馬センタ−からは、本馬場(レ−スするところ)が少しだけ見えます
引退したここの馬たちでも、現役時代のことを憶えているのか、ファンファ−レが聞こえた時と、馬の走る姿が見える時は、必ず本馬場を見つめています
その遠くを見つめる瞳が、どことなく悲しげに見えてしまい、
「走りたいの?」
と思わず語りかけてしまう私です
馬は、私の顔をじっと見て、あきらめたような表情を浮かべますが、これはきっと私の思い込み
でも実際のところ、現役時代には、調教でかなりの運動をしていたと思うのですが、引退した後の馬は、どの程度の運動をさせてもらっているのか、とても興味があります

Hasirustidojpg もうひとつの大きな仕事は、誘導馬としてレ−スに出走する馬たちを送り出すことです
とは言え、彼らも以前はレ−スに出走していた競走馬でした
長い間、速く走るための調教を受けて来た彼らにとって、ゆっくり美しく歩くことは、とても難しいでしょう
特に現役時代に優秀だった馬ほど、その訓練は大変なように見えます
現役時代には、本馬場へ出た途端、一目散に駆け出していたことを誘導馬たちは、忘れることができるのでしょうか

広い本馬場を、時には1頭だけで歩くこともある
馬は群れで行動する動物なので、1頭だけで行動するととてもさみしがり、いななくこともあります
馬たちにも人間と同じように感情があり、時にはそれを表に現すのは、当たり前のことなのですが、仕事中は我慢させなくてはいけません
競走馬のように、ただレ−スだけをこなしていればいいという仕事と、人の前に長い時間立ち、人々を癒す仕事をする誘導馬とでは、その仕事の質は全く違うものです
感情を殺して、長い時間仕事に集中させるために、どんな調教するのでしょうか

ここにいる馬たちは、誘導馬になるために生産されたのではなく、競走馬として走るために生まれてきました
競走馬として走ることと、誘導馬として働くこと、そのどちらを馬たちがしあわせと感じているか、私にはわかりません
でも、人は、誘導馬を見て美しいと思い、触れ合って優しい気持ちになれる
競走馬としては、人々の記憶に残らない成績しか残せなかった馬たちでも、私たちをしあわせな気分にしてくれることに違いはないのです
そのために、馬たちや関係者の方たちが、どのような苦労をなさっているのか知りたいと思います
また、多くの競走馬が引退して行く中で、どうしてここにいる馬たちが誘導馬になることができたのかも大きな疑問です
もっと誘導馬の数を増やすことができたら、生きながらえる馬が増えるということ
東京競馬場にいる誘導馬は10頭
JRAの競馬場は、全国に10ヵ所あります
それ以外にも、競走馬が引退して余生を過ごすための施設はいくつかあると私は認識していますが、引退していく馬の数に比べたら、圧倒的に少ない気がします
JRAにとって、これが限界なのでしょうか
連休明けにJRAが動き出したら、その疑問をぶつけてみたいと考えています

    【 覚書 】

  • 東京競馬場、競馬開催時の誘導馬の仕事

    開門時お出迎え
    9時に開門して20〜30分間、本馬場(芝コ−ス・ゴ−ル前付近)で観客を迎える
    観客から手の届く場所に3頭立っているので、こどもも大人も手を伸ばして馬の顔を撫でている
    何本もの手が伸びてても、目をつぶりじっと大人しくしている

    誘導馬
    レ−スに出走する競走馬が本馬場へ入場する際、先頭と最後尾を歩き、レ−スを盛り上げる
    この日は、午前中は2頭、午後から大きなレ−スで3頭誘導に出ていた
    GⅠなど大きなレ−スでは、6頭出ることもある
    NHKマイルの時には、1頭ずつお尻もレ−ス名の文字を貼られた
    お尻にJRAのマ−クに毛を刈られることもあるし、帽子をかぶらされたり花を付けられたりとオシャレに飾られることもある
    帽子をつける時も嫌がらずに、自分から頭を出している

    体験乗馬
    午前中150名、午後200名のお客様を背中に乗せる
    以前は、ナイスナイスナイスやト−ワタケシバ、エイシンシャ−マンもポニ−に混ざって働いていたが、最近ではサラブレッドは乗せていない
    (ナイスナイスナイスとト−ワタケシバは誘導馬を引退して、現在は三木ホ−スランドパ−クで乗馬をしている)

    乗馬展示
    乗馬センタ−の中で、午前中と午後、馬が2頭つながれる
    柵はなく、直接間近で馬と触れ合うことができる
    この日の午前は、メイショウレグナムとメジロスティ−ド
    午後は、ク−ルキャノン(サラブレッドではない)とマイネルグレ−カ

    元競走馬展示
    東門のそばにある放牧場で12時から16時40分まで元競走馬が展示されている
    柵で囲まれた狭い放牧場で、馬はえさを食べたり、砂浴びしたりする
    この日は、午後の早い時間はメイショウレグナムで、その後は交替して、新しく入った去勢されたばかりのケイズヒ−ロ−が入れられていた

    お見送り
    全レ−スが終った後、東門前でお客様を見送る
    常時2頭出て、お客様の無数の手が顔に迫ってきても、大人しくしている
    この日は、エイシンシャ−マンとキビダンゴが担当
    多くの人に囲まれた上、顔中触られるので、ハミをかじっている様子から、イライラしているのかと感じられる
    時折、嫌がって顔を上げることもあるが、騎乗している先生に手綱を取られ、すぐに大人しくなる

  • 東京競馬場乗馬センタ−繋養馬

    メイショウレグナム
    セン馬(去勢した馬) 青鹿毛 1988年5月8日生
    父 ベルマン  
    母 ヒガシホ−ク
    栗東 武邦彦厩舎
    生産者 浦河町 西田牧場
    収得本賞金 272.360,000円
    通産成績  59戦7勝 2着10回 3着14回
    <オ−プン成績>
    1993年 中京記念(GⅢ)3着
    1994年 東京新聞杯(GⅢ)3着
    1994年 札幌記念(GⅢ)3着
    1995年 小倉大賞典(GⅢ)1着
    1995年 中京記念(GⅢ)2着

    ニコラスベル
    セン馬 芦毛 1994年4月25日生
    父 ホリスキ−
    母 ノエル
    美浦 柄崎 孝厩舎
    生産者 伊達市 高橋農場
    収得本賞金 45.900.000円
    通産成績  37戦4勝 2着2回 3着4回

    デュ−カルパ−ル
    セン馬 芦毛 1992年3月9日生
    父 リファ−ズスペシャル
    母 ハイウェイダンサ−
    美浦 古賀史生厩舎
    生産者 静内町 井高牧場
    収得本賞金 76,600,000円
    通算成績  35戦4勝 2着3回 3着7回
    <オ−プン成績>
    1994年 クロ−バ−賞 3着
    1994年 芙蓉ステ−クス 2着
    1997年 サラ系障害4歳以上 1着
    1997年 新潟障害ステ−クス 1着

    エイシンシャ−マン
    セン馬 芦毛 1992年3月15日生
    父 Runaway Groom
    母 Little Crepette
    栗東 野元 昭厩舎
    生産者 米国 Joan Wright&Del Wright
    収得本賞金 18,040,000円
    通算成績  24戦2勝 2着1回 3着1回

    メジロスティ−ド
    セン馬 芦毛 1993年5月9日生
    父 メジロアルダン
    母 メジロチモン
    美浦 高橋 裕厩舎
    生産者 伊達市 メジロ牧場
    収得本賞金 147,450,000円
    通算成績  29戦7勝 2着1回 3着1回
    <オ−プン成績>
    1998年 BSNオ−プン 1着
    1999年 AJCC(GⅢ)3着

    キビダンゴ
    セン馬 芦毛 1994年3月20日生
    父 ゴ−ルデンフェザント
    母 トウコウロマン
    美浦 和田正道厩舎
    生産者 新冠町 泉渕瀬牧場
    収得本賞金 80,840,000円
    通算成績  25戦4勝 2着1回 3着3回
    <オ−プン成績>
    1998年 バ−デンバ−デンカップ 3着
    1998年 朱鷺ステ−クス 2着
    1998年 新潟日報賞 3着

    ステルスカフェ
    セン馬 青毛 2000年4月29日生
    父 フサイチコンコルド
    母 ダブロイドタイル
    美浦 小島 太厩舎
    生産者 法理牧場
    収得本賞金 4,560,000円
    通算成績  10戦2勝 2着1回 3着1回

    マイネルグレ−カ
    セン馬 芦毛 1999年4月19日生
    父 タマモクロス
    母 マイネタリア
    美浦 菊川正達厩舎
    生産者 コスモビュ−ファ−ム
    収得本賞金 8,120,000円
    通算成績  23戦1勝2着1回

    マイネルミレニアム
    セン馬 芦毛 1998年3月12日生
    父 サクラチトセオ−
    母 ヒダソロン
    美浦 菅原泰夫厩舎 
    生産者 荒井ファ−ム
    収得本賞金 37,374,000円
    通算成績  31戦3勝 2着1回 3着0回

    ケイズヒ−ロ−
    セン馬 芦毛 1997年2月18日
    父 Geiger Counter
    母 Green Eyed Kay
    美浦 鈴木伸尋厩舎 
    生産者 キャロットファ−ム
    収得本賞金 80,848,000円
    通算成績  32戦4勝 2着3回 3着1回
    <オ−プン成績>
    1999年 シクラメンステ−クス 1着

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コメント

立て続けに済みません。
引退馬の余生に関して参考になるところを。
http://s-wink.hp.infoseek.co.jp/remain.html

あと、JRAが過去のG1馬の余生をおくらせるための補助などの制度をやっているはずです。これは広報センターに聞けば詳しく解るはずです。

東京競馬場の誘導馬といえばメジロファントムとトウショウファルコが好きでした。
馬は賢い動物ですので、コースに出ると競走馬時代の記憶が蘇って興奮したり、あるいは膠着したりすることもあるそうで、そうならないように訓練は積んでいるそうです。

投稿: こっしー | 2005年5月 6日 (金) 11時09分

グレ−ド競走を勝った馬には、月々3万円が死ぬまで保証されると聞いたことがありますが、まだJRAに確認していません

ファントムの頃は、まだ競馬をしていませんでしたが、ファルコは美しい馬ですね
今根岸にいると聞いています

投稿: ぁぃ | 2005年5月 6日 (金) 11時23分

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