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2005年3月29日 (火)

休止のお知らせ

いつも応援ありがとうございます。
1月からはじめて、ただガムシャラに進んできましたが、日ごろの無理がたたって現在療養中です。
しばらく取材活動、執筆活動が精神的にも肉体的にも出来ない状況になってしましました。
本当に残念なのですが、しばらく休養します。

へたくそな文章と不甲斐ない取材活動を暖かく見守ってくださった方々、本当にありがとうございました。
そして、継続できずに中断する事、本当に申し訳ありません。

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コメント

お体たいせつになさってください。。
再開たのしみにしております。

投稿: ぼこ | 2005年4月 1日 (金) 19時25分

もしかして、今日わって思って、みんな待ってるよ、 いつまでも。
限界なんかじゃないよね。
早くよくなぁーれ

投稿: 風 | 2005年4月 2日 (土) 12時00分

いや、こういうのはエネルギー使いますからね。
マイペースでいいんですよ、マイペースで。

投稿: Insite | 2005年4月 3日 (日) 19時28分

まずはご自愛くださいませ。
気長〜に再開をお待ちしてます。

投稿: hiroshi-emon | 2005年4月 5日 (火) 22時25分

はじめまして。こんばんは∈^0^∋
ご自愛下さい。
いつでも好きなときに、気が向いたらキーを打ってくださいね。
「あーつかれた」「今日はいい天気」でも、キーをたたくだけでも、肩の力が抜けるかも。
 こんなブログありますよ。「京のことば」
http://kyofuu-kotoba.cocolog-nifty.com/yumiko/
 なんか、はんなりって。
くまさんでした。ではでは(^.^)/~~~

投稿: くまさん | 2005年4月 5日 (火) 22時47分

休載残念です。くれぐれもお体を大切にして下さい。
再開をお待ちしています。

投稿: 三毛猫 | 2005年4月 6日 (水) 08時35分

お元気ですか?
blog見られてますか?
くまさんでした。ではでは(^.^)/~~~

投稿: くまさん | 2005年4月 8日 (金) 16時32分

みなさんのお言葉をありがたいと思いながら、なかなかお返事できなくて申し訳ありませんでした
書けなくなってから、丸1週間は何も手につかず泣いてばかりいました
20代の頃大失恋した時、朝目が覚めては泣き、歯を磨いては泣き、車を運転しては泣きという3日間を過ごしたことがあります
今回は1週間
「Grip Blog」は私にとっては恋愛よりも重いものになっていると気づきました
つらかった時、みなさんの一言一言がとてもありがたかったです
本当にありがとうございます

投稿: ぁぃ | 2005年4月10日 (日) 17時25分

 ある全国マスコミの記者をやめた30歳代前半の男性です。
 自らが自由な活動ができる経済誌の社員に転職する一方、自分でも雑誌への寄稿や、本の出版などを行っています。可能性を模索していますが、将来どうなるかの不安でいっぱいです。
 今まであった「マスコミ名刺」の力が消え、自由な取材ができない。一方、個人でテーマを定められ、束縛のない自由さも満喫しています。

 お世辞ではありませんが、このブログには感動しました。自分が忘れていた「自分の目でなんでもみてやろう」という気持ちを再確認できました。
 記者としてふれた、何気ない日常の中に、真実や人の宝石のような言葉がある。考え迷う。しかし、自分の書いた言葉がときとして、他者に共感を与えられる。
 自分の本を出したとき、店頭に本が並び、人が買っていくのを1時間ほど待ったときがあります。記事で、反響があったこともあります。そのときの満足感と、取材の出会いの面白さ。私はマスコミ会社員としては悩みましたが、記者になったことは後悔していません。
 個人的な思い入れを書いてしまい、すみません。何か、その模索が、泉さんの今の戸惑いや悩みと重なるようにも思えました。
 自ら人に会い、考える。これは、ジャーナリズムの基本です。しかし、今あるマスコミでも忘れる人は多い。そしてこの基本を忘れているから、ブログやネットの言論は、うさんくさいもの(失礼)とみなされる。それから別の可能性を示す泉さんの取り組みは、実験であり、挑戦です。
 巨大マスコミと一部の政治家経済人にしか社会に対する発言権がない。そういう状況は現代社会の中で仕方のないことですが、よく考えれば危険でおかしいものです。市民が言葉を持ち、共感しあえる。日中の紛争の画一的な報道の後ろに、どれだけ憂慮する両国の良識ある市民がいることか。泉さんの記事のささやかな波紋は、小さいものです。ですが適切なテーマであり、大きなものになる可能性、問題意識の反映があります。
 文章で飯が食えるのは、そして独立ジャーナリズムで飯がくえるのはほんの一握りです。私にはその力が今のところはありませんが、「いつか必ず」と思っています。
 共に泉さんと成功する日を願っています。お体をご自愛ください。
 

投稿: ワルキューレ | 2005年5月 2日 (月) 17時26分

ワルキューレさん はじめまして
私は「ホステスさんが転職だ」とよく人から言われますが、過去に音楽講師やホステスを経験して、人に接する職業には絶対に就くまいと思うようになっていました
いつも笑顔を絶やさず、相手を気遣うことは、疲れ果ててしまうんです
このHPをはじめた頃、インタビュ−がこわくていつもビクビクしていました
でも、人は鬼じゃないと教えてくれたのは、やっぱり人なんですよね
今は、人に会ってお話を聞かせてもらうのがすごく楽しいです(もちろん緊張もしています)
毎回、取材対象者の人がキラキラして見え、取材記を書く時に思い出しても、やっぱりキラキラしています
だから、ワルキュ−レさんのおっしゃる『思い入れ』を私も同じように持っているような気がします(駆け出しのくせに生意気ですね・・・ごめんなさい)

そして、今は私が活動できる場所はインタ−ネットの中だけなので、ネットの中でできる可能性を模索しています

>市民が言葉を持ち、共感しあえる。
読者の声をダイレクトに聞けるのは、ネットの特性だと思うので、読者のニ−ズを取り入れた取材も可能です
そのためには、発言してくださる読者がここに来てくれないとできないので、アクセス数がUPするようがんばらなくっちゃ!です

>巨大マスコミと一部の政治家経済人にしか社会に対する発言権がない。
そろそろそんな時代は終わりで、個人が発言力を持つ時代が来てほしいと思っています
それには、インタ−ネットが大きな役割りを担うのではないでしょうか

投稿: ぁぃ | 2005年5月 3日 (火) 01時54分

ワレキューレさんの
>自分の本を出したとき、店頭に本が並び、人が買っていくのを1時間ほど待ったときがあります。記事で、反響があったこともあります。そのときの満足感と、取材の出会いの面白さ。私はマスコミ会社員としては悩みましたが、記者になったことは後悔していません

この言葉に凄く人柄が見えてこの人の書いたものを見たいって思いました。
結局そうなんですよね、無味無臭や強い言葉だけが並んだ平凡などこかでいつも見ている文章を読みたいんじゃない。その人の何かに共感してその人の意見を聞きたいんです。
あいさん、ワレキューレさん頑張ってください。
あなたたちのような小さな一歩が日本の報道の何かを変えていくんだと信じてます。

投稿: chie | 2005年5月 3日 (火) 07時59分

chieさん
>この言葉に凄く人柄が見えてこの人の書いたものを見たいって思いました。
私もそう思います!
ワルキューレさんのように誰でも葛藤しながら生きていて、その葛藤をどう乗り越えて行くのか、その姿に興味を持っている人って多いと思います

>あなたたちのような小さな一歩が日本の報道の何かを変えていくんだと信じてます。
そんな大それたことができるとは、思えないけど、伝えたいことをひとつずつ確実にしたいと思います
でも、応援していただけると、そんな野望もほんのちょっと持っていたいかなって気もしますね

投稿: ぁぃ | 2005年5月 4日 (水) 01時47分

 CHIEさん、あいさんありがとうございます。
昨年に1冊だし、来年中に2冊ほど出そうなので、そのときにまたお知らせします。

 あと、えらそうにいうのもなんですが、記者の大半が基礎体力のようにやっている情報収集のテクニックをお教えします。取材前に勉強しなければ、いい言葉は引き出せないし、記者としてやってはいけない「相手に馬鹿にされる」ということになりかねません。
 ネットに出ている情報ははっきりいって深くありません。

1・新聞は情報の宝庫です。新聞は批判を受けていますが、やはり、それは情報を扱う人の出発点になります。最低限でも見出しを記憶に定着させる。図書館で全国5紙を自分の興味ある分野だけ見出しだけでもチェックすると、3ヶ月たてば、世界が違って見えてきます。
 フリーの人間は資料が大量に持ち込まれたり、他社の動きが分かる記者クラブにはいません。それだけで、情報に伴う「雰囲気」というのが分からず、不利になります。
新聞分析は、著名外交官?の佐藤優氏もやっていたようです(「国家の罠」(新潮社)参照)。情報マンの基本です。満鉄調査部も、新聞を読み込ませることから情報分析を教えたようです。
新聞整理の方法はいろいろありますが、野口悠紀夫の「超整理法」が私には合いました。
徹底的に集めては袋に入れ、いらなくなったら捨てる形です。
2・東京の雑誌図書館、大宅壮一文庫は使えます。ここは明治から今までの雑誌が保管されており、見出しを請求するだけで、大量に情報が打ち出されます。フリージャーナリストの著名な人も多くみかけます。利用料金が高いのとネットで使えないのが難点ですが。
国立国会図書館も、蔵書数は圧倒的で便利です。この二つの利用は必須でしょう。関連テーマ関連の情報が一気に膨らみます。
3・今、フリージャーナリストの野村進氏が日刊べりタというネット新聞で、ノンフィクションの書き方を連載しています。これは使えます。
4・文章読本で一番よかったのは、本田勝一の日本語の作文技術、と野口氏の超文章法でした。これを読み、実践すると、文章の形がかなりよくなります。

 以上差し出がましいようで、すみません。ご検討を祈ります。

投稿: ワルキューレ | 2005年5月 5日 (木) 21時24分

ワルキューレさん
こういうことってジャ−ナリストの基本なんでしょうけど、それさえも知らないので、すごく助かります
大宅壮一文庫には、前から興味があったのですが、国会図書館に頼っています
国会図書館に置いていないような雑誌でも、大宅壮一文庫にはあるのでしょうか?

ぜんぜん差し出がましくないので、またいろいろ教えてください

投稿: ぁぃ | 2005年5月 6日 (金) 11時10分

ワルキューレです。差し出がましいようで恐縮です。
大宅文庫と国会図書館は雑誌はほぼ同じものカバーしていますが、大宅は見出しと一部記事はキーワードを並べているので、即座にほしい情報が分かります。館内貸し出しもOK。難点はHPをみていただければ分かりますが、料金が高すぎる。そのため、大宅で出版をメモし、地元の自治体の中央図書館でコピーするのがいいでしょう。また、国立国会より、蔵書は少ないのですが、都立中央と日比谷の図書館も蔵書が多い。これらは開架式で、国立国会のように人が列を作っていない。
 あと、経済ものは、日本証券研究センターの付属図書館、兜町にあります。シンクタンクりぽーとと、上場企業の切り抜きがすぐ読めるが、お客が多いのが難点ですがコピーは1枚20円です。
 情報のスピードはネット>テレビ>新聞>単行本ですが、その確度と深さは逆になります。テレビのニュースは映像の質と、ドキュメンタリー作家の腕次第で、新聞がいえないことを一度に言う場合もありますが、表面的なものが多い。単行本も最近は、質が下がっているのも事実です。

 えらそうなことをいって恐縮ですが、ネットでビュー数やトラックバック数をあげるのが、いまあいさんがすべきことです。しかし、これをまとめ、文章の形にして出版社に送り「活字にした」という実績を作ることが必要です。検討なさってはいかがでしょうか。
 ただ、原稿料は安いです。企業広報で400字2万円もらったこともありますが、相場は今は大手出版社で400字一万円、普通の雑誌は「ただ」(!)から数千円ぐらいでしょう。ただ、「形」は必要です。

 TV取材に苦労したとのこと。分かります。
 私は会社の媒体の名を出しあるTVの不祥事を追っかけようとしたところ、即座に広報部長が担当ディレクターとの取材をセッティングし、「誤解」をときました。しかし、個人のアルバイトで、TV報道を雑誌に寄稿しようとしたところ、なしのつぶてでした。
 マスコミでも企業でも、社会は冷淡なもの。湯川さんなどが例外的なのでしょう。特にマスコミは「頭の高く」「勘違い男」が4割はいますから。苦笑。 「暴れん坊将軍」だって、葵の紋=バックの力がなければ、なますぎりにされるでしょう。
 私のような半フリー(いや、4分の3ぐらいか?)、あいさんのような完全フリーは、実績を作らなければなりません。そうして、社会の取材拒否の壁をこじ開けねば。
 女性ノンフィクションライターで、飯を食える澤地久恵さん、上坂冬子さん(実力は?)、家田壮子さん(風俗に偏りすぎなので評価できませんが…)も投稿からはじめたようです。
 ただ、ほとんど投稿は日の目をみないでしょう。それは実力ではなく、「運」とか編集者の目の低さもあるからです。ただ、幸いなことに、出版物は佃煮のようにうじゃうじゃあります。新書は各社出しすぎて、書き手がいなくてこまると知人は出している。そして、あいさんの活動はユニーク。もしかすると、雑誌の掲載に滑り込め、定常的仕事の依頼→編集者から声がかかる→ちゃんすがあれば本出版→次の仕事という好循環が生まれるかもしれません。
それでも本は新書、単行本で100万円入れば御の字でしょう。
 私は、次の仕事が入り始めていますが、それでも今の状況ではフリーにはなれません。
それでも、頑張るつもりです。

 そんなときノーベル賞作家のキプリングが初の投稿で編集者に言われた言葉が参考になるでしょう。「文章がなっていないんですよ。素人じゃ困るんですよ、キプリングさん!」

 えらそうなこといってすみません。ご健闘を祈ります。

投稿: ワルキューレ | 2005年5月 6日 (金) 18時36分

ワルキューレ さん ありがとうございます
使える施設っていろいろあるんですね
都立中央と日比谷の図書館は知りませんでした

インタビュ−に行くと、
「どうしてこんなことやってるんですか?」
と逆取材されることは日常的にあります
お金にならないともよく言われるけど、今私ができる精一杯は、この「Grip Blog」だと思っています
本を出すとか、無理無理
野心はちっちゃく、好奇心はでっかく!!で頑張ります

投稿: ぁぃ | 2005年5月 6日 (金) 20時36分

ワルキューレさんのご意見・アドバイス、共感できます。新聞が情報の宝庫、もいい再発見です。50年も前、私も新聞記者でした。それから今日まで、新聞記事切り抜きは続いています。テーマに詰まったら、見出しを並べて眺める。私もハコモノ(連載企画)のコンテ作りに必ずやりました。
経験者から言えば、いま、あいさんに一番、お役にたつ実践的アドバイスだと思います。
>>本を出すとか、無理無理>>は意外なご発言。あいさんらしくありません。「近いウチにサイン会します。必ず、来てネ」でないと・・・
 まあ、お休み気分の時には、是非、作家と対話を・・・「こんなの出したい」と燃えあがるルポライターの作品に出逢ったら、きっと閉塞状態から新境地が開けますよ。

 とりあえず、ワルキューレさんの応援歌に合唱。
 

投稿: 新治太郎 | 2005年7月 9日 (土) 14時41分

図書館にはよく行きますが、新聞の記事の探し方をよく知らないんです(恥)
書籍は地元で借り、雑誌の記事は国会図書館というように使い分けていますが、新聞の記事は検索をかけて見れるものではないでしょう?
見なきゃいけないという焦りはあるんですけど・・・

投稿: ぁぃ | 2005年7月 9日 (土) 17時17分

>新聞の記事は検索をかけて見れるものではないでしょう

実際にやってみられると、おわかりになると思いますが、【検索】と【切り抜きファイル】は全く違います。
【検索】は、キーワードの入れ方でリストアップされるものが全然、違いますし、求めるものがキチンと出てくることはまれです。何よりも玉石混淆、篩い分けが大変です。
そのことを十分、承知の上、検索技術を向上させれば、あるいは解決できる問題かもしれませんが、わたしのような素人はいくらやってもダメですね。
【切り抜き】は、切り抜く段階から利用価値の選別が始まっています。ここが手仕事のいいところです。私は、経験的に整理は時系列でしています。
従来は、台紙に貼り付ける方法をとっておりましたが、パソコンを使うようになってコピー&ペーストで【html切り貼り】に変更しました。これは非常に簡便・その後の利用もしやすいです。
最近は、googleの新しいソフトでローカルPCの検索も出来るようになったそうですね。これと従来のネット上すべてを対象にしたファイルの検索を併用すると、うんと利用価値が高まるかもしれません。
いずれにせよ、データー整理は、コマメに手仕事で資料収集と利用のコツを学ぶのが基本的訓練として必要だと思います。
新しい時代の検索技術が十分、身に付かないため、古い時代の自分のやり方に固執しているのかもしれませんが、「手仕事」の大切さ、執筆段階での肉筆も非常に大切です。キーボード打ち原稿はとんでもない変換ミスを平気で犯します。
まあ、資料集めは、人それぞれにやり方が違っていいのです。これでなければ・・・という決め手はありません。ここまで書いて、「検索で済むのならそれでもいいのかも」などと言うと、どんでん返しになりますが、翻って”手仕事追放”IT次代の資料収集とその整理法の課題に取り組むべきかもしれませんね。
書きながら、一つ自分でやってみようか、と言う気分になりました。

投稿: 新治太郎 | 2005年7月 9日 (土) 21時33分

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