« 介護保険施行から5年。今現場の声 【取材記4日目】  | トップページ | クリック募金に見る善意とは 【取材記1日目】 »

2005年3月19日 (土)

介護保険施行から5年。今現場の声 

「老いの時を前向きに迎えよう」東京都知事 石原慎太郎 (東京都発行「くらしいきいき介護保険」より)

 老いを拒否したり、防いだりすることのできる人間など、この世には存在しません。
 ならば、それを覚悟して、自らの老いを真正面から見つめて立ち向かっていく方が、自分なりの正確な理解や準備や対処が有効にできて、老いていく中でも、予期した以上の充実や満足もあるはずです。

(中略)
 たった一度の人生、老いてもなお楽しみを探し、美しいものに感動する心を大切にしようではありませんか。人生の経験を重ねてきた人間としての意識を持って、老いをしっかり見つめて味わうために、医療や介護保険など、老いを支えるために進歩してきた知見や制度を、的確に活用することです。

私は、都会でひとり暮らしをしながら、将来への不安を日々感じています
石原知事の言葉の通り、老いておくことを食い止めることはできません
目がかすみ、耳が遠くなり、歯は抜けていく
骨や筋肉が弱まって、腰が曲がり足は上がらず、鼻水を垂らし、時には失禁さえしてしまう
そんな自分を想像しては、おびえています
シングルで生活している自分の将来を考えると、誰にサポ−トを頼むべきなのか、いや、サポ−トしてくれる人が果たしているのかと、恐くて仕方がないんです

施行されてから5年経った介護保険
介護保険の実情を知れば、自分の将来設計が具体化できるかもしれません
税金で賄われていた措置と言われる頃と比較して、どこが良くなったのか
何が問題で、どう変えていく必要があるのか
現状を探ってきました

春の香りいっぱいの公園へ行くと、ウォ−キングやバ−ドウォッチング、カメラ、絵画、釣り、将棋など、それぞれに楽しんでいらっしゃるお年寄りでいっぱいです
お年寄りだとお見受けした方に、介護保険について尋ねてみましたが、ほとんどの人があまり関心がないという答えで驚きました
お金に困ってないというよりは、自分の健康を疑っていないという印象です
中には、現在入院している自分の家族に介護保険が適用されているのかどうかもわからないという人がいました
まずは申請して審査を受け、認定されることから介護保険の利用者になれる
介護を必要としている人でも、介護保険の仕組みを知らないというのが現状のようです

衝撃的だったのは、介護保険がはじまってからヘルパ−さんの仕事がおろそかになったという意見でした
「窓ガラスも拭いてくれないし、お茶を出して話をしましょうと言っても時間がないからだめだと断られた」

そして、悪質業者による不正請求が100億円だという報道を見て、こんなにも介護保険が無駄に使われているのかと腹が立って仕方ありません
ヘルパ−さんには奉仕の心がなくて、業者は不正請求をしている
それは、本当なのか当事者である人の立場を聞くために奔走しました
年度末で、なかなか取材交渉が進まない中、ある施設の方が取材に応じてくださいました

テレビの中では、
「介護保険の仕事は儲かるぞと、いろいろな悪質業者がむらがってきました」
と放送していましたが、実際に施設の方からお話を聞くと、逆のようです

介護保険がはじまって、給付金が当初の予測を上回り、このままでは介護保険は破綻してしまう
破綻させないために、給付金を減らし、国民の負担を増やそうとする動きになっています
私は、『国民にばっかり負担させるのね』と思っていましたが、給付金を減らすということは、サ−ビスを提供する事業所にも負担がかかると知りました
多くの事業所で、正規職員から臨時職員へ、契約職員へという緩やかなリストラが行われているそうです
私が訪ねた施設でも、手当てが減らされるなどの人件費の削減が行われていました
報道では、おいしいとされている介護保険の仕事は、実際には厳しいものなのです

そして、公園で聞いたヘルパ−さんへの不満を施設の方にぶつけた時、報道を全て信じてしまう恐さをまたも知ることになりました
介護保険では、要介護の区分に応じて、ケアマネジャ−さんが利用者の方のプランを作ります
訪問介護のサ−ビスでは、そのプランに沿って、ホ−ムヘルパ−さんが利用者さんの自宅へ訪問し、身体介護や生活援助を行います
基本的には命に係わるものと限定されていますが、介護保険は、とても細かく作られた制度で、「窓ガラスを拭いていけない」とか「お茶を飲んではいけない」というところまで決められているそうです
ヘルパ−さんは、
「私たちも人間で気持ちがあるので、実際利用者さんのお宅に行って『やって』と言われると、やりたい気持ちは本当にあるんです
でも、それをやってしまうと介護保険としては認められないので、報酬を返還しなければいけなくなってしまうんです」
と嘆きます
利用者さんを思ってやったことが、介護保険の規約からはみ出していたら、それは違法とみなされる
利用者さんにやって欲しいと言われたことをしていたら、時間をオ−バ−してしまい、不正と言われる
利用者さんにとっていいヘルパ−さんでも、介護保険の規約から外れると不正となってしまうのです

また、介護保険は度々改正され、不透明な部分もあります
昨日まではOKだとされていた業務が、突然OKではないと解釈され、過去をさかのぼって不正請求だと言われ、返金を要求されることもあるそうです
確実に悪質な業者がいるのも事実ですが、不正請求にも、意図的なものと意図的でないものがあり、「悪質業者」とひとことでは表現できないという実情を知りました

このような大変なお仕事をなさっているヘルパ−さんのほとんどがパ−トタイマ−だと知って憤りを感じています
一生懸命尽くしても、お年寄りは気分次第で文句を言ったり、一方的に「今日来た人はだめだ」と事業所へ苦情を言われることもあるそうです
「勝手口から入ってちょうだい」と、職業差別と言っても過言ではないくらいの扱いを受けることもあります
それなのに、待遇はパ−トタイマ−なのです
お年寄りの不安定な健康状態に比例して、完全歩合制のその収入もとても不安定です
自立して生活するだけの収入ではないと知って、「世の中おかしくないかい?」と思わずにはいられませんでした

それでも、この仕事を続けているのは、利用者であるお年寄りのちょっとした日々の変化に喜びを見出しているから
ヘルパ−さんは、
「私たちが何かをしたら、利用者さんは笑顔で返してくれます
話しかけてもなかなか返してくれない人が、ある日をきっかけにがらっと変わった時はすごくうれしいです
学校の歴史の授業でしか聞いたことがなかったようなことを実体験としてお話しいただけるのが、とっても勉強になるから、そのことはこの仕事を続けている理由のひとつだと思います」
と優しく静かに話してくれました

デイサ−ビスを利用している家族の人から話を聞いても、ヘルパ−さんのような人が絶対的に必要であると改めて知ることができます
「今は月のうちに13日ショ−トステイを利用して、週に2回ここのデイサ−ビスに来て、別のところにも週2回デイサ−ビスに行ってるんです
もうそうしないと、私の方が潰れちゃう」
家族を愛していても、毎日の介護は負担をかけるんですね

私も、老人ホ−ムのボランティアをして、どんなに大変なお仕事なのか実感しました
お年寄りの言いたいことがわからないし、私の言っていることが伝わっているのかわからないので、どうコミュニケ−ションを取ればいいのか迷ってしまう
私はただ笑っているだけでした
でも、私の手を握るお年寄りの手はあたたかくて、力強く、しっかりと生きている
ここにいらっしゃるみなさんに、それぞれの人生があって、誇りがあると、その手から感じるのです

私は、ヘルパ−さんの話を聞き、老人ホ−ムで働いている職員さんを見て、福祉の世界で働くという覚悟を感じました
お年寄りを介護する仕事は、最後の受け皿です
元気になるという見込みはない人たち
家族から捨てられた人もいます
残された最期を受け止めて、その人の人生の最期を仕上げるという覚悟です
その覚悟を持った人たちが、介護保険のサ−ビスとして働いていても、お年寄りと接している時に、介護保険について意識なんてしてられないと思います

冒頭の石原知事の言葉にあるように、私たちは老いていくことを今から覚悟しておく必要があります
私は、その覚悟ができなくて、夜ひとりでおびえることがあったけど、福祉の現場で働く人の方にも覚悟があるとわかり、少し気持ちが楽になりました
介護保険がいい保険なのか悪い保険なのか、5年経った今、私の目から見て判断することはできません
でも、絶えずその行方を監視する義務があると感じています
介護保険に強制的に加入させられる40歳を目前に試みた取材で、私自身は、介護保険に加入することに悪い気はしないなと思っています
それが、今の私の出せる答えです


取材記1日目
取材記2日目
取材記3日目
取材記4日目

|

« 介護保険施行から5年。今現場の声 【取材記4日目】  | トップページ | クリック募金に見る善意とは 【取材記1日目】 »

コメント

あいさんが様々な立場の方の声を届けてくださるお陰で、いろんなシーンが心に浮かびます。
最も印象的なシーンを1つだけ上げると
ヘルパーさんが公園で大きく溜息をついてから、次のお宅へ伺うという場面。

悩みがないなんて能天気なことを言っている自分は、10年来関心を持ち続けているある活動の、新たなボランティア募集の呼びかけに応じられない自分でもあります。
以前も、別のボランティア活動に参加したことがありましたが
仕事が忙しくなるにつれ出向けない日が増え、やめざるを得なくなりました。
責任の重さと、かかわりたい世界の深刻さに腰が引けているのです。

介護保険からずれた呟きみたいなコメントでごめんなさい。
でも、あいさんの提供してくれる話題が、自分を見つめるきっかけになっています。

投稿: 美也子 | 2005年3月21日 (月) 18時49分

私も、ヘルパ−さんがお話をしてくださったシ−ンを思い出すと胸が苦しくなります

社会人になると、ボランティア活動に参加したくても、遠のいてしまうものですよね
私のいとこは、山登りが大好きなので、知的障害を持った方たちの山登りをサポ−トしています
それも、会社の方針なのだそうです
勤務している会社が、そういう機会を与えてくれるのは素敵なことですよね

全然関係ないんですけど、私の妹は、全く悩みがなくて、こんなにしあわせだと、死ぬ時にものすごく苦しんで死ぬんじゃないかしらというのが悩みなんですょ
私も、つい先日までは、同じように世の中に全く疑問を持たずに生きてました
どっちの生き方がしあわせなのかは、わからないけど、私は、めいっぱいもがいている自分のこと、嫌いじゃありませんのょ

投稿: ぁぃ | 2005年3月22日 (火) 01時24分

この記事へのコメントは終了しました。

« 介護保険施行から5年。今現場の声 【取材記4日目】  | トップページ | クリック募金に見る善意とは 【取材記1日目】 »