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2005年3月17日 (木)

介護保険施行から5年。今現場の声 【取材記3日目】 

Roujin 昨日は、ヘルパ−さんが奉仕の心に欠けているというお年寄りの声や、『報道ステ−ション』で介護保険を不正に請求している悪質業者についての特集を見たので、当事者であるヘルパ−さんや事業所の方に話を聞いてきました
話してみると、『なんだか損な役回りだな』という印象です
ヘルパ−さんは『お手伝いさん』扱いをされ、真面目にやっている施設でも不正をしたと言われるという現実
しかも、報酬がそれに見合っているとはとても思えない状況です

特にヘルパ−さんのほとんどがパ−トタイマ−だということが私を驚かせました
完全歩合制なので、利用者さんが減ると収入も減ってしまいます
その利用者さんというのが高齢の方ということもあり、ヘルパ−さんの収入は安定していません
「それでは、ご結婚なさっている方とか、独身でもご両親と実家に一緒に住まわれている方しか、このお仕事は続けられないということでしょうか?」
という私の質問に、
「続けられませんねぇ・・・」
と小さくつぶやいたヘルパ−さんが、とても切なかったです

介護保険には、いろいろな制約があって、ヘルパ−さんはご利用者さんの命に係わるところまでの業務しかできないそうです
昨日、公園でお話してくださったおばあちゃんは、窓ガラスを磨くことが介護保険の中に入っていないとご存知なかったのですね
もしも知っていれば、「奉仕の心がない」なんて思わずに、感謝の気持ちを持てると思います

利用者のニ−ズに答えようと一生懸命尽くしてしまうと、介護保険制度の規約に違反してしまって、返金しろと言われる
もしも、そのことを不正だと言い『悪質業者』と決め付けて報道してしまったら・・・

昨日の報道ステ−ションでの『悪質業者』を思い出します
事業所を潰し、ふるさとへ帰った代表者は、
「どうして不正請求したんですか?」
という質問に、
「わからない」
と答えていました
昨日の私は、とても腹が立ってその代表者をにらみつけていたけど、今日は『もしかしたら本当にわからないのかも』と思っています
介護保険制度は、まだまだ新しいので、国としてもはっきりさせていない部分もあるようです
あくまでも私の想像ですが、一生懸命やっている時は、不正だとは思わなかったけど、介護保険が確立されてきてはじめて「不正」と言われたということがあるのかもしれません

残念ながら、意図的に不正請求をしている悪質業者も確実にいます
取材を終えて帰り道、実家の母に電話をしてこのことを話した上で、
「長野でクリントンさんにお会いした時(正確には同じ空間にいた時)の『人は皆、善である』という言葉を信じたい」
と言ったら、
「いいや!どうしようもないヤツがこの世の中にはおるっちゃ!!」
と山口弁でバッサリ斬られました

アヒルでも、
「よ〜く考えよ〜♪お金は大事だよぉ〜♪」
と歌う時代
苦労して稼いだお金を搾り取られた上に、腹黒い人たちに楽に持って行かれていたと取材をしてはっきりわかりました(私はまだ40歳未満なので、介護保険には加入していません)
『そんなのしゃくだわ!!』とかき集められたお金の使い道に目を向けたら、介護保険制度と利用者さんの間でぎゅうぎゅうに板ばさみになっている人たちの姿が見えました

介護保険には、金の亡者とお金には代えられないものを求めて働く人たちという相反する人たちが係わっていますが、利用者は、それらを自由に選択することができます
私は、あと1年で介護保険に加入します
今までは、お金を支払うことが嫌で仕方なかったけど、何年か先にどういう人に出会えるのかちょっと楽しみになってきました

明日は、実際に介護保険のサ−ビスを利用していらっしゃる方たちにボランティアとして接してみます
すごく楽しみで、今夜は眠れそうにありません

    【 今日の覚書 】

  • 老人ホ−ム、デイサ−ビスセンタ−、在宅介護支援センタ−を提供している施設の施設長さんにお話をうかがいました

    介護保険は国の制度なので全国一律
    首都圏では、地方よりは数%の加算があるが、とてもその数%で人件費を補うことができないので、多くの施設で、正規職員から臨時職員へ、契約職員へという流れになっている。
    全国一律と言っても、都市部と地方とでは同じ100万円でも使いでが違うのだから、地域地域に応じた加算をもっと明確に示すべきだったろう。

    介護保険の見直し
    介護にならないための予防給付が創設される。
    介護保健を使わなければ損だろうと、あまり必要性がないのにヘルパ−さんが来てくれるとありがたいという人がいる。
    ヘルパ−が来ない時は、自分でできていたことが、ヘルパ−が来るようになってからできない人になってしまったということもあるが、これは、介護保険が目指している自立や生きがいを持った暮らしと反していないか。
    本当に必要なものを吟味するべき。
    今までのように介護を使っていいよと言うのではなくて、ある一定の軽い人には、介護にならないために予防しましょうと言う。
    ころばないようにしようと下半身を強化するような筋力トレ−ニング(ジムワ−ク)をして、より安全な歩行ができるような状況を作る。
    そうすれば、本人も自立した暮らしができるし、介護保険もそのようにお金を使うほうがいいだろうという考えが出てきて、来年度にその法案が通れば、18年の4月から施行されるはず。
    問題は軽度者(この施設のデイサ−ビスを受けている人の4割が軽度者)が予防給付を受けるようになればその分の収入が減る

    改正による不安定
    国が作った制度で土俵を作って人も雇って、それで運営をするための試算をして5年10年を見込んでも、国は制度を変更してしまう。
    予防給付の例のように、4割の人が突然離れてしまうと施設の運営ができなくなってしまうし、患者さんの自己負担も増えるであろう。
    軽度の人でも、デイサ−ビスに来なければ生活が成り立たない人がいたり、ヘルパ−が来てくれないと何ともならない人がいるわけだから、そこら辺のフォロ−をどうするのかというところまで詰めておいてもらわないと、もれ落ちた人は気の毒だったねということになったら困る。

    経営の面の先が読めない
    単価もわからないから、予算も立てられないが、とりあえず今の延長線で立てるが、途中で改正されてしまう。
    次の年にはこうなるということがわからないから、やりながら必要な改革をしていくしかないだろう。
    となれば、もっと職員の条件を落とさないと維持できないという状況が有り得るということ。

    気づいたら不正
    走りながら考えるという時には、制度がかたまってないので、これをやっていいのかとう時期があった。
    いわゆるグレ−の部分がいっぱいあり、我々もグレ−のものをサ−ビスとして提供していた時期がある。
    我々の施設も監査等で、そういう時期のものをさかのぼって返金させられた事実はあるが、それを悪徳業者と言ってしまっていいのか。
    意図的にあまい汁を吸おうとしている業者がいるのも事実。
    みんながみんな善意だとは思えないが、圧倒的多数の善意の人も報道の仕方ひとつで、利益にむらがる悪人のように表現されてしまう。

    悪質業者報道がイメ−ジするもの
    「介護保険はこのまま行くと破綻です。見直しをしなければいけないんです」という中で、見せしめとして不当な業者がこんなにいるんだ、これを放っておいてはいけないというイメ−ジ作りをされてるなと感じる。
    介護保険制度について知ってもらいたいと思うが、国の介護保険制度に関する説明書きはとてもわかりづらい。
    我々が読んでもわかりづらいということは、そもそも国民にわからせようという意識がないということ。
    介護保険の規約としてできること・できないことは、利用者の方にちゃんと話して理解してもらわなければならない。
    それをすることによって、対等ないい関係ができる。
    規約に入っていないことをやっていい人になると違反者になってしまう。
    介護保険以前なら「いい人」でもよかったが、一生懸命がんばって尚かつきちんとした説明をしてご納得してもらわないと、がんばった分をマイナスの評価をされてしまうこともある。
    ひとことで悪徳業者とは言えない。

    悪質業者かそうでないかを見抜くには
    介護保険という制度で何でもできるというわけではないので、「これは介護保険でできる、これはできない」という説明をきちっとしてくれるかどうか。
    ある意味、ご利用者さんの言うことを「はい、わかりました」と全部のんでいる業者は怪しいと思う。そんなことありえないから。
    例えば、ヘルパ−が利用者さんの住んでいらっしゃるところへ入って、その方のお食事を作ったり、その方のお部屋のお掃除はできるけど、窓ガラスを拭くことはできない。
    利用者さんが生きることに直接関係あることしかできない。
    「動けないから猫にペットフ−ドをあげてね」ということもできない。
    「それは私の仕事ではない」と言うしかない。
    それを「わかりました、何でもやりますよ」と言うと、「あのヘルパ−さん何でもやってくださって、あの会社いいわ」となるけれども、そういう事業所はその時間も請求をしている場合がある。
    だから、不正請求をしている業者が、ご利用者さまにとってウケが悪いかと言うと、必ずしもそうじゃない場合がある。
    いい人になれればみんなが楽なんだけれど、いい人になれば、悪徳業者と言われてお金を返せということになる。
    昨日までよかったものが「こういう解釈になりましたので」と言われて返金することになったら、数人でやってるような小さな事業所だと、親身になってご利用者さまのことを考えて仕事をしていながら「100万円返しなさい」と言われ倒産してしまう。

    改正の度にお勉強
    読んでもわからないから国や行政に聞くが、聞いても答えない。
    また国はうまくて、情報を意図的にリ−クしてどんな反応が出るのか、例えば議員から反発喰らうのか、市民団体がどう動くのか、共産党が動くのか、自民党なのか公明党なのか、それらの反応を見ながら実行に移すようなところがある。
    我々にも情報が入ると対策を考えるが、実は情報は間違いだったということもある。

    医療と介護の格差
    介護に係わる人たちの発言はなかなか聞き入れてもらえない。
    例えば医師会なら介護の事業所よりも圧倒的な力(お金)がある。
    世間の意識にも差があって、例えば、医者がジャガ−に乗ってても不思議ではないが、老人ホ−ムの施設長がジャガ−に乗っていたら、「あそこの老人ホ−ムの施設長、ジャガ−に乗ってるぞ!儲かっちゃってんのかしら」という話になる。
    医者がジャガ−に乗っていても、「あそこの病院の医者はジャガ−に乗っているから」と言ってそこの病院に行かないというわけではない。
    福祉の仕事をやっているのに、なんで金儲けしてるんだという思いが世間の中にはあると思う。
    介護保険は制度としてまだふらふらしている状態。
    看護師が、病院で働くのと老人ホ−ムで働くのでは、同じ職種でも病院で働いた方が給料がいい。
    我々の仕事は、ある一定のキャリアを積んでも、年収1000万円を超すということは通常ない。
    それを求めるのなら最初からこの業界に入らないと思う。

    福祉の仕事の喜び
    何が喜びかって言うと、毎日毎日利用者さんに怒られても、お年寄りの中に微妙な変化が見えること。
    例えば、文句ばっかり言ってるけど、おむつを換える時に腰を浮かせてくれるようになったとか。
    あまりないことだが、ご利用者さんが昨日までできなかったことができるようになった(再獲得)場面もある。
    リハビリをして、車いすの人が自分でトイレに行けるようになったというささやかな変化でも我々はうれしい。
    ご本人が喜んでいらっしゃるのを見るのがうれしくて、この仕事をやっていて良かったなと思う。
    制度としての矛盾はあるけど、昔はお嫁さんがひとりで背負わされていたわけだから・・・。
    気持ちの持って行き場がなくて、当然虐待もあったでしょう。
    その辺が表に出てくるようになったし、我々もひとりでは背負えないけど、チ−ムとして組織として制度として支えるという形で係わっている。
    大変な部分もあるけど、おじいさんが「俺もいろいろ悪かったな」と言ってくれたら、今まで大概嫌な思いをしたが、『まいっか』と微笑む。
    おじいちゃんが亡くなる時に「いろいろ世話になった」と手でも握ってくれれば、それまでの過程はつらくても、このために働いてきたんじゃないかと思える。

    この仕事をしようと思ったきっかけ
    高校生の時、将来何をしたいのかわからなかった。
    たまたま新聞で『障害者の方たちがキャンプをやります』という広告を見て、とりあえず行った。
    自分は何もできない高校生だけど、障害者の方のためにお役に立てて、そこにいる間は自分が存在している意味がはっきりとわかった。
    それが、その時はものすごく新鮮だった。
    それから、人と共に生きていける仕事をしたいなぁと思ったのが、多分元だと思う。
    その後ずっと障害者やお年寄りの方たちと係わっていたわけではないけど、大学を卒業した時に縁があってこの業界に入った。
    ものすごく目的意識がはっきりとしていたわけではないが、この道を選んだことは間違ったとは思ってないし、よかったと思っている。

    福祉がビジネスになる時代
    お金が欲しくてこの業界に入ったわけではない。
    介護保険制度になる前は、ビジネスになりにくいから措置ということで税金でやっていたが、税金が破綻しちゃうんで介護保険が編み出された。
    気がついたら福祉がビジネスになっていて、ジュリアナ東京をやってた人がいつの間に同じ業界にいた。
    しかし、ビジネスにすると、サ−ビスを受けられない人が出てくる。
    例えば、山奥でひとり暮らしをしているおじいちゃん。
    介護保険は交通費が出ない。
    以前は税金だから山奥のおじいちゃんのところまでえっちらおっちら、片道1時間かかっても行くが、介護保険の報酬でやってくれと言われても行けない。
    行けば赤字になるので、そのおじいちゃんが保険料を払っているにも拘わらず「行けません」ということになる。
    そのおじいちゃんは、権利として介護保険を受けられるようになった途端に、介護を受けられなくなる。
    他の例えだと、エッチなおじいさん。
    ヘルパ−が行く度におしりを触るので、ヘルパ−が行くのを嫌がる。
    措置の時代は、福祉の制度で我々は仕事をしているという意識で、おじいさんとやぁやぁわぁわぁ言いながらでもやっていた。
    介護保険になった今、ヘルパ−が「あんな人のところには行きたくないので辞める」と言うなら、そのおじいさんを切って職員を守らざるを得ない。
    実際、クレ−マ−と呼ばれるような日常的に業者を換える人もいる。
    措置の時は税金でやっていたから断れないが、今は契約なので「手が足りない」と理由をつけることができる。
    そうすると、このエッチなおじいさんはなかなかサ−ビスが使えない。
    現状は、泣きながらでもどこかが引き受けている。
    ビジネスになったと言いながら、みんなこの仕事に誇りを持っているので、自分が受けないというのは、自分たちの倫理観に反するので、踏ん張っている。
    事業所のスタッフが踏ん張りきれなくなったら、利用者さんはそこの事業所と切れて他へ行くが、「○○というご利用者さまは、職員をこわすから受けない方がいいよ」とは言えない。
    ご利用者さまの暮らしに係わっているという点で他の事業と違うので、「好きだ嫌だ」のレベルで「お宅には行きませんよ」と言ってしまうと、その人は暮らせなくなってしまう。
    だから言えないという苦しさもある。

  • ヘルパ− サ−ビス提供責任者さんも途中からご同席いただきました
    誰をどこに派遣するかを考え、休みをとったヘルパ−の代役を勤めるというお仕事をなさっている方

    ヘルパ−は家政婦じゃない
    ヘルパ−:いちばん感じていることは、全ての人ではないが、通常利用者さんは1割の負担で家のことをやってくれる家政婦さんが来てくれると思われがち。
    でも、私たちは介護保険の中でやっているので、できることとできないことがあるが、それをわかってもらうのに大変苦労している。
    何でも言うことをやってくれる人と勘違いされてしまうことが多い。

    施設長:利用者さんも施設に来た時と、自宅にヘルパ−が来た時とでは違う顔を見せる。
    ここに来た時は、
    「いつもお世話になってありがとうございます」
    と笑顔で言う人が、家に帰ってヘルパ−さんが来ると、お手伝いさんだと思っているから、
    「お勝手口から入って来てちょうだい。何玄関から入って来てるの?」
    と平気で言えちゃう。
    昔は、訪問看護師がいてヘルパ−さんが一緒に挨拶に行くと、
    「ヘルパ−さんはお勝手口からどうそ。看護師さんはこちらからどうぞ」
    と言われていた。
    介護保険という見たこともない制度がはじまっちゃったから、今までの知っているものに当てはめて考えるのは仕方がないこと。

    ヘルパ−:はじめの契約の時の説明では、わかってくれる。
    実際に仕事に入るとだんだん「ヘルパ−は何でもやってくれる人」という意識に変わってしまう。
    それは利用者さんだけの責任ではなくて、私たちの説明不足もあると思うし、国や都も高齢の方でもわかるような広報の仕方をしていただかないと専門的な細かい字のものを配ってもどれだけわかってもらえるんだろうかと常に感じる。

    ヘルパ−から見て介護保険になって良かった点
    ヘルパ−:措置の時代は、福祉事務所が利用者さんを各事業所に当てはめていたが、介護保険になってから利用者さんが事業所を選択できるようになった。
    まだ本当には選び方をわかっていらっしゃらないだろうけど、この制度が長く続いて、今の50代の方が65歳以上になった時には、今とはぜんぜん違った姿になっているだろうと感じる。

    ケアマネ−ジャ−(ケアマネ)はすごい
    施設長:ケアマネの報酬は、1人の利用者さんに付1ヶ月の9000円。
    訪問を1ヶ月に約2回、サ−ビスを提供している人の調整をして、要望を聞いて、いろんなことをひっくるめて月に9000円。
    1人が40件持っていたとしても、事務所の経費とかを考えると、いくら給料を払えるんだと思う。
    因みに、訪問看護師は、ケアマネのプランの中で1回行くと1時間で約8000円。
    ケアマネのいっさいがっさいの仕事が、看護師の1時間とほぼ同じ報酬というところに、介護保険の最大の問題があると思っている。
    ケアマネにプロとしての仕事をしてもらって、役割をきちんと果たしてもらうためには、今の単価ではできない。
    福祉の現場には人がいい人が多いから『おかしいんじゃないの?』と言いながらもやる。

    ヘルパ−のストレス
    施設長:現場で働くのは本当に大変で、利用者さんのいろいろな想いをその場で受け止めているが、それを出す場所がない。
    だからご利用者さまの家を出た後で、公園で『はぁ〜』と言ってから次へ行くくらいストレスがある。
    ご利用者さまの自宅へひとりで行くという点で、ヘルパ−は誰でもきるとは思えない。
    勘違いであっても相手の機嫌を損ねると、『今日来たヘルパ−はだめだ』と一方的に言われちゃうので、私としては、ヘルパ−は介護の仕事の終着駅だと思う。

    それでもがんばるヘルパ−
    ヘルパ−:私たちが何かをしたら、利用者さんは笑顔で返してくれる。
    話しかけてもなかなか返してくれない人が、ある日をきっかけにがらっと変わった時はすごくうれしい。
    学校の歴史の授業でしか聞いたことがなかったようなことを実体験としてお話しいただけるのが、とっても勉強になるから、そのことはこの仕事を続けている理由のひとつだと思う。

    自分も成長
    施設長:悪徳業者についての報道もあるが、これが我々の仕事だから、批判されることはいいと思う。
    ひとりひとりの職員が未熟であることや、制度として問題がある部分で、充分に対応できていないこともたくさんある。
    介護保険は、昔は「ご利用者さま」と呼んでいたのを「お客様」という位置付けに意識を変えてくれた。
    つまり、昔は「わがままな人だなぁ」というのを「そういう想いを持ってるんだね」という受け取り方ができるような我々の成長につながったし、この業界が一皮剥けて次のステ−ジへ上がっていける土俵を作ってくれたかなと思っている。

    世の中の人に望むことは?
    施設長:人は誰でも年をとる。
    介護は、どこかの場面で必ず必要になってくるので、決して他人のことではない。
    自分の問題であれば、例えば老人ホ−ムで4人部屋に入ることになった時、「4人部屋でいいのか、個室にしなくていいのか。ここに補填をして個室にすることができるんじゃないか」という関心を持っていただけるかどうかということ。
    ヘルパ−がプロだと認識してもらえないと、一生懸命やっているヘルパ−が壊れてしまう。
    一生懸命やっている人たちが、社会的に認められることが必要。
    どんなにつらい仕事でも、ステ−タスが高いと(報酬も含めて)我々は誇り高い仕事をしていると思うことで、がんばることができる。
    そうなって行けば、ご利用者さんも『お手伝いさん』とは呼ばずに、プロとお客さまの関係になる。
    そのためにはプロとして育てなければいけないし、環境をつくらなければいけない。
    ヘルパ−はほとんどの人がパ−トタイマ−。
    一生懸命働いていても、利用者さんが入院しちゃうと、急に収入が1/3になってしまうという場合もある。
    子供を育てようとヘルパ−だけやってても無理。
    ヘルパ−さんの地位を上げていくには、大変だけど今いるヘルパ−さんがプロとしても誇りを持っていなければならないし、そういう風土を作らなければならない。
    ケアマネとヘルパ−については、報酬をかなり上げてもらってプロとして誇りの持てる仕事をしてもらう。
    その代わり、やるべきことをやらない人は悪徳と言われて潰されてもいいと思う。

    ヘルパ−:私たちも人間で気持ちがあるので、実際利用者さんのお宅に行って「やって」と言われるとやりたい気持ちは本当にあるが、それをやってしまうと介護保険としては認められないので、報酬を返還しなければいけなくなってしまう。
    利用者さんが何でもやってくれると思わないよう、私たちは月1回ヘルパ−さんに集まってもらって、常に「介護保険にはできることとできないことがありますよ」と説明するよう言っている。

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コメント

すごいややこしいです。読めば読むほどややこしい。

>国の介護保険制度に関する説明書きはとてもわかりづらい。
>我々が読んでもわかりづらいということは、そもそも国民にわからせようという意識がないということ。

と言われるくらいだから、ややこしくて当然なのでしょうけど、まったくもって正解のない制度というか。狐につままれたような感じです。

ひとつとっても同感なのは、施設長さんの
>どんなにつらい仕事でも、ステ−タスが高いと(報酬も含めて)我々は誇り高い仕事をしていると思うことで、がんばることができる。
>そうなって行けば、ご利用者さんも『お手伝いさん』とは呼ばずに、プロとお客さまの関係になる。
という言葉ですね。

私、だからボランティアという存在に頼って成立しようとするナニガシ全般が、信頼できないんです。

投稿: 水島美也子 | 2005年3月18日 (金) 14時28分

>私、だからボランティアという存在に頼って成立しようとするナニガシ全般が、信頼できないんです。

何となく理解できます
ボランティアって微妙な存在だと思います
協力してもらう側は神経を使うし、ボランティアもそれなりの責任を自覚していないと務まらないと思います

投稿: ぁぃ | 2005年3月20日 (日) 02時39分

この記事へのコメントは終了しました。

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