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2005年3月 2日 (水)

2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会−長野がはじまるよ!! 【取材記9日目】

電子空間の旅芸人」より

お金が無くても、たとえ障害があったとしても、人生を楽しんでいる人は沢山いる。幸せとは、その人の心の持ちようだと思う。私は与えられた環境の中で、精一杯生きている人が好きです。

スペシャルオリンピックスで競技を見ている時、選手たちに障害を感じることはほとんどありません
フィギュアスケ−トで「おっとっと」とコケそうになっている選手も、私の何倍も上手です

地元に住んでいる私の伯母が家事をしている間、聞いていたラジオ放送の中で、スペシャルオリンピックスを取材する海外の取材陣たちが、
「日本ではハンデがあるとかないとかと表現することにびっくりしている」
と言ったそうです
ハンディキャプになっているのかいないのかなんて、他人が決めることではないのかもしれません
先週今週といろいろな方とお話する時、「障害がある方」という言い回しがベストなのかと戸惑っています
ちょっとこだわりすぎなのかもしれませんが、もっと適切な言葉が見つかればいいのにと思います

さて今日は、フロアホッケ−に出場されている選手のお母さまにお話を聞いてきました
選手ご本人やコ−チにお話を聞きたかったのですが、インフルエンザがはやっているので、取材には応じてもらえません
とても残念ですが、せっかくに世界大会ですから、インフルエンザには邪魔されたくないですもんね

知的発達障害を持っていても、体を丈夫に保つためスポ−ツをさせたいとお母さまは考えていました
でも、一般の方の中には入っていけません
そんな時にスペシャルオリンピックスのことを新聞で見て、飛び込んだそうです

息子さんは、ボウリングが大好きだったので、ボウリングのプログラムに参加しました
(その頃、お住まいの地域ではフロアホッケ−はありませんでした)
98年の5月頃から参加して、その年の夏休みに行われた神奈川大会で金メダルを獲得しました
「すごいすごい!」と絶賛する私に、お母さまは、
「レベル分けされていますから」
とおっしゃいましたが、そのグル−プの中でも、はじめての大会での金メダルはすごいと思いませんか?
そして、その金メダルは、ご本人にとって大きな自信になりました
翌年、アメリカのノ−スキャロライナで開催された世界大会へのエントリ−を勧められ、すごく悩みましたが、お住まいである地域のスペシャルオリンピックスを立ち上げられた方に背中を押され、エントリ−しました
ラッキ−なことに、そのエントリ−が選ばれて世界大会へ出場なさったそうです
「何がなんだか、1年くらいの間に環境が変わってびっくりしちゃった」
とおっしゃるように、スペシャルオリンピックスのプログラムに参加して、一挙に社会が広がったようです

この時、アメリカの地で、親とは離れて仲間たちと寝起きします
自閉症であるため、自分の気持ちを言葉にするのは苦手
「あの子の中にもいろいろと乗り越えなければならないことがいっぱいあって、そのためにもスペシャルオリンピックスに参加させたんです」
と、スペシャルオリンピックスは、そのご両親の期待に応えます

息子さんは、新しい人、新しい環境に慣れるのに時間がかかり、不安で仕方がありませんでした
でも、ノ−スキャロライナで、お友達を作ることの楽しさを知りました
日本に帰ってきてから、いろいろな大会で、その時苦楽を共にした仲間たちと再会できるのもとてもうれしい
ノ−スキャロライナでの経験によって、新しく知り合った人と仲良くなったり、話をしたりするのに、そう時間がかからなくなり、自分から積極的になっていったそうです
それは、すごい成果だったとお母さまはアメリカの世界大会を振り返りました

その世界大会で、息子さんは、個人では1点差で銀、ダブルスで6位、グル−プ(4人)で銀を獲りました
特にグル−プで銀メダルを獲得した時は大騒ぎで、親たちもパチパチパチと写真を撮り、取材もすごい
最初こそにこにこしていましたが、そのうちうんざりして、しかめっ面ばかりの写真が残っているそうです
自分の考えをうまく言葉にできないこともあって、取材されることはとても苦しかったそうです
また同時期に、今まで勤務していた会社が不景気のために人員整理をして転職しなければならなくなり、とても苦しい時期もなりました
気持ちが不安定で、その後はしばらく選手としては大会には出場しませんでした(ボランティアとしては参加しました)

息子さんが転職した先は、ス−パ−マ−ケットで土日が休めず、お友達と会えなくてさみしい想いもなさっていたようです
バスケットのプログラムが夜はじまったので、それに参加して、フロアホッケ−のプログラムが夜にはじまった時、それにも参加しました
時間帯によって参加できるものには、積極的に参加なさっています

練習に参加できないのはとても不安です
みんなは上手になっていくのに、自分は練習に参加できないから、なかなか上達しないので、今回の長野の大会も最初は参加しないと、親子で決めていたそうです
ところが、やはりお住まいである地域のスペシャルオリンピックスの関係の方に後押しされて参加することになりました
去年の12月に入ってから、練習に参加できるようになって、息子さんは「取材もいいですよ」と急に変わったそうです
「日常の練習は自信につながります
大会へ出るという気持ちを高めるためにも、日常の練習はとても大切なんですよ
技術が身についてくることで、自信が芽生えてきます
大会は発表の場であるから、みんなにいいとこ見せたいじゃないですかぁ
いいとこ見せるためにも、だんだんいい状態になっているという実感を持ちたいんですよね
それは、み〜んな同じだと思うんです
練習不足は、あの子にとってかなり不安でした
大会がはじまったら、こっちがどうしようと思うくらい動かないんですよね」
と笑顔ですが、我が子をとても思いやっていらっしゃることがわかります
そして、
「練習するだけではだめなんです
発表する場が必要で、評価をしてもらい、みんなに喜んでもらい「すごいね」と言ってもらうことが大切なんです」
と練習だけなく、その成果を認めてもらう場が大切なんだともおっしゃいました

「ゲ−ムに勝った時、みんなが『うわぁ』と盛り上がっても、あの子はぜ〜んぜん」
でも、胸の中にいっぱい想いがあるってことが、息子さんの笑顔から伝わってくるそうです

チ−ムプレイである難しさについて質問してみました
すると、同じチ−ムの中でも、技術面ではとても差があると話してくださいました
ル−ルをすぐに理解できる人、5年経っても理解できていない人
「でも、それを比べちゃだめなんです」
とお母さまは強くおっしゃいました
大切なのは、その子の中で、どのくらい上達したかということ
そして、みんながそれぞれいろいろな気持ちと闘っていて、それに勝つことも大事なんだそうです

やはり、技術を向上させるためにはコ−チのサポ−トが必要で、
コ−チの手が足りないと、自分から覚えられない子はどうしても遅れてしまうそうです
私も、この大会を機にコ−チの数が増えることを期待します

フロアホッケ−よりもボウリングが好きだという息子さんは、パックと一緒に固まっている選手の中に自分から入るのはとても嫌なんだそうです
障害の個人差よりも性格の違いで、闘争心のある子もいればそうじゃない子もいるそうです
自分がゴ−ルしたいとか、自分でやりたいという子は、パスもしないで自分でずっと走り回り、パックを離しません
「みんなそれぞれ個性があって、うちの子はパックが来ると、すぐに他の人のところへパスしてほっとしてるんじゃないですかねぇ(笑)
だから、何が何でもボウリングが一番!!」
というお母さまの言葉に、長野へ来る前に、知的発達障害を持っている人たちは競争心がないと聞いていましたが、やはり普通の人と同じで、個性があるのだとわかりました

「ボウリングは集中力が必要な競技ですね」と私が投げかけたら、いろいろな大会で競技するのを見て、「自分の子どもがこんなにも集中できるんだ」とお母さまは驚かれたそうです
こういう場面を積み重ねて行くことが、集中力を持続することになり、ボウリングでの集中力とフロアホッケ−のチ−ムプレ−がお仕事へも活かされています
「ゲ−ム中もパックをよく見て、自分が何をすればいいのか判断していると思うんですよね、親の欲目ですけど(笑)
結構みなさん、パックの行方を見ていらっしゃいますよ
そういう集中力って職場ですごく活かされると思うんですよ
次に何をすればいいのか段取りよくするって言うのは、チ−ムプレ−ですもんね」
と、親ばかぶりに照れていらっしゃいますが、私もその通りだと思います

社会に出た息子さんは、一日の大半を一般の人たちの中に混ざって過ごすようになりました
おうちに帰った時は、神経を使い果たしてぐったりなさる日もあるでしょう
この息子さんは、たまたまテレビ局に取材されて、スペシャルオリンピックスの練習の映像と、職場の映像の両方を放送されました
「比べると、その表情は全く違うんですよね
仕事の時は、はじめて見ましたけど、かなり緊張してました
仕事だからそうじゃないと困るんだけど(笑)」
と、初めて見る息子さんの仕事ぶりに関心なさっています
「チ−フに言われたことをきっちりとメモして、それに間違いがないかどうかを確認してるんですよね
それを見た時、こうやってメモすることを覚えたんだとわかったんです」
と、新聞のテレビ欄をメモして来ていた息子さんに対して、家族が教えないことでも、仕事だから大切なことだと自覚して習得しているとわかったそうです
「社会に出て教わることが多くて、とても成長しました」
と、社会と係わることの大切さを実感なさっているようでした

社会とは、例えば職場だけ、スペシャルオリンピックスだけと単独ではなく、いろいろな場での経験が相乗してひとりの人間を形成しているのだと、強く訴えられました
「スペシャルオリンピックスに参加するとしないとでは、大きな差があります
大会に関心がある方は、注目してくれるでしょう
そうじゃない人もいるけれど、そういうことの積み重ねなんだと思います
本人が出て活動することによって、みなさんに知ってもらえることがあります
ここ数年で、考え方が変わってきて、親たちもどんどん地域に出していかなきゃならないと、勉強もしはじめたんです
私たちは、地域で支援する親の会を作って、補助金を得て、スペシャルオリンピックスのプログラムに参加する子どもたちの送迎バスを利用してます
支援する施設ができることによって、子どもたちの生活が豊かになりますからねぇ」

このお母さまがおっしゃるように、息子さんは、いろいろな人と交流して明るくなれたし、気持ちも落ち着いているそうで、とても感謝なさっています
私がおどろいたのは、息子さんが交流なさっている会とは「本人の会」
「親がいつまでも代弁していてはいけないという時代になってきてるんですよ」
と聞いて、私が思っているより日本ってイケてるのかもと思いました
「春のお花見、夏はビアガ−デン、冬は忘年会と、飲む会にはほとんど皆勤賞なんです」
とお母さまは大笑いでしたが、スペシャルオリンピックスだけではない交流の場が持てるのは、とても素敵だと思います
スペシャルオリンピックスと支援の会と、どちらを優先するか自分で考えて決めるようになりました
「今までは、親の言うとおりにやってきましたが、自分で選んでやっていることが積み重なって、成長しているんだなと思います」
本当は、そろそろ親離れするべきなのに、なかなか親の方ができないと、成長を喜ぶ半面、ちょっとだけさみしさもあるのかもしれません

ところが、世間のご両親の中にはせっかく支援する会ができても、
「うちはいいです
兄弟がいますから、兄弟が面倒みます」
とおっしゃる方もいらっしゃるそうです
兄弟なら同世代ですから、「死なば諸共」なんてことだってあり得るわけです
「若い世代の人に委ねた方が親だって安心
自分がいかに社会に子どもを託して、安心して死んでいけるかが、私たちの究極の願いなんです
そういう社会を作るために、スペシャルオリンピックスは大きな役割を果たすと思うんです
そんなことをいちいち考えなくてもいい社会にならなければいけませんよね
いつのことかわからないけど、少しずつ変わっていることは事実です」

とにかく金メダルが大好きで、リボンや表彰状にはあまり興味がない選手たち
この大会で競技をすることが、社会にとっての金メダル以上に意味があると理解してほしいと思います

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