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2005年2月 5日 (土)

社会が作るこどもの傷 

Group 私がこのテ−マを選んだのは、養育されない子供たちは全く自分に落ち度がないのに、後ろめたさを感じて生きていることに疑問を感じたからでした
被害者である子供たちが、偏見の目にさらされるのはおかしい
それを考えるのに、養育してくれる親のいない子供が難病にかかった時、その治療を知ることで、親のいる子といない子の置かれている環境の差が明確にわかると思い、まずは病気の子供を支援するNPOを取材しました
そのNPOのHPに「多くの人は病気とは無縁のところで生活しているが、病気の問題は当事者である子供や両親だけの問題ではない。社会の人間観や生命観が反映するもの。」と書かれてあり、それがどういう意味なのかとひっかっかったまま取材へ臨んだのです
そしてお話を聞くと、病気や障害を抱えた子供たちが学校を選ぶ権利を行使できていないとNPOの方はおっしゃいました
「学校には大勢の生徒と教師、そして父兄という厄介な人たちもいます。厄介と言ってはいけないな。」
と聞いて、親というものは、自分の子供のことは必死に守ろうするものだと思いました
特に自分の子供が病気であったら、NPOの助けを借りたり、行政に働きかけたりすることもあるでしょう
では、親のいない子供たちのために、誰がどう動いているのだろう
養育してくれる親のいない子供たちの現状を知るために、子供と係わるいろいろな立場の人に会ってきました

児童養護施設で学習ボランティアをしている人たちは、最低でも1年という長いスパンで、子供と向き合います
しかも、子供たちが困った時に話を聞いてあげられる人間関係を築くために、それぞれの子供に担当を決めてマンツ−マンツで接します
それは、子供たちが施設から社会に出た時を見据えたもので、本当に子供たちが苦悩するのは、社会へ出てからなのだと知りました

では、子供たちがどんなことで苦悩しているのかを知るために、児童養護施設の職員さんと卒園生にお会いしました
私が訪ねた施設は全く違うタイプのものです
ひとつは、住宅地の中の狭い敷地にあり、大人数単位で生活をする大舎制と言われる施設
ここでは、家庭を知らない子供のために、一般の家庭にホ−ムスティをさせるなどの努力をしています
里親でなくても、月1回とか夏休みのうちの1週間だけとかホ−ムステイをさせてあげることができるということも私は知りませんでした
そういう情報って少ないと改めて感じます

この施設の卒園生は、人間関係で苦労していることがわかりました
施設と学校の往復で、いきなり社会へ出ても、周囲の大人たちとの関係をどう作ればいいのかわからずに、卒園して1年半は半ひきこもり状態に陥ったそうです
これではいけないと大学へ進学しようと奮起し、
「ひとりで生きていくんだから人脈を作ろう。そのためには自分から動いていかなきゃだめなんだ。」
と人間関係を築くために今も奔走しています

この卒園生のように前向きになれるのは稀な事例で、夢を抱く子供が少ないそうです
夢や自信を持つためには、一般の家庭では何てことない日常の親子のやりとりが必要で、母親が自分のためにごはんを作ってくれる姿や、父親が働いた給料の中から自分のお小遣いを出してくれる
また、自分がやったことに対してほめてくれるというやりとりがない大舎制の施設のには、限界があると職員さんが嘆きました
でも、そこで生活している子供たちがたくさんいるという現状もあるのです

もうひとつの施設では、4LDKのマンションのような寮に8人ずつ別れて兄弟のように暮らす小舎制が取られていました
グル−プホ−ムという施設の外に1戸建を借り、3人ロ−テ−ションの職員と8人の子供が生活する取り組みもなされています
そこの職員さんに子供たちが抱えている問題を聞いても、「一般のお子さんと同じで・・・」という答えばかりで、特に問題はないという印象でした
確かにハ−ド面での家族は成り立っていますが、子供たちが本当に家族と感じているか、親のように心を許せる人がいるのかどうかはわかりません

では、家族を実体験できる養子・里親に引き取られた子供の苦悩はどういうものなのか、里親子を支援する団体の方に話を聞きました
先ず驚いたのは、欧米と比較すると里親制度で日本が非常に遅れているという点です
イタリアの里親の方に
「20年は遅れてるね」
と言われたそうです
特にアメリカでは、当然のようにクラスの中に1人か2人は必ず里子がいて、里親の元で新しい人生を送れることはおめでたいんだと、地域ぐるみでお祝いをします
それは、貧しいブラジルでも同じだそうです

日本で里子に対するイメ−ジを考えてみてください
私が会った里子さんは
「子供の頃、自分と同じような境遇の人は誰もいなくて、『自分は人と違うのか』と悩み、友達とも打ち解けられなかった」
と言いました
日本は、ブラジルほど貧しくないしストリ−トチルドレンだって私は見たことがありません
経済的に余裕のある家庭は多いのに、他人の子供を自分の家に入れている人は圧倒的に少ないんです
しかも、子供たちが彷徨う原因は、虐待など経済的な理由でないことも多い
私たち日本人は、「かわいそうな人」を施設に囲い、ふたをして見ないようにしていると思えてなりません
親によって傷つけられた子供たちの多くは、施設に入れられ、社会から関心を持たれることがなく、自分たちの苦悩や問題を内に秘めたまま社会へと旅立っています

イギリスでは、犯罪者やホ−ムレス、精神疾患を持った人の中に児童養護施設出身者が多いので、里親を増やす政策を取っていると里親子を支援する団体の方から情報をいただいて、日本はどうなの?と児童相談センタ−に問い合わせてみました
「東京都でそういう統計を取っていないので、おそらく国(厚生労働省)としても調査をしてないのでしょう」
という答えをいただき、国民の無関心さに愕然としました

Mazuo
その里親子支援の方は、「マズロ−のピラミッド」(図)という図を見せてくださって、心理学的に不安定な心とはどういうものなのか教えてくださいました
母親のおなかの中にいる時に安全感(第1レベル)と安心感(第2レベル)をもらう
その上に、所属感(第3レベル)を持てる人が必要となります
所属感を持てる人というのは、通常は親であり、里子の場合は里親で、養子だと養親になります
これら3つのレベルは「愛着」と言われるもので、母親に抱かれた6ヶ月を過ぎた頃の赤ちゃんに知らない人が「おいで」と言うと「いや」という行動を起こしますが、あれは自分の母親に愛着があるからです
施設で生活する子供でも、施設をふるさとと思えることができたり、信頼できる人がいれば、所属感を持てます
これらの3つの層が積み重なってはじめて、母からもらった愛情を返したり、兄弟をかわいがったりという他者への思いやりが出てきます
同じ第4レベルにある自信というのは、周囲の人によって作られるもので、学校の先生にほめられるのもいいけど、安全感・安心感・所属感を与えてくれた人(普通なら親)にほめてもらいたいと子供は願うのです
そうすれば、頂点である第5レベルまでいくことができ、自分の能力を発揮し自立することができるんだそうです

「底辺ができてないのに自立しろと、施設を追い出されてもできるわけがない。このピラミッドを着実に積み上げてやるのが施設、里親、養親、親の役目です。自分に真剣に向き合ってくれる人がいるということを子供の頭に焼き付けてあげる役目があるんです。」
里親子支援をなさっている方の言葉には説得力がありました
ピラミッドの底辺である安全感や安心感、所属感が欠けていると、不安で怒りっぽくなったり、横道にそれてしまうこともあるかもしれません
私は、何の疑問もなく家族からこれらのピラミッドをもらっていたのだと感謝し、人間を形成する上で、愛情を注がれることがいかに大切なのかとわかりました

安全感、安定感、所属感をくれる人を無意識に決定しているその基準は一体どこにあるのでしょう
養護施設を卒園した方がおっしゃった中に、答えはありました

その方は、定期的に面会に来てくれ、無理をして自分の欲しいものを買ってくれた父親に愛着を感じていましたが、父親に捨てられたという悲しい現実に混乱させられます
「自分はやればできるんだ」と社会に思わせたくて、不良にはならず有名大学へ進学した頃は、友達が家族のように気にかけてくれたこともあり、父の存在を無視するようになっていました
そして、父親の死に直面します
父の遺体を見た瞬間に、父を恨むことより、封印していた父への愛情が勝ってしまい、父の全てを許し声を上げて泣きました
自分が社会に対して反発していたのは、父を追い込んだ社会に何かを訴えたかったから
自分が横道にそれなかったのは、自分のために我が身を犠牲にしてくれる父が「お前の息子だから」と世間から責められるのが許せなかったから
でも、本当に認めて欲しかったのは社会なんかじゃない
父親に「よくやった」とほめて欲しかった
自分の父への対する愛情が湾曲していることにと気づいたのでした

この方は「施設の職員は親にはなれないよ」と付け加えます
「職員のことは好きだし、世話にもなってるけど、自分のために全てを投げ出してまで守ってくれる人ではないと、子供は幼くても直感する」

もしも、自分がどんなに非道徳的な行動をしたとしても、この人ならばきっと理解してくれる
この人ならば、どんな時でもきっと味方になってくれる
凶悪犯罪を犯して死刑を宣告されても、この人ならば死刑執行の時きっと泣いてくれる

最後の最後に、無償の愛情を注いでくれる「この人」がいてくれるから、人間は生きていけるのですね

養護施設の卒園生であるプロボクサ−の坂本博之さんは、1つ1つの試合を勝つことで自信を得て、更に前へ進み、今があるとおっしゃいます
坂本さんは施設にいればごはんが食べれるし寝る場所もあると感謝し、弟さんと共に一歩ずつ人生を歩んできました
いつも前向きに、夢へ向かって努力できるのは、弟さんの存在があるからなのでしょう

里親さんの元から巣立った方は、実親に会いたいと思う時期を経て、今では、里親さんのことを本当の親だと思い、実親とは連絡を取っていません

養護施設の中で、自分を絶対に守ってくれる人を見つけられないまま社会へ出てしまった子供がいたとしたら、その人が崩れてしまうのは当然のことのように思えます
自分が何をしようがほめてくれる人はいない
住む家がなくて彷徨ったって心配してくれる人なんていない
人殺しをしたって、困って泣いてくれる人がいない
誰も自分に関心がない
そんな状況で、投げやりにならずにいられるでしょうか

「そういう人を見つけるために、社会の中へ自分から飛び込んで来いよ」と言う前に、こんな事情を抱えた人たちがいるという現実を知ってください
養護施設で育った子供の中には、人間関係の築き方すらわからない子供もたくさんいます
彼らが養護施設に入ったことは彼らの責任じゃない
それなのに、不安定な心を誰にも気づいてもらえずに、後ろめたさを感じて生きている人がいっぱいいるんです

「やっぱり親のいない子だから・・・」と思ってしまうことはありませんか
私は、かわいそうだからと目をそむけていたひとりです
生まれてきてかわいそうな子供なんてひとりもいないはずなのに・・・
もしもそんな社会があるのなら、生まれてきてかわいそうな社会で暮らしている私たち自身に問題があるのでしょう


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コメント

 2週間の取材と執筆、お疲れ様でした。

 自己を無条件に承認してくれる<家族>と、社会関係のなかで正しく自己を位置づける作法を身に付けさせる<地域>のいずれも、子どもの成長には欠かすことができません。
 その一方である<家族>とは、「自分を絶対に守ってくれる人」の存在、または坂本さんにとっての弟さんや【取材記11日目】の里子経験者さんにとっての里親さんのような「自分が絶対に守ろうと思う人」のことなのでしょう。
 “肉親のない子の養育”をめぐるあなたの取材記録を通じて、“人が、人に育つための条件”とは何かを考える機会を得ることができました。泉さんは一旦このテーマから離れて、別のテーマに取り組まれることと思いますが、ぜひ長いスパンでこのテーマを追い続けていっていただきたいと思います。

 毎日コメントし続けることに、“やりすぎ感”を感じながらコメントを続けて参りました。今後は、泉さんの取材の方向を無理に歪めるものにならないよう留意しながら適宜コメントをさせていただきます。
 コメントがなくても、みなさん泉さんの取材記をご覧になり、何がしかを感じ取っておられることと思います。私にも、コメントやトラックバックしていなくても注目しているブログがいっぱいありますし。

 今後の泉さんのご活躍を楽しみにしています。ではではまた。

追伸:
 今回のインタビューテープを文章に起こし、取材対象者の発言と客観資料に基礎付けて泉さんの解釈を表現するようにすれば、かなりの分量のルポルタージュになるでしょう。このまま眠らせずに、きちんと纏めて実績にしてくださいね。

投稿: an_accused | 2005年2月 6日 (日) 07時19分

非常に面白かったので日記上でリンクを張らせていただきました。
事後報告になりますが不都合でしたら削除しますのでご連絡ください。


これからもがんばって活動してください。

投稿: foursue | 2005年2月 6日 (日) 13時33分

いろいろご指導いただきまして、本当にありがとうございます
毎日、どうやって前へ進めばいいのか、自分自身を見失うことが多くて、ここでいただくコメントを読んで頭を整理しています

この2週間を振り返っても、もっとあんなことができたんじゃないかとか、取材してくださった方の想いを正しく伝えることができたのかと、反省することばかりです

an_accused さんのおっしゃるように、これきりで終らず、私の引き出しのひとつとなるようにしたいと思っています

foursue さん、日記でご紹介してくださってありがとうございます

これからも、厳しくご指導してください
よろしくお願いします

投稿: ぁぃ | 2005年2月 8日 (火) 03時37分

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