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2005年2月23日 (水)

2005年スペシャルオリンピックス冬季世界大会−長野がはじまるよ!! 【取材記3日目】

Hina 今日は、スペシャルオリンピックス日本・埼玉の鯨井辰夫会長と鯨井さんが理事を務めていらっしゃる「めだかすとりぃむ」(障害のある人たちの就労と生活と社会参加を支援する施設)へ行ってきました
埼玉からスペシャルオリンピックス冬季世界大会へは3人が出場します
私は今日はじめて知ったのですが、「アスリ−ト」と呼ばれる選手たちは、予選を勝ち抜いた人だったり、いくつかの大会で成果を上げた人が世界大会の出場権を得られるのではなく、応募した選手(応募資格として規定はあるそうです)の中から抽選で決定されるんだそうです
そもそもアスリ−トの中に競争心というものがほとんどなく、自分が最後まで競技をすることができたことを喜んだり、お友達がゴ−ルするところを見て喜んだりする
最後まで頑張ったこと全員を表彰するのは、勝ったり負けたりということにアスリ−トたち自身がこだわっていないのかもしれないのだと思いました

鯨井さんがスペシャルオリンピックスを知ったのは5年前
スペシャルオリンピックス日本の細川佳代子理事長とお食事をなさったのがきっかけだったそうです
元々ボランティアに興味がおありで、青年会議所や町会、ロ−タリ−クラブ、市の福祉推進員などの活動を通じてボランティアに参加し、ご自分が代表をなさっている会社では、毎年餅つき大会を開催して、ご近所の障害者施設へつきたてのお餅を20年来届けていらっしゃいます
細川さんとの出会いでスペシャルオリンピックスを知り、
「こういうものがあるなら、ぜひ地元の方にも喜んでいただけるのではないか」
と、埼玉県での活動がはじまりました
はじめは、アスリ−トやコ−チが集まるのかしらと心配だったそうです
「こんなことできるわけない」と思っているのは、親だけで、アスリ−トたちは、楽しく必死に競技に取り組んでいます
緩やかな斜面を20メ−トル滑るスキ−で転倒し、スキ−が脱げてしまっても、ちゃんと自分で拾い履いて、また滑る
「コ−チが教えなくても、アスリ−トたちはちゃんとできるんです
まぁ、最初に見た時はびっくりしましたねぇ」
と、スペシャルオリンピックスがどうなってしまうかという鯨井さんの不安を取り去ってくれたのはアスリ−トのひたむきな姿でした
先ず陸上のコ−チが見つかり、そのコ−チの尽力もあって今では200名以上のアスリ−トたちがいます
アスリ−トたちには、コ−チが言葉で指導してもなかなか伝わらず、人の競技を自分の目で見てその通りにやろうと頑張ってできるようになるんだそうです

私が興味を持っているホ−ムタウンプログラムで、親元を離れて他人の家へホ−ムステイする時も、親と離れてさみしいと泣いてしまうのは最初だけで、帰る頃には、「帰りたくない。みんなと別れたくない。」と言って泣いちゃう
家に帰って来た子供は、親はびっくりするくらいハツラツとするんだそうです

「スペシャルオリンピックスに参加するような人は、ほんの数パ−セントでしょうね
家の中に囲って閉じ込めてしまっている人もいるでしょう」
と鯨井さんはおっしゃいます
障害があるからできないと決め付けるのは周囲の人で、健常者と同じように可能性を持っているのだと知りました

鯨井さんが理事を務めていらっしゃる「めだかすとりぃむ」の職員さんは、
「適材適所を見つけてあげるのが、私たちの役目だと思っています」
と毎日の木工作業で試行錯誤を繰り返していらっしゃいます

「めだかすとりぃむ」は、養護学校を卒業した人が就職できるように、毎日通いながら訓練をする施設です
パンやクッキ−や木工品を作って一般の方に売り、お小遣いほどですが、報酬を得ることができます
ひとつのものを作り上げるまでには、いくつかの工程があって、どの工程がどの人に合うのかを職員の方は見極めなければなりません

Shoes
工房を見学させていただいて、私が最も注目したのは、パン工場の靴でした
白いスニ−カ−がいっぱい並んでいますが、よく見ると、サイズの順番にきちんと揃えてあります
この靴は、ここで働く障害を持った女の子が、一日に何度もきっちり並べているんだそうです
その女の子は、靴がきちんと揃って置かれていないと気がすまないそうで、誰かの靴が脱がれる度に、自分から並べています

木工の作業場には、大きなノコギリなんかも置いてあって、怪我しないのかと心配になりますが、知的障害と言っても危ないという認識を持っている方も多く、お互いに注意し合ったりもしているそうです
型紙を貼るだけ、色を塗るだけ、ヤスリをかけるだけといった単純な作業しかできない方もいらっしゃいますが、丁寧にやり遂げます
「お土産にどうぞ」と鯨井さんにいっぱい買っていただいたパンやクッキ−は、生地しっかりしていてとてもおいしかったです
Cookie

社会の中に彼らが適している職場もたくさんあると思いますが、気づいている人は少ないのではないでしょうか
障害を持っている人が、職場にいるということを考えたこともないという会社もあるでしょう
うちでの仕事は、障害を持っている人じゃできないだろうと決め付けているかもしれません
でも、見ようとすれば、いろいろなことがわかりました
知的発達障害を持った人だからこそ、嫌がらずに丁寧にできるお仕事というのもあるんですね
「例えば、洗濯物をたたむお仕事なんかは、単純だけど、きっちり丁寧にやるんですよ」
と鯨井さんもおっしゃっていました

鯨井さんはユニクロの情報もご存知で、
「社員の2%障害を持っている人を雇用したら、今では8%になった」
国で「雇用しなさい」と言っている数字は2%なんだそうです
ユニクロでは、その規定の数の障害者を雇用したところ、実に真面目で無遅刻無欠勤、作業も丁寧にやって、他の社員にも良い影響を与えているということで、8%にまで増えているようです

「めだかすとりぃむ」の職員さんも、
「今は仕事が楽しい」
とおっしゃっています
定年退職して、たまたま知り合いに紹介されてボランティアをしたことをきっかけに、「めだかすとりぃむ」さんの職員になった方は、
「とにかくピュアです
自分の子供とはまた違う反応が返ってきて、毎日感動することばかり
私も影響されてお酒も飲まなくなっちゃって(笑)
前の仕事というのは、食うために仕方なくやっていたことで、今は本当に楽しいです
スペシャルオリンピックスには、クッキ−を作っている子が出場しますんで、応援しています」

鯨井さんも職員さんも、
「障害があったってできることはたくさんある
できないと決め付けないで、できることを伸ばしてあげることが大切だ」
と、スペシャルオリンピックスでのアスリ−トを通して、どんな人でもやればできるという可能性を知って欲しいとおっしゃいます
職員さんは、スペシャルオリンピックスによって、障害者を受け入れてくれる企業が増えることを
鯨井さんは、障害を持った我が子を抱えて絶望している母親が減ることを望んでいらっしゃいます

「ボランティアに興味を持たれたきっかけは何だったのですか」
という私の質問に、鯨井さんは、こどもの頃の思い出を語り始めました
ご近所の障害を持った男の子の姿を今でも忘れられないそうです
汚れた服を着せられ、真冬でもいつも外に出されていたその男の子を見て「かわいそうだなあ」と思い、年頃になると、障害を持った女性をしあわせにしてあげたいなと考えたこともあるとポツリおっしゃいました
「遊んではいけない」と言われても気になったのでしょう
幼少の頃に見たその少年の思い出が、鯨井さんの心の底にずっとあるようで、社会人になると、すぐにボランティア活動をはじめました
韓国の田んぼの中の小さなおうちに、知的発達障害と合併症を持ったこどもたちを15人ひきとった家庭があると聞けば、行き寄付をします

こどもの頃の鯨井さんは、たったひとりの近所の男の子に何もしてあげられなかったかもしれないけど、スペシャルオリンピックスを知って救われた人はいっぱいいます
障害を持った子供をだっこしたまま、電車に飛び込もうかと思った母親も、今はひとつずつ技術を習得して、アスリ−トへと成長する自分のこどもに涙します
その涙に触れた鯨井さんの活動は、もうエンドレスになっちゃいました
バレンタインの日に、会議をしている会場までバスに乗ってチョコレ−トを持って来てくれる女の子や、大人同志の都合でドライブの約束を破られちゃって、半年過ぎても鯨井さんに「プイッ」とする男の子
全員がスペシャルオリンピックスの表彰台に立てるまで、スペシャルオリンピックス日本・埼玉の会長さんは辞められませんね

「表彰される時、見てください
みんな飛び上がって喜びますから」
と鯨井さんは笑顔でおっしゃったけど、私は、表彰されて喜んでいるアスリ−トを見て喜ぶ鯨井さんの姿が見たいです

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