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2005年2月 4日 (金)

社会が作るこどもの傷 【取材記11日目】

Satogo 今日は2人の方にインタビュ−して来ました
ひとりは大所帯の児童養護施設出身の方で、ひとりは里子を経て今は自立なさっている方です

このお2人は、似ているようで、とても対照的だと感じます
里子経験のある方は、実親の顔も知らずに他人に育てられ、今はその他人を親だと思い、施設出身の方は、実親に反発しながら施設の職員さんに世話をしてもらい、親を亡くした今、父以外を親だとは思えないと言います

共に、実の親に育てられていないという点では同じなのに、大人になった今、誰を親だと認識しているかちう点が全く違います
施設を卒園なさった方も、はじめは素直に父が親だという感情を持てなかったそうです
「父のことなんて何とも思ってない。無視してやる」という想いは、自分が勝手に作った感情で、長い間心の奥底に仕舞ったまま、世の中へ反抗しながら生きてきました
ところが、その父が亡くなってその遺体を見た瞬間、仕舞っておいた感情が一気にあふれ出し、父の自分に対する仕打ちを素直に許せてしまった
父への想いが湾曲していただけだったと気づいた瞬間だったんですね
同じ施設の子供たちが横道にそれるのを見ながらも、「自分はやればできるんだ」と大学まで進学したのは、「ほめてください」という父へのメッセ−ジと、「お前の息子だから」と世間から責められないで欲しいという父への配慮
自分にとっての親は、だらしなくても自分を捨てても、自分のために必死な姿を見せてくれた父ひとりだと言う施設出身の方
そのことに気づいたのが、父の死に直面した時だったなんて悲しいです
でも、「自分を許して泣いてくれる私という人間がいて、父は報われたんじゃないかな」とぽつりとつぶやきました

里子だった方は、血のつながりがない自分のために髪を振り乱しながら、やり場のない苛立ちをぶつける自分と向き合い格闘して、一生懸命尽力してくれた人のことを親だと思っています
思春期には、自分のル−ツを知りたくなり、実親を探したこともあるそうです
でも、今親だと思えるのは里親の方だけだそうです

親子って、家族って何なのでしょう
養育してくれる親のいない子供たちについて取材をしていくうちに、家庭のあり方について日々考えるようになりました
私は今、ひとり暮らしをしていて、戸籍上もひとりぼっち
両親は離婚した後、それぞれの人生を歩んでいます
父は新しい妻と、私によく似た腹違いの弟と新しい家庭を築き、母は私と妹を引き取り、自分の彼氏と一緒に住まわせました
妹は、子供の頃に別れた父のことを「パパだと思ったことなんて一度もないょ」と言うけど、その言葉を聞く度にやりきれない気持ちになる私です
腹違いの弟のことばかり話す父に「私を捨てた」と感じることがあったし、「この子が男の子だったら離婚しなかった」と話す母に長い間反発しました
でも、私にとっての親は、幼い頃の想い出そのもののパパとママだけです
こんなおばちゃんになっても恋しくなる私のル−ツ
今までは、当たり前過ぎて考えたことのなかった家族のこと
明日の記事の上でじっくり考えます

    【 今日の覚書 】

  • 児童養護施設出身(30代・会社員)
    食事やお風呂など少人数で区切らないで生活する大舎制

    親権は父が持ち、子供の頃から施設に面会に来てくれたのは父。
    母が父の許可をもらいはじめて面会に来てくれたのは中学1年の時で、思春期ということもあり、タクシ−の中でずっと手を握られているのが嫌だった。
    母はその後も面会に来てくれたけど、母と親子関係を築く気にはなれなくて、今も自分から連絡を断っている。

    中学・高校の間は、自分が人気者でいれば偏見を持つ者の側が跳ねつけられるので、人気者でいることが自分を守る最大の武器になった。
    勉強は好きではないけど「自分はやればできる」と社会に思わせたくて、時にはいい成績をとるように勉強した。
    大学に進学したのは、別に勉強がしたかったわけではなく、学生という気楽な立場が気に入っていたから。
    でも、「そんなとこしか行けないんだ」と思われるのが嫌だったので、100%無理だと言われた難易度の高い有名大学へ入るためにがむしゃらに勉強し、見事合格した。
    大学へ入っても勉強がしたわけではないし、良いところに就職しようと思っていたわけでもなく、アルバイトばかりして学校へはほとんど行っていない。
    精神的には不安定な時期で、ふらっとどこかへひとり旅へ出ることも多く、帰ってくると、アルバイト仲間が心配してくれるのがすごくうれしかった。
    友達は自分には親がいないと知っていて、友達みんなで気にかけてくれ、みんなで集まると家族のように感じた。
    今思うと、自分にとって居心地のいい仮想の家族だったのかもしれない。

    自分を捨てただらしない父を無視しようと努め、亡くなったと連絡が入った時も、何とも思わなかった。
    病院へ移動する間も、父のことを考えると腹が立ってきて「絶対泣かないし、死顔見てもむかつくだけだ」と思ったのに、遺体を見た時涙が止まらなくなった。
    「ひどい育てられ方をして無視したかったけど、自分にとって父は、どこまで行っても父だ、もう許そう」と思った。
    「お父さん、死ぬなよ・・・」とわぁって泣いたのは、どこにいようが、いつまでも生きて自分の反骨の対象でいて欲しかったから。
    「やればできるんだ」と社会に思わせたかったのは、、「ほら、お前みたいな親の子供はこんな風にしかならないんだよ」と父が責められるのが嫌で、「父がこんな風になっているのも社会のせいじゃないか」と自分では無意識のうちに親を守ろうとして努力したのかもしれない。
    でも、認めて欲しいのは社会にではなく、本当は父にほめて欲しかったんだと思う。

    父に対してそう思えるのは、父がどんなに大変な状況にあっても、定期的に面会に来てくれたり、自分のためにわが身を犠牲にしてくれたことがあったからだと思う。
    わが身を犠牲にしてでも自分のために動いてくれる父が、自分にとって精神的な部分で最後の砦だ。
    それはだらしなくても、捨てられても、どんな仕打ちをされても、どこまで行っても、父は父なのだ。

    父が亡くなってからは、ひとりぼっちになるのがとてもこわくて、恋人を大切にするようになっていた。
    だからと言って、結婚して家庭を作る気にはなれない。
    自分には家庭での実体験がないので、未知なことをするのはすごいプレッシャ−を感じるからだ。
    家族という形を取らなくても、父と同じように全てをなげうってでも自分を救おうとしてくれる人が今はいる。
    普通の人なら、そこで家庭を作りたいと思うのかもしれないけど、子供ができてもどう対応していいのかわからないので、責任が持てない。
    だから、心の底から信頼できる人と家族とは別の形で過ごしたいと思う。

    子供の頃、施設の職員もいろいろしてくれたけど、親ではない。
    職員のことは好きだし、一生懸命世話をしてくれることもわかるけど、自分のために全てを投げ出してまで自分を守ってくれる親とは違うと、幼くても直感する。
    施設で家庭のような形式を取ったとしても、バ−チャルはバ−チャルでしかなくて、親のように思える人をみんなで共有はできない。
    例えば、自分が犯罪を犯したとしても、親ならば味方になってくれる。
    そういう自分のために何かを犠牲にして守ってくれる人がいなければ、投げやりになって横道にそれることもあるだろう。

  • 里子経験者(20代後半・会社員)
    里親の家へ行ったのは6歳の時で、それまでは施設にいたが、その頃の記憶はほとんど残っていない。
    今は実親と全く連絡は取っていない。

    20歳まで里親の家で暮らし、里親の姓を名乗っていたので、友達のほとんどは自分が里子であることを知らなかったが、親同士のつながりで事情を知っている子もいて、何かしら言われることもあったが、本当のことなので、何も言い返せなかった。
    20歳を過ぎて、元の姓に名前が変わると、里子当時の卒業アルバムを見た友達に名前のことを説明するのが面倒。

    母親(里親)も子供を育てるのがはじめてで、特に勉強のことでは激しくぶつかったが、自立した今は、血のつながりもない他人の子供をよくここまで育ててくれたなと思う。
    本当の親だと思えるようになったのは自立してからで、今は歳を取っていく両親(里親)のことが心配で、何かあったら自分が面倒をみようと思っている。

    子供の頃は、里子は自分の周囲にはひとりもいなくて「自分は人とは違うのかな」と思い、友達とは本心から打ち解けられなかった。
    周りの大人たちの中でも、偏見の目で見ているということが子供ながらにわかって、何をされるわけではないのだが傷ついた。
    他人に育てられることは自分の責任ではないのに「かわいそう」と同情されて、対等でいられないことに疑問を感じる。

    養育するべき親のいない子がよく転々と住居を変えられているが、あれは良くない。
    長く落ち着いていられる場所を作ってあげるべきだと思う。

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コメント

 今回の【取材記】は、“親のない子ども”に関するレポートとしては最もオーソドックスな内容のようですね。
 もしも泉さんが、取材の最初に彼らのインタビューを行っていれば、「親に捨てられた子どもの、生みの親に対する複雑な心情」や、「里親育ちゆえの引け目と、里親への感謝の念」、「周囲の偏見への反発とその克服」について、きれいに纏められただろうと思います。
 でも、既に泉さんは“本当の親にはなれない”施設職員や里親の(ひょっとすると本物の親以上の)努力や、“血のつながり”によらず支えあおうとしているグループホームや自立援助ホームの人々の営みを知っています。他方、周囲から閉ざされた家族や施設内で発生する虐待の悲劇も知っています。
 “血のつながり”は、養育関係の重要な基礎です。しかし、それだけでは家族は成り立ち得ません。では何が家族なのか。
 あなたの記事を楽しみにしています。ではまた。

投稿: an_accused | 2005年2月 5日 (土) 12時44分

今回は、an_accused さんのコメントがとても励みになりました
毎回読むのが楽しみで取材記を書いています
自分でもあまいと思うのですが、慣れていないことをずっとやり続けるのに、ガクっと来ることがあります
そういう時を乗り切るには、コメントをいただけるのがいちばんなんです
読んでもらえてるという実感がないと、張り合いがないんですぅ・・・

これからもいろいろなテ−マを引っ張り出してきますので、よろしくお願いします
本当にありがとうございます

投稿: ぁぃ | 2005年2月 6日 (日) 03時04分

私も、養護施設で育ちました。 
いつからか、施設での思い出はタブーのように、蓋をして生きてきました。 そうしなければ、世間の中で生きにくかったのだと思います。
ずっと、許せないという思いに苦しみ続けてきました。 何を?・・ 誰を?・・ 訳のわからない混乱の中で自己嫌悪の塊のように、人を避け、世間を避け、一人強く生きてきました。 今でも、養護施設に育ったということを人に話す事は苦しみを伴います。
50歳を少し過ぎて、やっと、自分の生い立ちにまっすぐに向き合おうとしています。
心にどれだけの障害を持っているか、誰がわかってくれるのでしょうか?
家族や家庭や親子といった、人間として最も基本的な大切な事が、「ゼロ」の人間を、誰がサポートしてくれるのでしょうか。
苦しい人生でした。 混乱と、訳のわからなさで一杯でした。

投稿: すばる | 2005年4月29日 (金) 12時54分

すばるさん
とても考えさせられるコメントでした
ありがとうございます

あなたの苦しい人生の中に、楽しいことはありませんでしたか?
何かをやり遂げたという達成感や、感動するくらいおいしいものを食べたり、涙が出るくらい感動する本や映画や歌と出会ったことはありませんか?
誰かと気持ちが通じ合ったり、何かや誰かを愛しいと思うことはなかったですか?
生まれてこなければよかったと思うばかりの人生だったの?


>ずっと、許せないという思いに苦しみ続けてきました。 何を?・・ 誰を?・・ 訳のわからない混乱の中で自己嫌悪の塊のように、人を避け、世間を避け、一人強く生きてきました。
このテ−マについて取材をする時、あなたと同じようなことを話してくださった方がいました
頑なだった彼は、人を愛することで少しずつ解けていきました
すばるさんが、ここへコメントしようと思ってくださった心の奥の部分を私なりに考えています


>人間として最も基本的な大切な事が、「ゼロ」の人間
養護施設で育った人が、そういう部分で「ゼロ」だとは私には思えません
でも、すばるさんがそう感じるのが当たり前なくらい社会は無関心なのかもしれませんね
私のように普通の家庭で育った者には、自分から入り込んでいかない限り見えない社会です
知らないから受け入れられないということもあります
先ずはお互いを知ることからはじめてみたらいかがでしょう
それも、すばるさんにとって苦しいことなのでしょうか?

投稿: ぁぃ | 2005年4月30日 (土) 01時53分

私には血の繋がりのない祖父母がいました。ものすごく昔でしたが祖父が言ってくれた事は今でもはっきりと憶えています。

「私と妻は血の繋がりはない。でも家族になろうと決めた。そして家族として生きている。
私とお前も血の繋がりはない。でも家族になると決めた。だから家族として生きる。」

その言葉だけで充分です。血の繋がりは大事ですか?

自分なりに結果を出そうとしてますが、もう両方とも亡くなってしまいました。結果が出たら墓参りに行ってきます。

私も良い親になれるか不安です。え?その前に結婚相手探せって?余計なお世話だっつーの。

投稿: 夜鳴鳥 | 2005年5月 4日 (水) 14時33分

私には、もうこどもを持つ機会はないと思っています
夜鳴鳥さんには、素敵なご家族を作っていただきたいと思います
どんな家庭に育った方でも、良い親になれるかどうか不安だと思いますょ

投稿: ぁぃ | 2005年5月 6日 (金) 10時59分

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