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2005年1月15日 (土)

新潟中越地震に見るマスコミの教訓 【新潟〜取材後記】

Ganba マスコミに関すること以外にも、世の中に伝えるべきものがあると思いましたので、
取材後記として書いておきます

大雪の現地を取材して、仮設住宅の人たちの明るさに引き付けられました
「失ったものは大きいけど、得たものもいっぱいありました」
そんな言葉をあちらこちらで何度も聞きました
いろんな人から助けられ支えられて、本当にうれしかったという感謝の気持ちと
だからこそこれから頑張っていかなければならないという前向きな気持ちがあります

私は、仮設住宅の方にしかお会いできませんでしたが、
自宅に帰ることができた人たちの生活も大変であることに変わりはないようです
「ほぼ100%のお宅が被害を受けていますので、
潰れなくて家に戻れた人も、家を修理するのに多額なお金がかかります
仮設住宅には世の中の視線が行きやすく、援助も多くありますが、がんばってるのは家に戻れた人も同じなわけで、不均等なのではないかなって気もします」
と、仮設住宅と家に戻れた人の両方を抱える小千谷市の担当の方は話します
被災したのは、仮設住宅に住んでいる人だけではないと改めて気づきました

Kaero 被災の経験がある神戸の方は、未だに無償で働いてくださっているそうです
また、小千谷市では2004年の5月に東京の杉並区と災害協定を結んでいて、手厚いご好意を受けたそうですが、それだけでなく、
関東一円のいろいろなところから給水車が飛んできたり、
横浜市長が直接バスを持ってきて、群馬にある横浜市の持ち物である施設へ避難した人を受け入れたり
小千谷市とは全く交流のなかった場所からも多くの支援を受け、ありがたかったと小千谷市の方は感謝しきりといった様子でした

今回のような大きな震災の場合、周囲の市や町村が提携しようとしても、
お互い被害を受けていて支援することができないので、
遠隔地と災害協定を結んでおくことが重要であると知りました

ボランティアの問題は「これは被災地の宿命でしょう」と担当者が嘆くほど深刻です
大半の人は、わが身を省みず一心不乱に働いていますが、中には何をしているのかわからないという人もいたそうです
ボランティアセンタ−に登録している人もいますが、登録しない人もいます
物資と同じように、受ける側は善意を断ることができないのだと思いました
被災した側と(マスコミを含めた)それを援助する側の連携の取り方について、今後考えなければならない課題が多く残されています

雪が積もった今、復旧作業は進みません
本格的な復興は、雪がとけた春にからはじまるそうで、
被災なさった方々が本当に大変なのはこれからなのだと知りました
スマトラの津波も注目するべきことなのですが、
新潟中越のことも忘れずに注目していかなくてはなりません

道は通れるようになったと言っても応急処置でしかないし、ライフラインも同じように応急処置です
どれもこれもこれから直していくのです
復旧にはお金がかかるので、今被災地が必要としているのは義援金ですと声を大にして言いたいです

「テレビで避難した人とか、仮設とか見てたけどさ
まさか自分が入るとは夢にも思わんもんな
一瞬でみんななくなってしもて・・・
でも、命はあるからの
生きてるんだからみんなで仲良く」
体に雪を積もらせて話してくれたおじいさんの言葉を知ってほしいです
災難はいつ自分の身にふりかかってくるかわからない
頭ではわかっていても「まさか」という気持ちがどこかにあって、おじいさんの言葉は私に重く響きました

「雪がとけたらまた来ます」
新しくできたお友達に約束しました
春が来たら、復興していく被災地をレポ−トしたいと思います

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