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2005年1月31日 (月)

社会が作るこどもの傷 【取材記7日目】

Bear600 今日は、ある児童養護施設で、園長さんと卒園生の方にお話を聞いてきました
お2人からお話を聞いて、私の中に「人間関係」という言葉が深く響いています

卒園生である青年はさわやかで明るく、悩みもないと言うその口からは、「人見知り」や「新しい場所で新しい人との係わり」という言葉が繰り返し出てきます
身寄りのいない彼は、ひとりでは生きていけない
施設から出て、社会の中に放り出され、はじめは人と向き合うことが嫌だったそうです
「なんで俺だけ・・・」という彼の思考が「自分だけではない」と変わった
そう思わなきゃ生きていけない
彼は、人と係わり、支えてもらうことが自分には必要だと悟ったのではないでしょうか
社会に受け入れられようと、自分から変わろうと必死で努力している彼の心の内を、周囲の人がどれだけ理解しているのか疑問です

人間関係を形成する上で、施設での生活は限界があると園長さんは言います
施設の中で『家庭』を作リ出すことはできなくて、施設の子供たちの多くは、家庭を知りません
父親が家族のために働いてくれる
母親が自分のためにごはんを作ってくれる
自分のために家族が何かをしてくれているという日々の積み重ねが、人間形成に大きく係わってくるのです
テレビの中で見る家族の絵
そこから、愛情を知ることなんてできません

施設で得ることができなかった人間関係の積み重ね
それが社会へ出てどう影響しているのか、明日探してきます

    【 今日の覚書 】

  • 養護施設園長
    施設の子供たちの多くは、早くに親と別れているので大人との信頼関係ができにくい。
    大人を信用していない。
    特に虐待を受けた子供は大人を警戒し、話しかけても返事をしなかったり、はぐらかしたりする。
    自分をさらけ出すことはせず、悩みがあっても自分の殻にとじこもっている。
    子供同志でもうまくいかず、学校へ行ってもポツンと孤立していることがある。
    そういう子供たちと信頼関係を作っていくのが職員の仕事だが、最大限に努力をしても子供によっては難しいこともある。

    子供たちは、親を複雑な目で見ている。
    親だから愛したいという気持ちと、自分を捨てて、ぜんぜん自分のことを見てくれないという恨みのような気持ちがごちゃ混ぜになっている。
    他の子供の親が面会に来るのを見ると、やたらと職員にベタベタしたがり、胸の内をぽつりとこぼすこともあるが、職員は「大変だね」とか「何か事情があったんだろうね」とか「もう少し待とうね」としか言えない。

    自立しなければいけない時期が近づいた中3〜高1くらいには、事実告知をしなければならない。
    施設に入った理由や、現在親はどうしているという事実を傷つけないようにやんわりと言う。
    事実告知は、自分で生きていかなければならないことを自覚させ、気持ちの整理をさせるために必要。

    施設を出てからは、社会に適用する力が、一般の家庭で育った子供より弱いかもしれない。
    苦労をしているから強く生きていくだろうというのは、間違った考え方で、大人との人間関係が薄い分、うまくあまえることができなかったりと、せっかく就職してもすぐに辞めてしまう子供が多い。

    施設にいると、自分で選択するということがない。
    食事もお風呂も歯磨きも掃除も進学も、言われたとおりにやっていれば生きていられるので、自己形成ができない。
    自己形成ができないまま社会に出てしまうので、何かとうまくいかないことが多い。
    職員もそういうことではいけないと頑張ってはいるが、限界がある。

    一般の家庭であれば、忙しいお母さんがあたふたしながらごはんを作る、雨が降っても買い物に行くという姿を見て育つ。
    ごはんひとつがどうできているのかを見ているので、感情移入をすることができる。
    お小遣いも、施設なら自動的にもらえるが、各家庭ならお父さんが働いてそのお給料の中から出してくれているんだと肌で感じる。
    このような親の姿を見ることができなかったり、肌で感じられなかったりするのは、施設養育の限界である。
    表面的には、子供たちは明るくて和やかで栄養状態もいい。
    施設での生活をしていると、自分を押し殺しているという自覚もない。(自覚があればまだいい。)

    施設を出て、社会に適応できなくて困っている子供を支援する専門家が必要で、自立支援センタ−があるが、その数は足りない。
    同情心だけでは、子供が頼ってしまってなかなか大人になれないということもある。
    今年度からは、施設で1年間はアフタ−ケアをしなさいということで、卒園生が自立するための費用が補助されることになった。
    現実には、1年間というのは短いが、今までは全くなかったので、少しはいい方向に向かっている。
    国民の福祉への意識が低いのも現実。

    里子に出すには、親が児童相談所へ承諾書を提出しなければならない。
    努力してまた自分の子供を引き取りたいからと里子へ出さない親が多いが、第三者から見ても、あきらめて里子に出した方が子供のためだということもある。
    一旦自分の家へ帰っても、また施設へ戻って来る子もいる。
    兄弟の中でひとりだけ虐待される子もいるが、黙って耐えており、それでも親に会えるのを楽しみにしている。
    親との関係がぎこちなくて、2人きりになるのが不安になり、自分の家へ帰るのを嫌がる子供もいる。

    もっと増やして欲しいと思う施設は、自立支援ホ−ムと情緒障害児専門の施設。
    自立支援ホ−ムは15歳〜22歳くらいまでで、社会に適応できない子供が訓練するが、その数は圧倒的に少ない。
    虐待などによる情緒障害児には専門の職員が必要で、専門家がいない養護施設に入ってくると、適切なケアができないだけでなく、他の子供にも影響がある。
    養護施設は、普通に生活できる子供が入るための施設だったが、最近ではそうでない子供は入ってくるようになった。
    専門家がいない養護施設では、どうにもならないこともある。

    民生委員にも限界があるので、先ずは施設で生活する子供を作らないために、社会がお互いを気にかけることが必要。
    教育も権利ばかり主張することを教えるのではなく、公のことを考えると、義務や責任について教えるべきではないか。

  • 卒園生(21歳・フリ−タ−)
    小2〜高3まで施設で過ごしたが、それより小さい時の記憶はない。
    多分、自分自身で消してしまったのだろう。
    施設に入った時は、馴染みにくくて、最初は年下の子としか話さなかった。
    早く馴染みたいと思っていたけど、それまでも転校を繰り返していたので、友達の作り方も知らなかった。
    施設内にサッカ−部がったので、そこで交流して年上の人とも話せるようになった。

    施設にいると将来のことは考えづらくて「大学に行きたい」とか「お医者さんになりたい」とか思ったけど、高3になると、お金の問題が見えて悩んだ。
    施設でよく世話をしてもらえたから、将来のことも施設に頼りきってしまって、「何とかなるだろ」と思っていた。

    ホームステイや習い事(習字・ピアノなど)で大人と係わり、社会でのマナ−を教えてもらったことはよかったと思う。
    ホ−ムステイでは、はじめは何も話さなかった。返事もしなかったかもしれない。
    自分から話さなきゃと思ったこはなく、慣れてくれば話せるようになった。
    施設ではわがままが言えないので言ってみたかったから、聞いてもらってありがたかった。

    社会に出てから、親がいないことを「かわいそう」と言われるのが嫌で、はじめは隠していた。
    今では「かわいそう」は決まり文句で「とりあえず言ってるだけなんだ」と受け止めるくらいが丁度いいのかなと思っている。
    施設の中では、慣れ親しんだ人としか話せなかったけど、社会に出て知らない人の中に入って、その人たちとどう接していくのかを失敗しながら学んだ。
    これから自分を伸ばすために、人間関係を深めるのが必要だと思っている。
    何かをはじめるための人脈を作りたいし、新しい人とのつながりを大切にしたい。

    夢はない。何をしたいのかを見つけるために大学へ行きたい。
    そのためにも、人とのつながりをうまくつなげることを毎日考えている。
    その経験が、新しいところに入った時の経験につながるのではないか。

    親がいる友達のことを嫉妬していた時期もあったけど、自分の気持ち次第なんだとわかった。
    自分の現実を飲み込んで、「あがいても仕方ない。自分の与えられた環境の中でがんばることが大切」と思えるまでにはかなり時間がかかった。
    施設を出た直後は、人と会うのも嫌で半ひきこもり、今振り返ってみてもすごく悩んだと思う。
    自分の環境が嫌で「なんで俺だけ」と思ったけど、「自分よりもっと苦労している人はごまんといる」と思うようになりふっきれた。

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コメント

 ますます取材が深まってきているようですね。これほどの内容を聞き取るには、かなり長時間にわたってインタビューなさったのではないでしょうか。
 私自身は、近代家族像(勤労者の父・主婦である母・子どものワンセット)が必ずしも自明なものであるとは考えていないのですが、“近代家族の中で育まれる子ども”が「当たり前」となっている以上、そこから逸脱した子どもにとっては“家族を持たないこと”は大きな負い目として感じられることでしょう。
 今回は、おせっかいな文献紹介などいたしません。このまま、目の前の取材対象の声やしぐさから、あなたの感じ取ったことを丁寧に拾い上げていって下さい。
 子どもたちを取り巻く現実の前に立ちすくんでしまうこともあるかも知れませんが、頑張ってくださいね。
 ではではまた。

投稿: an_accused | 2005年2月 1日 (火) 08時42分

おっしゃる通り、自分が追い込まれているような感覚があります
このままではいけないと突き動かされますね・・・
でも、頑張ってる人もいっぱいいてうれしいし頼もしいです
そういう人たちにお会いできることはとてもしあわせです

投稿: ぁぃ | 2005年2月 2日 (水) 07時52分

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