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2005年1月28日 (金)

社会が作るこどもの傷 【取材記5日目】

今日は、来週のアポイントを取るために一日を費やしたので、書けることがありません

取材申し込みをする時に感じることは、毎度のことながら、自分の実績のなさで、今回のようなテ−マだと特に痛感します
プライバシ−を重んじるテ−マなのに、私は突然電話するかメ−ルするしか方法がありません
相手にしたら、私が誰だかわからないし、どんな仕事をしているのかもわからない
しかも、出版社や新聞社から依頼を受けているわけでもない
「どうしてこんなことに関心を持たれたのですか?」
と聞かれるのは毎度のことです
それは当然のことで、
「必死でやるのでご協力お願いします」
と頭を下げるしかないと思っています

読んでくださる方はじれったいかもしれないけど、今は確実に取材をしたいと思っていますので、今日取材記が書けないことをご理解してください

ただ、先週にテレビ局へアポイントを取れなかった時のような挫折感はなく、今週は確実に一歩ずつ前に進んでいるという実感があります
私にスキルやバックヤ−ドがないために、そのペ−スはものすごくゆっくりですが・・・

今日も取材記として書けるようなことを成果としてあげたかったのですが、来週へ向けて、あらゆる立場の方へアポイントを取ることを優先しました
必ず答えを探し当てることをお約束しますので、お許しください

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コメント

 取り組み甲斐のあるテーマほど、取材に時間がかかるものです。また、相手の方にとってもスケジュールの都合などがありますから、あせらずくさらず、進んでいってください。

 さて。
 私たちは“核家族の中で育まれる子ども”像が当たり前に思えていますが、歴史的に見ればそうでもないようです。「子ども観」の歴史的変化についてはフィリップ・アリエスの『<子ども>の誕生』が有名ですが、日本でも近世において、多くの地域に「若者宿」といわれる共同宿泊施設があり、少年期〜青年期の教育を担っていたという研究がなされています。
 じつは、親族や地域社会から孤立した状態で“あたたかい家庭”を維持し続けることは困難であって、“孤立した家族”は子どもの成長にとってはむしろ有害であると言えるでしょう。
裁判所職員総合研修所教官である山本 弘二氏の「家庭裁判所が関与する児童虐待事例を通して」http://www.shiho-shoshi.or.jp/shuppan/geppou/2004/08/200408_24.htmに、「児童虐待というのは、子どもにとって最も安全であるはずの家庭の中で起こり、深刻化していく」ものであると書かれています。そう考えると「子どもを傷つけるのは施設や社会ではなく、家庭、もしくは『家庭に育てられないのは異常でかわいそうなことだ』という言説ではないか」とも思えます。
 いろんな方の話を聴き、直接あなた自身の眼で見ながら、“あなたの家庭像”をゆっくりと模索してください。

投稿: an_accused | 2005年1月28日 (金) 22時34分

お子さんのためにお仕事なさっておらっしゃる方は、とてもお忙しいようです
お忙しい中でご協力いただけるのはとてもしあわせなことです
短い時間の中で、施設で生活しているこどもたちの心をくみ取れるのか今から緊張しています

投稿: ぁぃ | 2005年1月29日 (土) 02時01分

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