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2005年1月27日 (木)

社会が作るこどもの傷(改変) 【取材記4日目】

養護施設に入れられた子ども達は救われたのか

児童養護施設出身者であるレイさんの言葉です
卒業なさった今でも苦悩するレイさんの気持ちが切々と綴られています
養護施設で家庭と同じ生活ができるのか・・・それは今の私にはどうとも断言できません
でも、レイさんの言葉をたどっていくと、心が乱れてしまいます

私が強く感じたことは、家庭というものに対して、施設の子供が感じる普通と私が思っている普通とが、かけ離れているということです
彼らの当たり前と私の当たり前がとても違うように思えるんです

昨日私が訪ねたNPD法人の方は、
「学ぶこと、遊ぶこと、友達と係わること、そのどれかひとつが欠けると子供は育たない」
とおっしゃって、私はそれを聞いた瞬間「家庭は?」と思いました
今の私が、施設の子供について追いかけているから思ったことで、今までの私ならそんなことを思いもしなかったかもしれません
だって、生きていく上で家庭というベ−スがあるのは私にとって当たり前だから

そのような彼らの感覚と私の感覚の隔たりを作ったのは、彼らを施設に置いた親だけでは決してないと思います
施設や社会が、彼らにとって心地いい場所であったとしたら、レイさんのあのような言葉は生まれなかったと思えてなりません

施設の現状をもっと知りたい
施設での生活の中で何を思うのか
私を含めて世の中は、どんな偏見を持っているのか
施設の卒業生のHPを見ていると、自分が傷ついていることにさえ気づいていないという気がします
その傷は私の勝手な思い違いなのか、彼らと向き合って確かめたいと思います

私は、子供たちと会う覚悟をしていました
1週間という区切りで記事をUPしても、その後もこのテ−マを追いかけるつもりでいます
コメントをいただきましたように、子供たちに接触する時には充分すぎるほどの配慮を心がける決意です
でも、彼らの苦悩を知るうちに、少し自信がなくなってきました
私のどんな行動が相手を不愉快にさせてしまうのか、全くわからない
こんな気持ちで子供たちに会うことはできないので、卒業なさった方にアプロ−チしてみます
相手が大人であれば「話したくないことは話さないでください」と言うことができます
とは言うものの、施設を卒業なさった方たちのHPに「フラッシュバック」という言葉を見つけてしまい、ためらいも感じています
インタビュ−の仕方が、全くわかりません
何を言ってはいけないのか
何を質問してはいけないのか
負担にならないインタビュ−の仕方があるのでしょうか

前出のレイさんの言葉にあるように、養育する親がいない子供を施設に入れることがベストなのかどうか、里親という別の形も見ながら考えたいと思います
そのために、施設の職員、里親を支援する団体、里親、里子、施設出身者という子供を取り巻くいろいろな立場の人を取材します
私を含めた社会が、どう子供たち位置づけているのかを知らなければ、何も変わらないのではないでしょうか

随分と視点がズレてしまいましたので、タイトルを「社会が作るこどもの傷」に変え、今度は、できるだけ多くの人の声を集めてきます

ここからは私事・・・
今日は私の母の誕生日で、今日で母は59歳になりました
私は母が29歳だった時のことをとてもよく憶えています
それは、両親の離婚問題で親族中がもめていたからというだけではなくて、母の女性の部分が見えるようになったからだと思います
あの時9歳だった私にとって、29歳の母が、母である前に女性なんだと感じることにとても嫌悪感も持ちました
私にとっては母は母であって欲しかった
父以外の男性に見せる女性としての仕草を私は見たくなかったし、認めることができませんでした
少なくとも私の前では、母は母に徹するべきだと物言わずして抗議しました

あれから30年、私は母親になる機会を持つことがなく、あの時の母より今の私は10歳も年上なのに、自分を女だと主張する瞬間があります
ここに来て、やっと母の女性である部分を理解できるようになりました
30年の間ずっと反発し続けてきた私は今、この取材を通して、心から母に感謝し「おめでとう」の言葉を送りたいと思います

    【 今日の覚書 】

  • 里親を支援するNPO法人にアポイントを取った

  • 里親経験者にも会える予定

  • 養護施設でボランティアをしている人にアプロ−チ中

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コメント

 先週の「震災報道のありかた」よりもタイムリーな話題ではないせいか、ややコメントが少ないようですが、私としては今週の方がずっと読み応えがあり、いろいろ考えさせられることも多いです。
 ちなみに、あなたの【取材記】から触発を受けているから、関連文献を読んだりGoogleさんに聞いてみたりしているだけで、決して知識が豊富なわけではありません。

 さて。
 インタビューにおいて必要なものは、唯一つ“誠実さ”であると考えています。“誠実さ”を相手に伝えられ、相手の言葉を静かに聴くことさえ出来れば、それでいいと思っています(先日述べた「スキあらば」という取材姿勢はこの“誠実”に反しますが、相手の不正を暴くことを目的とし、相手が傷つくことを考慮しない突撃取材の場合には、有効だろうということです)。 「なんだよ、散々ビビらせておいて陳腐な答えだな」と思われるかもしれませんが、しょうがありません。

 私は学生のころ、自治体の委託で、ある地域の住民の方のうちの何人かにインタビューをしたことがあります。取材対象の方の半生を4〜7時間かけて聞き取り、家族観や教育観などを探る調査です。取材者はほとんど相槌を打つだけなのですが、それでも取材する側の影響は排除できないと、当時の指導教官は言っておりました。だって、50代の男性が聞くのと10代の女子学生が聞くのでは、自ずと話の内容が変わってくるでしょう?取材者の与えるバイアスの問題は、社会調査における永遠の課題みたいなものなのです。

 話を戻しますが、私たちがインタビューすると不思議なことに、相手の方がどんどん元気になっていくのです。なぜなのでしょうか?人の気持ちや考えは、相手に伝えようと言葉にするときに初めて、輪郭が現れます。インタビューを通じて、自分が何を考え何を感じてきたかが明らかになり、自分というものを理解できた。そして自分を理解し肯定できたことが、元気につながっていった、ということのようでした。
 家族を持たない子どもから、「かなしい、せつない」といったような自分の“期待”する言葉を引き出そうとすればするほど、その“期待”は相手を傷つけ、また取材としても失敗してしまいます。さみしいこともある、かなしいこともある。でも、それだけなのでしょうか?あなたがこの取材を通じて人と話すことで自分を発見し理解するきっかけを得たように、相手に自分自身を見つけさせてみて下さい。

 まあそんなわけで、
 「インタビューとは、聞き手が事実を見つけ出すのではなく、相手に自分を見つけさせるものである」
と、私は思っています。
 私の考えが正しいかどうかわかりません。また、報道人には報道人なりのメソッドがあるのかも知れません(私も報道人からのコメントを見て勉強したいです)。泉さんは泉さんなりのスタイルを、これからゆっくり創ってゆけばそれでいいと思います。

いつも長くなってしまい、申し訳ありません。

投稿: an_accused | 2005年1月28日 (金) 05時23分

むずかしいけど、本気で考えないといけないテーマですね。
正直、私自身もこの手のテーマは見て見ぬ振りをしていた感がいなめません。an_accusedさんがおっしゃるように、タイムリーな話題じゃなくなったらコメントが極端に少なくなるのも、このテーマへの社会の態度のような気がします。
そっとですが、この取材記の行く末を期待しつつ読み続けさせてもらいます。
がんばってください

投稿: 旬 | 2005年1月28日 (金) 12時40分

インタビュ−に備えて、1つの質問を考えるのも私には一大事です
言葉を選ぶのはもちろんだけど、an_accused さんがおっしゃるように「相手が自分を見つける」ことができる質問・・・
ぅ〜ん・・・眠れない

旬さん
今は、取材記になってないけど、今回のテ−マこそ注目して欲しいというのが本音です
注目されるためには、いっぱい力をつけなくっちゃですね

投稿: ぁぃ | 2005年1月29日 (土) 01時33分

 アンケート法と違い、インタビュー法による調査の場合は、あまり質問項目にこだわらなくてもいいと思いますよ。だって、会話というのは相手があって成り立つものですから、その場の勢いでどんどん変わっていきますよね。ですから、ざっくりと聞きたいことを決めておいて、相手の話に乗っかるようにしてゆけばよいように思います。
 上にも書きましたが、「静かに聴くこと」を心がけられれば、必ずうまくいきます。
 
 一応、インタビュー法についての資料をご紹介します。
 「インタビューの方法について」http://web.cc.yamaguchi-u.ac.jp/~ysekigch/qual/interview.html
谷富夫編「ライフヒストリーを学ぶ人のために」(世界思想社)
中野卓他編「ライフヒストリーの社会学」(弘文堂)

 これらの資料は、余裕のあるときにおいおい読んでみて下さい。インタビューのやり方は、実践しながら身に付けるものですから、インタビューの方法そのものにこだわり過ぎないようにして下さいね。

投稿: an_accused | 2005年1月29日 (土) 02時45分

インタビュ−は本当に難しいです
今日も、みなさんイライラなさったのではないかと思います
はじめて会う人からいろいろな人を聞きだすのは本当に難しいです

資料を参考にさせていただきます
ありがとうございます

投稿: ぁぃ | 2005年1月29日 (土) 23時55分

私は東京都立成東児童保健院のOBです。廃止の話を何年か前に聞いてから、その後どうなっただろう、自分が育った施設はまだあるのだろうか?という興味から、ネット検索してみたところ、あなた様の記事につながりました。その後保健院がどうなったのか、調べていただけませんか?また病院スタッフ、OBの人達がどうやって今、生活しているのか、保健院の事をどう思っているのかも知りたいです。

投稿: coco | 2005年10月 3日 (月) 03時05分

この取材をしている時いろいろ調べてみましたが、個人のプライバシーに係わることなので、難しいというのが正直なところです
cocoさん、もしよろしければメールで情報をくださればありがたいです

投稿: ぁぃ | 2005年10月 3日 (月) 09時03分

残念ながらレイさんの記事は削除されていたようで見る事ができませんでした。

私には施設OBの友人(男性)がいますが、公務員となって一人立ちした職場で知り合ったため、それまでの生い立ちを話したことはありません。

ここからは余談です。
私は途上国の児童養護施設を訪問しています。
私なりのボランティアの形を見つけて(写真を撮って、アルバムにしてプレゼントする)活動していますが、やはり現地スタッフや子供たちが受け入れてくれることが前提で、やれることなんだと実感しています。

現地では喜んでもらっていることですが、前述の彼に話したら、「自分は(そういうことされたら)嬉しくない」ようなニュアンスの言葉をもらったので、プライバシー保護の視点からも、日本の中では難しいなという感想を抱いています。

インタビューとなったら、尚更、高い壁を感じるような気がしました・・・

投稿: みか | 2005年10月 3日 (月) 09時34分

・インタビューについて

活字媒体の大手メディアに「インタビュー」を受けて、記事になった人(複数)の感想を聞いたことがあります。
共通していたのが、要するに自分がインタビューを受ける前から記者の頭の中に「こういうストーリーで書きたい」というものがあり、その記事の根拠となる言葉(「捏造」したらバレますもんね)を、インタビューすることによって「誘導」して引き出そうとしている、という意図が露骨で不快だった。
また、刷り上った記事を読むと、確かにこの「語」は使ったが、前後の文脈を切り離して、記者が自分のストーリーにあてはまるように都合よくつなげて、違う意図に変えられてしまっていた、というものです。

あと、インタビューを受ける人の態度が問題になってくると思います。
「声の大きい」人、つまり自分の問題意識・主義主張が明確であるとインタビュー自体はしやすいかもしれません。
しかしこの場合、最初に挙げた例と逆に、「利用されてしまう」という懸念もあり、バイアスのかかった強い意見である恐れがあるという見方もできるでしょう。

また、やはり生身の人間同士なので、相性というか、ウマが合う合わない、というものもあると思います。

やはり、その場・その人次第で、柔軟に対応するしかない、といえるのではないでしょうか。

学生時代、民俗学の実地調査で、ムラに泊り込み、何日間も生活を共にするような状況で聞き取り調査(インタビューと言う自信はない)をした経験があります。
非常に難しいけれど、非常に面白かったです。


・養護施設について

日本では、行政により直接運営あるいは資金が補助されているところがほとんどでしょう。生存するための最低限の保障として「保護」するのが目的です。心の面までは、とても手が回らないというのが現状ではないでしょうか。

日本以外の国では、宗教的団体が、その活動の一環として営んでいるケースが多いと思います。
この運営主体の違いが、施設の「目的」の違いにまで及ぶことはあるのだろうか、とふと思いつきました。

投稿: アルナーチャラム | 2005年10月 3日 (月) 23時52分

みかさん
取材で話を聞いたのですが、施設での話を全くしない人と、気にせず話す人といろいろあるようです
また、話さない人がずっとそうかと言うとそんなことでもないでしょうし
人に自分の心の内を話すという作業は、それまで自分でも気づいていなかった自分を発見することもあり、それは自分にとって良いこともあるし、悪いことでもあると思うんです
特に、施設で育ったということは、自分の力ではどうにもならないことで、そのどうしようもないことを受け入れられない人はいると思います
それは社会がその人を受け入れていないからかもしれません
施設や里子のこどもたちが、どんな苦悩を持って、その自分の気持ちとどう闘っているのか
それを知ることが大切だと信じています

投稿: ぁぃ | 2005年10月 4日 (火) 16時03分

アルナーチャラムさん
私が憧れているビデオジャーナリストに古居みずえさんという方がいらっしゃいます
彼女は、パレスチナの一般の家庭にホームステイして、取材対象者と時間をかけてコミュニケーションを取りながらカメラを回していらっしゃいます
彼女の姿勢にすごく共感するし、彼女の写真を見ると「なるほど」と思う

養護施設についてですが、
>生存するための最低限の保障として「保護」するのが目的です。
公立の施設でも、家族のような生活ができるよう変わってきていると思います
でも、子供たちに何かあった時、声を大にして何とかしようとするのは、通常親ですが、施設の子供たちには、そのような親がいないことが多いですよね
だから、社会が実態を知る必要があると思ってます

投稿: ぁぃ | 2005年10月 4日 (火) 16時24分

Hさんも東京都立成東児童保健院のOBです。
現在37歳で、小学校6年間お世話になりました。
現在は漫画原作者をしています。

投稿: H(エイチ)さん | 2005年10月17日 (月) 15時53分

今すぐに取材することができなくてもどかしいのですが、もし詳しい情報をくださるなら、webmaster@surusuru.comまでメールをいただければうれしいです
よろしくお願いします

投稿: ぁぃ | 2005年10月21日 (金) 01時26分

今保健院はどうなっているんだろうとふと思い検索したところ、
既に廃止になっていることを知り、またこちらまでたどり着きました。
私は保健院の子も通ってくる学校にいました。もう随分昔のことです。
仲良くなった子もたくさんいました。
保健院がなくなり学校の養護のクラスはどうなったのかも気になり調べるとそれもなくなっていました。
色々見るうちに保健院てすごい施設だったんだ・・・と今更しながら知りました。
子供のころは全国でも珍しい貴重な施設だなんて考えてもみなかったので。
それも今はなくなってしまったわけですが・・・。
嫌になるほどの税金の無駄遣いがあるのに、なぜそんな大切な施設を廃止にしていくのか理解できません。
大変でしょうが、取材など続けていって欲しいです。

投稿: 名無し | 2005年11月24日 (木) 01時59分

名無しさん
成東児童保健院については、充分な取材はしていないのですが、子供たちを施設よりも里子として里親の家庭へという東京都の方針があると話す人がいました

>色々見るうちに保健院てすごい施設だったんだ・・・と今更しながら知りました。

具体的にどういうところがすごいと感じるのか教えていただけませんでしょうか

投稿: ぁぃ | 2005年11月24日 (木) 11時48分

すごいというのは、医療体制も整い、周辺の学校へ通うことができるというような点です。
そのような施設は全国で2箇所だったという説明もどこかで目にしました。
自分が子供の頃はその世界がすべてで。
あちこちに保健院というのはあるんだろうと、(改めて考えませんが)思っていましたから。
そのような貴重な施設=すごいという表現でした。

投稿: 名無し | 2005年11月24日 (木) 13時06分

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